定例朝食会 2
まだ朝食会続きます…
(あぁ、本当に、くだらない)
周りの人間が、隙あらば、という勢いで国王を讃える言葉を並べたてている中、マリアンヌは食卓を埋めつくす朝食とは思えない豪勢な料理にもほとんど手をつけることなく、ただ静かに時が過ぎるのを待っていた。
国王のご機嫌取りなど、王位継承争いの外にいるマリアンヌには関係のないものだった。
(下らない見栄に、下らないお世辞……あぁ、なんて不愉快で無意味な話なのかしら……これならローズマリーと世間話していたほうが、よっぽどためになるわ)
今朝の慌てた様子のローズマリーを思い出し、マリアンヌから自然と笑みがこぼれる。
マリアンヌはローズマリーのどんな表情も好きだった。怒った顔、泣いた顔、笑った顔、拗ねた顔……その中でもマリアンヌが一番好きなのは、困った時の顔だ。
眉が下がり、口が半開きになった姿は可笑しくて、何より可愛いらしかった。
Sの気があるマリアンヌは、その顔見たさについついちょっと意地悪な注文を出してしまったりするのだった。
ただ、ローズマリーはひどく優秀な侍女だった。マリアンヌの記憶では、彼がマリアンヌの意地悪な注文に応えられなかったことはない。
勿論、絶対にできないような難題をマリアンヌは出したりしなかった。ローズマリーに愛想を尽かされたくはなかったから。
でも
(一度くらい、私に許しを乞うぐらいの難問を出してもいいかしら)
少しぐらい八つ当たりしても、きっとローズマリーは怒らないだろう、とマリアンヌは思った。それに、許しを乞う時、ローズマリーがどんな顔をするのか見てみたいという好奇心があった。
(何と言って、困らせようかしら?)
退屈で無意味なこの時間を、ローズマリーのことを考える時間にしようと決めた矢先
「先程からマリアンヌは発言していないが、具合でも悪いのか?」
マリアンヌの思考を邪魔する不届き者が現れた。
マリアンヌはその不届き者に目をやる。王から数えて5番目の席の青年――第一王子、ルーファスは、マリアンヌと目が合うと、優しく微笑んだ。
その甘いマスクに、普通の女ならすぐに恋に落ちてしまうだろう。しかし、マリアンヌはこの男がどんな男か、理解していた。
(この、歩く性欲が)
ルーファスは不運にも、王の悪い癖――ようするに、大の女好きの部分を色濃く受け継いでしまった。すれ違う女には必ず流し目を向け、少しでも脈がありそうならすぐに落としにかかる。
噂では、一晩で5人の女と寝たとか。
さすがに、腹違いとはいえ兄妹なので、今のところマリアンヌに害は及んでいない。しかし不潔だとマリアンヌは思っていた。
「大丈夫ですわ。ご心配、恐れいります。でもわたくしより、エドワードお兄様のほうがお加減が悪いのではなくて?」
マリアンヌは白を通り越して蒼白い顔をした青年を視線で指す。
ルーファスはうんざりしたように、自身の目の前に座る第二王子、エドワードを見る。
「また、具合が悪いのか?エド」
ルーファスとエドワード、それに第三王女アメリアと第五王女メイシャは、皆レイニアの子である。
やはり実の兄弟。エドワードの病弱っぷりには飽々しているらしく、顔には侮蔑の色はあれど、心配している様子はみられない。
まあ、マリアンヌも別に心配などしていないのだが。
一斉に皆の視線を浴び、身体だけでなく精神も細いエドワードは、「い、いえ」と答えるだけで精一杯だ。
こいつこんなんで王子とか大丈夫かよ?とその場にいた全員が思ったにちがいないが、どうにか顔に出さずにそのまま流すことに成功する――はずだった。
「――兄上、そんなにお辛いのでしたら、大人しくベッドの中で丸まっていればよろしいのではありませんか?それではまるで、同情してくれと言っているようにしか見えませんよ?」
どっかの馬鹿ボンが、嘲笑と共にそんな言葉を吐かなければ。
マリアンヌは思わず(貴方は空気を読むことすらできない無能なのかしら)という視線を王から数えて7番目の席に座る馬鹿ボン――第三王子エリオットに向ける。
しかし馬鹿ボンはその視線を受け、片方の眉をピンとはね上げると、
「なんだ、何か言いたげだな」
と今度はマリアンヌに喰ってかかってきた。
このエリオットと第一王女ジュリア、第二王女リリアーヌは、フリージアの子である。全員がフリージア譲りで性格がキツイ。特にエリオットは、次期国王に一番近いといわれているためか、突出して傲慢であった。
(まぁ、それだけではないでしょうけど)
エリオットは、特にマリアンヌに対して攻撃的であった。
その理由を、マリアンヌは理解していた。しかし同情を抱くことはなかった。
なぜなら
世界は、不平等だから。
適当にエリオットをあしらうこともできたが、何せマリアンヌも今機嫌が悪い。
(久々に、虐めてさしあげますわ)
クス、と美しい唇から溢れたのは、嘲笑。
「ねぇ、エリオット。貴方、いつまでレオナルドの影に怯えているの?」
その場にいる多くの人が息をのむ気配を肌で感じつつ、マリアンヌはエリオットを観察する。
マリアンヌの言葉が刃となってエリオットの柔らかい部分を切り裂いたらしく、顔がみるみる赤くなっていく。
(トマトみたい)
そんな、場の雰囲気にそぐわない感想を抱いたマリアンヌに向かって、エリオットは激吼する。
「貴様っ――俺がいつ怯えた!!」
「そうやっていきり立っているのが、何よりの証拠ではなくて?」
「貴様が、無礼なことを言うからだろう!!」
「無礼?では貴方の行っている行為は、礼を失してないというの?王の面前で、女性に対し声を荒げるなど、紳士としてあるまじき行為ではなくて?」
「それはっ」
エリオットは王の存在を思い出したらしく、チラリと王の様子を窺う。
王は二人のやり取りを静観していた。どうやら止める気はないらしい。
いや、王は試しているのだ。
今度はマリアンヌに勝てるかと。
王はマリアンヌの優秀さを高く評価していた。それこそ、自分の才能を受け継いだのは彼女だけ、と側近に洩らすくらいに。
不運にもマリアンヌと同じ年に産まれたエリオットは、小さい頃から競わされてきた。
そして、いつも負けていた。
今は時期国王に一番近いと言われているエリオットだが、それは彼の能力によるものではなく、彼の母であるフリージアの生家の後ろ楯あってのものだ。そのため、国王はこのように態度によってエリオットを諭すのだ。マリアンヌに勝てなければ、王になどなれない、と。
そのため、エリオットとマリアンヌのケンカを基本的に王は止めない。
そして、王が止めないものを他の者が止めるはずもない。
「……ねぇ、エリオット。貴方、いつレオナルドが戻ってくるか、心配でならないのでしょう?だからわたくしを牽制なさるのでしょう?いつだって、貴方はレオナルドに勝てなかったから」
王の許可が降りたのを見て、マリアンヌが攻撃を再開する。
落ち着いてきていたエリオットの頬が、再び朱に染まる。
「ふざけるなっ!!俺は負けたことなどない!!一度だって!!」
「『勝っていた』と言えない時点で、貴方は負けを認めているようなものよ、エリオット」
一瞬、エリオットは言葉に詰まる。
その一瞬で十分だった。
彼の中に未だ根付いている劣等感。それを自覚させるには、十分だった。
「そんな、言葉遊び」
それでも苦し紛れに言葉を発するエリオットに、マリアンヌは止めを刺す。
「言葉遊びですら、貴方の負けよ、エリオット」
国王に文句を言いたい
なぜ、子を9人も作った……