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盗人の計画


気づいたら一ヶ月……大変お待たせいたしました!!







 官能的な熱を持った漆黒の瞳。


 少しだけ上気した頬。


 濡れたような紅い唇。


 ――貴方の“特別”なら、なりたいけれど――



 カーと体が熱くなる。心臓が跳びはね、自然と胸を押さえるローズマリーの顔は、林檎のように真っ赤であった。


 (落ち着くんだ、ローズマリー。マリアンヌ様は、俺がギルベルト様とのことをしつこく言うから、話しを逸らすためにあんなことを言ったんだ。深い意味はない。だから、こんなことで舞い上がるんじゃない)


 そう、何度も自身に言い聞かせては、また思い出して赤面する、という動作をすでに10回は繰り返していた。


 それも、無理のないことであろう。誰だって、あんなに美しい姫君にあんなに熱のこもった目であんな艶っぽい言葉を掛けられれば、舞い上がってしまう。ローズマリーだって、年頃の男の子なのだ。むしろ年齢を鑑みれば、ローズマリーはよく自制できているほうであろう。


 (あぁもう!不敬罪で捕まるぞ、俺!!)


 「やだ、また欲情?あんた、猿じゃないんだから自重しなさいよ」


 「うわぁっ!!」


 突然背後からかけられた声に、ローズマリーは素っ頓狂な声をあげる。振り返れば、そこにはオレンジ色の髪をした侍女が仁王立ちしていた。


 「ア、アンナ?」


 「何よ、幽霊でも見たような顔して。ちゃんと足ならあるわよ」


 アンナはスカートをたくしあげ、自身の白い足を見せる。細く頼りなげな足首や、程よく肉のついたふくらはぎが顕になり、ローズマリーは慌てて視線を逸らした。思春期の少年には幾分刺激が強かったようで、頬を赤く染めている。


 「わ、分かったから、早く隠して!はしたないわ」


 この国では、女性の足、特に太股は不浄な部位とされており、人に見せることは良しとされていない。特に男性に見せることは、“今夜御一緒しましょう”と誘うことを意味し、娼婦の象徴となっていた。


 アンナはローズマリーを女だと思っているので、別に誘っているわけではないが、それでもやはり人目に足を晒すのははしたない行為だ。だからローズマリーは「隠して」と言ったのだが、アンナから返ってきた答えは


 「全っ然分かってないわ!!」


 なぜか糾弾であった。


 アンナはスカートを握りしめたまま、ローズマリーの元に詰め寄る。ローズマリーは「ちょ、ちょちょっと」と狼狽しつつ後退。しかし、部屋の中ではすぐに限界が訪れる。背が壁につき、逃げられなくなったローズマリーの前に立ち塞がり、アンナ絶叫した。


 「私に足があるという奇跡を、まったく持って理解してないでしょ!!いい?私はあんたのせいで死にかけたのよ!!」


 鼓膜を容赦なく震わせるアンナの甲高い声に、ローズマリーは3日前の出来事を思い出す。

 暗い階段で泣き崩れていたアンナ。今にも首を落とされそうな衛兵。剣を握るマリアンヌ――


 (そういえば、そんなこともあったな……)


 はっきり言って、今の今まで忘れていた。思い出す余裕もないくらい、ローズマリーは忙しかったのだ。


 (でも、いくら忙しかったとはいえ、様子を見に行かなかったのは友達としてないよな……)


 ローズマリーはマリアンヌ立てた誓いを思い出す。

 マリアンヌ以外の女性に『可愛い』と言わないこと――ローズマリーはマリアンヌ以外には、アンナにしかその言葉をかけていない。ということは、恐らくローズマリーがアンナに『可愛い』と言ったため、アンナは殺されかけたのだろう。


 いくらマリアンヌが可愛いという言葉に敏感であると知らなかったとはいえ、自分の言葉で引き起こされた惨劇だったのだ。


 自分が酷く薄情な人間に思えて、ローズマリーは自己嫌悪に陥る。


 「……もう、体はいいの?」


 「まだ死神に追いかけられる夢に魘されるわ」


 「そう……じゃあ、後で気を落ち着けさせるお茶をいれてあげる」


 精一杯自分にできることをしようとして、ローズマリーは言った。しかし、アンナはローズマリーの言葉を鼻で笑った。


 「お茶?あんた、まさかその程度で許されるとでも思ってるの?私の価値はお茶と同等かっ?!」


 ダンッ!!と、アンナが足を踏み鳴らした。その闘牛さながらの迫力に、ローズマリーは恐怖する。


 「ち、違うよ!アンナがお茶並みの価値だなんて思ってないよ!ただ私に出来ることが、その程度っていう」

 「それはつまり、自分に出来ることはなんでもするから許して下さいって、そういう意味ね?」


 ニヤリとアンナの唇が弧を描く。その瞳に宿る邪な輝きに、ローズマリーの全身の毛が総毛立つ。嫌な予感しかしない。


 「じゃあ、私のお願い、聞いてくれるかしら?」


 こうなったら最後、アンナは自分の思い通りになるまで引かない。それを経験と本能の両方で感じとったローズマリー。


 ゴクリと喉がなる。


 「……し、仕事に影響が出なくて、私の尊厳が損なわれない事なら……」


 その言葉を聞き、アンナは邪悪な笑みを深めたのであった。









 その日、デューイ・マグワイヤーはあの事件の後3日ぶりに持ち場に復帰した。本来、3日も休まなければならない怪我ではなかったのだが、同室のティムの深い友情――という名の恋心のお陰で、強制的に休みになったのだった。


 ……まあ、親友を部屋に監禁し、自分の持ち場を離れてまで東の塔の警備についたにも関わらず、愛しい彼女の姿を見ることは叶わなかったようだが。


 流石に顔も見かけないのはおかしい、と気付いた同僚に、ベッドに縛られているところを発見され、デューイは今に至る。


 (自由っていいな……)


 しみじみと自由の良さを実感していたデューイは、塔のドアが開く音で現実に引き戻られた。


 振り向けば、栗色の髪の美少女がひょっこり顔を出していた。


 「どうされました?」


 相方の衛兵が勢い勇んで聞く。


 (いやいや、ここ出入口だし、顔出したっておかしくないから)


 そういえばこいつも『ローズマリーを見守る会』の一員だった、とデューイは気付いた。


 『ローズマリーを見守る会』とは、要するに男たちの「抜け駆けは許さない」協定のことだ。

 会員は、当然ローズマリーに思いを寄せる男ども。デューイの親友も会員だ。ていうか、会長だ。


 ローズマリーはほとんど塔から出ないので、こうやって声をかけれるチャンスを逃したくないのだろうが、ローズマリーにとっては迷惑以外の何物でもないはず。


 デューイはローズマリーに同情せずにはいられない。


 ところが、そんな相方の質問には答えず、ローズマリーはデューイに目を向けると


 「あの、少し手伝っていただきたいことがあるんです。お願いできますか?」


 デューイを中へと誘う。


 (……視線が痛い)


 隣から突き刺さるような視線を感じ、デューイの背中に冷たい汗が流れる。

 代わってやろうかとも一瞬思ったが、こんな狼とローズマリーを二人きりにするわけにはいかない、とデューイは思い直す。もし、彼女に何かあったら、この城の衛兵が暴走しかねない。


 相方の視線に気付かなかったフリをして、デューイはドアを潜った。




 「実は、この下に指輪が入ってしまって……」


 そう言ってローズマリーが指差したのは、紅茶の葉の入った棚だった。どっしりとした立派な棚は、どう見たって一人で持ち上げることなどできそうにない。


 「……大変申し訳ないんですが、自分一人の力では持ち上げられないかと……」


 これが親友であったなら、腰を痛めようが押し潰されようが意地でも持ち上げるのだろう、とデューイは思う。しかし、デューイはローズマリーに好意を寄せているわけではないので、ここで変に見栄を張る必要はない。


 「あ、いえ。少し傾けていただくだけで大丈夫です。そんなに奥にはいっていないようなので」


 「そうですか」


 (傾けて支えるだけならいけるかな)


 デューイは棚の左側に回り棚に抱きつくと、自分のほうへと傾ける。ずっしりとした重みに、肩や腰や太股が軋む。しかし、本当に奥には入りこんでいなかったようで、すぐに「取れました!」というローズマリーの声が聞こえた。それを合図にデューイはゆっくりと棚を戻し、腰を擦る。けっこうな重量だった。


 恐らく礼を言おうとしたのだろう、ローズマリーがデューイの前まで来た。しかし微笑みを称えた顔が、ふと停止する。不思議に思ったデューイが声を掛けるより早く、ローズマリーの手がデューイのこめかみに伸びた。


 「……痕が、残らなければいいのですが……」


 彼女が何を気にしているか思い至ったデューイは、できる限り優しく微笑む。


 「そんなに目立つ場所じゃないですし、何より自分は男ですからね。傷の一つや二つ、あったほうが博がつくってもんです」


 マリアンヌに殴られたこめかみには、3センチほどの小さな傷ができていた。


 「でも、私がもっと早く戻っていたら、こんな怪我を負わなくて良かったのに……」


 「何を言うんです?貴女がいなかったら、自分は今頃墓の下ですよ?感謝しています(信者じゃなくても、貴女があの瞬間天使に見えたくらいです)」


 「でも、なんだか申し訳なくて……そうだ!今度夕飯をご馳走させてください!」


 潤んだ瞳で見上げられ、歳上好きを公言するデューイですら、一瞬ドキリとさせられる。


 「い、いえ、貴女に非はありませんし、そこまでしてもらうわけには……」


 「私がそうしたいんです。お願いします!ね?」


 こんなに頼まれて断るのは男の風上にも置けない、とよく分からない理論で己を納得させたデューイだった。


 しかし行くのはいいとして、流石に二人きり、というのは不味い。バレたら『ローズマリーを見守る会』の連中に文字どおり八つ裂きにされる――


 と、ふとある人物の顔が頭に浮かんだ。


 「……二人っていうのも何ですし、お互い誰か一人友人を誘うっていうのはどうです?」


 「え?」


 「あ、ローズマリーさんと二人が嫌、とかではないです。ただ、変な噂が立つと面倒かと思いまして。あと、代金はこっちで持ちます(あいつが喜び勇んで払うはず)」


 あいつ、とは勿論ティムのことである。


 仮にローズマリーと食事したことが『ローズマリーを見守る会』の会員にバレたとしても、怒りの矛先は会長であるティムに向かうはずだ。なにせ、「抜け駆けは許さない」というのが会の第一原則なのだ。それを破ったとなれば、当然報復が待っているだろう。一方のデューイは、会には所属していないし、ティムがいれば如何わしいことなど起きるわけがない、という風に認識してもらえるだろう。


 (我ながらナイスアイデアだ。あいつにも、たまには役に立ってもらわなきゃな)


 「私は構いませんが……あ、でもお代は私が持ちます。お詫びなのに、奢っていただくわけにはいきません」


 「そんなこと、本当に気にしないで下さい。貴女に非はありませんし、なにより年下の女性に払わせるなんて、男としてできませんよ。それより、いつにしましょうか?自分より、ローズマリーさんのほうが忙しいですよね?」


 「あ、はい……流石に丸一日お休みはいただけないかと……えっと……陛下の誕生パーティの日、は……やっぱりお忙しいですよね?」


 「自分はここの衛兵ですから、パーティ中は抜け易いですね」


 なにせ守る対象がいないのだから。

 よっぽど今のほうが忙しいくらいだ。


 「でも、ローズマリーさんは無理なんじゃ?」


 「私は、会場までお供しないんです。だからマリアンヌ様を送り出せば、パーティ中は抜けられます」


 「分かりました。では、相方にも確認して、それから待ち合わせ時間など決めましょう」


 デューイは人のよさそうな笑顔でそう告げると、持ち場に帰って行った。






 「……これで良かったの?」


 ローズマリーはドアの裏から出てきた、人の悪い笑みをたたえた友人に確認した。


 「くくく。全て予定通りよ。さっすが私!!完璧な計画だわ!!」


 くるくると回りながら怪しげな笑い声をあげているアンナに引きつつ、ローズマリーは疑問に思う。


 (アンナが好きなのって、確か『ティム』って人じゃなかったかな?)


 「……デューイさんに乗り換えたの?」


 自然に出た問いに、アンナは怪訝そうな顔をする。


 「……何、あんたデューイがいいの?」


 「違う!そうじゃない!」


 間髪入れずに否定するローズマリーだった。


 「だって、アンナ『ティム』って人、狙ってたんでしょ?なのに、なんでデューイさん?」


 「私はティム一筋よ。デューイもイケメンだとは思うけど、ちょっと堅すぎるのよねー。まぁ、あんたにはお似合いなんじゃない?真面目同士、仲良くやれば?」


 とても友人に対する言葉とは思えない。男同士でどうこうなるつもりは毛頭ないが、若干傷付くローズマリーだった。

 そして相変わらず――


 「私の質問の答えに全然なってないよね……」


 「わかる人が聞けば、ちゃんと答えになってんのよ。あんたがバカなだけ」


 少し頬を膨らませ、眉根を寄せるローズマリーに、アンナは唇の端を吊り上げて、自信満々に嘯く。


 「まぁ、当日を楽しみにしてなさい――全部、私の思い通りにしてみせるわ」


 ローズマリーは、言い様のない不安に、ガタガタと奥歯を鳴らすのだった。












アンナの思考

ローズマリーがティムを直で誘う→二人で行っちゃう→不可

自分でティムを誘う→あり得ない、てかやりたくない

ローズマリーがデューイを誘う→デューイは周りの目を気にする→誰か誘おうと提案するんじゃないか?→誘うなら、仲が良くてお金持ち→あんなんで、ティムは下級貴族→お?てことは……?→いけんじゃね?!


みたいな感じで、割りと単純です。結構運です。でも悪運は強い子なので。笑



次回はマリアンヌ主体です。


もうちょっと早めに更新できるよう頑張りたいと思います!


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