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黒薔薇に集る蟲


全然3日じゃなかったですね…

本当に申し訳ないです……


とりあえず、どうぞ!






 国王の誕生パーティまで、あと3日。この段階までくると、城は国内の貴族や他国からの招待客で溢れ、一気に賑やかになる。その反面、城に仕える人々は仕事に追われることになり、皆殺気立っていた。


 名付きであるローズマリーも、尋常ではない仕事の多さに目を回していた。何せ、パーティの前にやって来た来賓たちは、暇さえあれば王族と面会しようとするのだ。今は王位継承から遠退いたとはいえ、マリアンヌと懇意になりたいと思う者は多く、本日も20人の来客が予定されている。つまり、20回部屋にご案内し、20回お茶を淹れ、20回お見送りし、20回食器を洗い、20回掃除をしなければならないのである。勿論、一人で……。


 (俺、死ぬかも……)


 意識が朦朧としつつも仕事をこなしていく自分か怖くなるローズマリーだった。




 しかし、大変なのはローズマリーだけではない。上っ面だけの媚を売るしか能のない者や、狂信的に自分を慕う者と会わなければならないマリアンヌも、精神的に疲弊していた。もう作り笑顔も限界で、頬の筋肉が痙攣を始めている。

 5分でもローズマリーと話す時間があれば、こんな疲れなど消滅するのに、とマリアンヌは思うが、目を血走らせながら仕事をするローズマリーに、そんなことをお願いする勇気はなかった。



 トントン


 本日15回目の、ノック。


 「どうぞ」


 それに応えるマリアンヌの言葉も15回目。


 「失礼致します」とローズマリーに続いて入室してきたのは、ブロンドの髪に白髪を混じらせた男と、前髪で目元を隠した男であった。


 「マリアンヌ・アルシュタイン第4王女殿下です。マリアンヌ様、こちらはシュテファン・シンクレア伯爵です」


 伯爵は進み出ると、優雅な動作でマリアンヌの足下にひざまづく。


 「お久しぶりにございます、マリアンヌ王女殿下。ますますお美しくなられ、恥ずかしながらこのシュテファン、目を奪われました」


 「お久しぶりですわ、シンクレア伯爵。……して、その方は?」


 マリアンヌの視線の先には、呆けたように佇む男が一人。


 シンクレア伯爵はマリアンヌの視線を追い、慌てて男の頭を掴むと力任せに平伏させた。


 「申し訳ありません!この者は我が領土で新薬の開発に携わっている者なのですが、何分、礼儀作法などとは今まで縁がなく……どうか、お許し下さい」


 「お名前を、聞いてもいいかしら?」


 「は!この者は」

 「伯爵ではなく、彼に聞いているのだけれど」


 静かだが、有無を言わせぬ声に伯爵が息を飲む。



 「…………サシャ・ファルマ、と申します……」



 床にこすり着けられた頭から出た、今にも消えてしまいそうなか細い声。シンクレア伯爵が叱責を浴びせかけようと息を吸ったが、その前にマリアンヌの言葉が滑りこむ。


 「そう。では、シンクレア伯爵、ファルマ様、どうぞこちらにお掛けになって。ローズマリー」


 「畏まりました」


 優秀な侍女は、皆までマリアンヌに言わせることなく、一礼して部屋を出ていった。


 しかしローズマリーと違って、客人はマリアンヌの思考についてこれていなかった。


 「お、恐れながら、マリアンヌ様。この者はただの平民。マリアンヌ様と同席するなど、許されますまい」


 「わ、私は伯爵様の後ろに控えていますので」


 「あら、説明されるのは、ファルマ様でしょう?」


 「…………え?」


 口を開けたままの二人に、マリアンヌは優雅に微笑む。その笑みの裏で(馬鹿の相手は疲れる)と思っているとは微塵も感じさせない、完璧な笑みだった。


 「先程、伯爵が仰られたではありませんか。『この者は新薬の開発に携わっている者』と。シンクレア伯爵の領土の名産は、薬品。本日は新薬の紹介に来てくださったのだと思ったけれど」


 「違ったかしら?」と問うマリアンヌに、二人は首を横に振る。


 「なら、始めから席についていただいたほうが手間が省けるわ」


 シンクレア伯爵は渋々、ファルマはビクビクしながら席についた。と、そこに


 「失礼致します」


 ローズマリーが紅茶を持ってやってきた。用意されたティーカップは、マリアンヌの示唆した通り3つ。

 マリアンヌはローズマリーの姿を見るだけで癒されるのだが、隙なく給事を行うと、彼はさっさと部屋を出ていこうとする。


 (忙しいのは分かるけど、ちょっとはわたくしを労ってくれてもいいのではなくて?)


 マリアンヌは不満がましい視線を彼の背中に送ったが、無情にも扉は閉じられてしまう。それでも、漂う紅茶の香りが、幾分場の緊張感を解いていく。


 「……それで、その新薬とはどういったものかしら?」


 もう意味のない賞賛など聞きたくもないマリアンヌは、いきなり本題を切り出した。


 (貴殿方の思惑など、分かっているのだけれど)


 普通に考えて、新薬のことなど一王女であるマリアンヌに説明したところで何の意味もない。するべきは国王であろう。しかし、わざわざ彼らがマリアンヌの元に来たのには理由がある。そしてその理由を、マリアンヌは理解していた。



 実に、苦々しくはあったけれど。



 「はい。これが、実に画期的な物でして……詳しくはサシャが説明致します。サシャ」


 「は、はい。……では僭越ながら、私が説明させていただきます……」


 新薬とは、麻酔薬のことであった。この世界では既に麻酔薬は開発されていたが、しかしその薬は腹痛や幻聴、麻痺などの副作用が問題視されており、大手術でもない限り使用されない物であった。


 「この『エレクシア』には、今まで問題になっていた副作用がありません。ご覧の通り、無色透明の薬品で、注射器で血管に流します」


 「副作用がない?」


 「はい。臨床実験で2000人に投与しましたが、いずれも副作用はおこりませんでした」


 ファルマはテーブルの上に分厚い書類を出すと、マリアンヌに差し出した。見れば、それは臨床実験の報告書。実に事細かに、時に専門用語を交えて症状が書かれており、マリアンヌは素直に驚いた。


 「貴方が投与を?」


 「いえ、私はただの薬師ですから……医師に投与してもらい、その様子を側で観察していただけです」


 「これを書いたのは?」


 「私です。……えっと、何か問題がありましたでしょうか?」


 書類に不備があったと思ったのだろう。ファルマがオロオロとマリアンヌに尋ねる。


 マリアンヌは微笑み、ゆっくりと首を横に振った。


 「いいえ。素晴らしい出来ですわ。ファルマ様は、医学の知識もお持ちなのかしら?」


 「医学と呼べるようなものでは……薬品を作るのに必要な、最低限の知識を持っているだけです。でも、なぜ……?」


 ファルマの前髪の奥で、瞳が不安気に揺れた。いや、不安だけではない。あれは


 (――期待……?)


 マリアンヌはファルマの瞳から目を離すことなく彼の問いに答える。


 「専門用語が使われているから、そうかしら、と思っただけのこと。それにしても、新薬の開発というのは、わたくしが思っている以上に大変なのね。ファルマ様は、どなたに師事していらしたの?」


 オッホン、という咳払いが、二人の間に割って入る。


 「新薬は、如何ですか?これならば王国全土に、いえ、世界に受け入れられると私は思っているのですが」


 王女の言葉を遮るなど、如何に伯爵といえど許されることではない。それを知らぬほど、この男は無知ではないはすだ。と、いうことは


 (何か、わたくしに聞かれては都合の悪いことでもあるのかしら?)


 伯爵は、マリアンヌとファルマが話すことを良しとしていないような気がした。勿論、自分がマリアンヌと話したいだけかもしれない。しかしシンクレア伯爵という男は、マリアンヌの熱烈な信者ではないし、何より、野心家であったはずだ。不評を買いかねない行為をしてまで、彼は何を隠したいのだろうか。


 「……そうね。ただ、やはり国の“御墨付き”は得ないと、扱ってくれる場所は少ないでしょうね」


 マリアンヌが返してやると、伯爵は幾分安堵したように続ける。


 「勿論、紋付省にも申請しております。“御墨付き(エンブレム)”をいただくのも時間の問題かと」


 紋付省というのは、民間が作り出した製品や技術を査定し、国益になると認められた物を保護・保証する機関のことで、紋付省に認められた製品には『エンブレム』という称号が与えられる。

 国からの御墨付きが付く上、その生産技術まで保護してくれる、というわけだ。


 「……そう。それは楽しみですわね」


 「ええ。その際は、是非、マリアンヌ様のお力添えを……」


 「わたくしの持つ力など、微々たるものですわ」


 「ご謙遜を。……貴女ほど心強い方はおりません」


 ニヤリと、シンクレア伯爵が唇を吊り上げる。その瞳の奥で蠢く暗い光が、マリアンヌの擦りきれそうな神経を逆なでする。思わず殺気が沸いたが、ここで自分を抑えられぬマリアンヌではない。


 「……買いかぶり過ぎですわ」


 やんわりと微笑み、マリアンヌがありったけの理性でそう告げると同時に、ノックの音。


 「失礼致します」という言葉と共に入ってきたローズマリーが、マリアンヌには天使に見えた。


 出来る侍女は、タイミングまで完璧だ。


 「残念ですが、時間が来てしまったようですわ。楽しい時間というものは、あっという間に過ぎてしまうものですわね。また、楽しいお話を聞かせて下さいな。ファルマ様も、機会があれば是非」


 シンクレア伯爵は長々と、ファルマは恐々としながら退室の挨拶をすると、部屋を出ていった。






 伯爵たちを見送ったローズマリーが部屋に戻ると、そこにはソファにだらしなく横たわる主人の姿。

 思わず苦笑するローズマリーに、マリアンヌは恨みがましい目を向ける。


 「……助けに来るのが遅いのではなくて?」


 「私は出来る限りの救助をしましたよ。別れの挨拶が長くなると思ったから、こうして5分も前にお迎えに上がりましたし」


 「もっと早く来て」


 「これ以上早かったら、流石にバレちゃいますよ」


 「じゃあ、次から飲み物に下剤を」

 「ダメに決まってるでしょう!!まったく……ほら、起きて下さい。5分後には次の方がみえるんですから。早く移動して下さい」


 東の塔には2階と3階に2つの応接室があり、どちらともマリアンヌのものなので、交互に使うようにしていた。今は3階の部屋なので、次は2階の部屋だ。マリアンヌが2階で面会をしている間に、ローズマリーが3階の部屋の掃除をして、終われば次にマリアンヌは3階で面会をし、ローズマリーは2階の部屋の掃除をするのだ。

 実にハードなスケジュールである。


 「下にマリアンヌ様の好きなハチミツミルクを用意してありますから、それを飲んで、俺の大好きなマリアンヌ様に戻って下さい」


 マリアンヌを引っ張り起こしつつ、そんなことを言うローズマリー。


 (ローズマリーは、ずるいわ)


 そんなことを言われたら、頑張らないわけにいかないではないか。


 「……仕方ないわね」


 マリアンヌは立ち上がると、愛する彼の期待に応えるため、再び戦場へと向かうのだった――




******





 そんな壮絶な一日を終え、ローズマリーがマリアンヌの就寝前のホットミルクを飲み終わるまでの雑談相手になる、という日課の最中のことであった。



 トントン



 控え目なノック音が楽しげな二人に割って入ったのは。


 あからさまに不機嫌な顔をするマリアンヌと、怪訝な顔をするローズマリー。


 「……どうぞ」


 マリアンヌの入室の許可を得て、扉を開けたのは塔の警護にあたっている衛兵だった。


 「失礼致します。マリアンヌ様にお会いしたいと仰られる方が来ておられるのですが……」


 「こんな時間に、わたくしが応じるとでも?即刻お断りなさい。そんなことも自分で判断できないのかしら?」


 「いや、私が無理言って聞きに行ってもらったのだ」


 青ざめる衛兵の後ろから、低く腹に響く声があがる。

 ローズマリーは息を飲み、マリアンヌは美しい目を細める。


 現れたのは、背のスラリと高い男性。歳は40歳代半ほどだろうか。どこか氷を思わせる冷たい瞳の色は漆黒で、艶やかな黒髪を後ろで束ねていた。


 男は、マリアンヌの鋭い視線にも臆することなく部屋に入ると、おもむろに口を開いた。




 「息災ないようで失望したぞ、レオナルド」







ただでさえ登場人物が多いというお声をいただいているのに、さらに増えるっていう(^-^;


次回も投稿遅れるかもしれません……


でも絶対書きあげます!

今月過ぎれば生活が安定するかと思いますので、もうしばしお待ち下さいm(__)m



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