ミッシヨン――添い寝せよ
この話、別に必要はないんですけど、やっぱり恋愛タグでやってるからにはこういう展開も必要かなって思いまして……
ではどうぞ!
(これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢。これは夢――)
もう何百回繰り返したかわからない自己暗示を、ローズマリーは飽きることなく繰り返していた。止めてしまえば、自分が置かれた状況に気がおかしくなってしまいそうだったから。
ローズマリーはベッドに横たわっていた。今の時刻を考えれば、何らおかしいことはない。しかし、今ローズマリーが寝そべっているベッドは、彼が普段使っているものよりずいぶん大きかったし、体を包むシーツは摩擦なんか関係ないというほど滑らかで、枕は焼きたてのパンのようにフカフカだ。だから寝にくい、という訳ではない。そんなもの、オンボロ馬車で爆睡できる彼には全く関係ない。関係あるのは――
「う、ん……」
耳元で甘い声が聞こえ、途端ローズマリーは硬直する。が、声の主はそんなローズマリーにはお構いなしで、彼の体に絡めた腕に力を入れ、体を寄せてくる。
(ええええ!!起きてるの?!)
思わず横を向けば、視野一杯に映る、伏せられた瞼に、長い睫。鼻が触れあう距離にある黒薔薇の寝顔に、ローズマリーは心臓が飛び出しそうになる。反射的に身を退こうとしたが、マリアンヌの腕にガッチリ体をホールドされており、結局失敗に終わった。
(いったい、何が起きてるの……?)
涙目になりつつ、ローズマリーは先程まで繰り広げられていた攻防を思い起こしていく――
「添い寝なさい」という言葉に、ローズマリーは一瞬気を失った。目の前が真っ白になり、体から平衡感覚が失われたから、これは大袈裟な話ではないだろう。この時倒れていればよかった、と後になってローズマリーは後悔することになるが、しかし悲しいかな、主人が自分の名前を呼ぶ声を頭の片隅で認識してしまい、意識を浮上させてしまう。
「ローズマリー、聞いているの?」
「……はい。聞いております……でも、理解できません。なんで添い寝?」
「?何か問題が?」
実にあっけらかんと言ってのけるマリアンヌに、ローズマリーは思わず「大有りでしょう!?」と声を荒げてしまう。
「主人と一緒に寝る侍女なんて、聞いたことありませんよ!」
「そうでしょうね。侍女にはあるまじきことたわ」
「だったら!」
「主人と一緒に寝るなんて、さぞ気を揉むことでしょうね。だから、わたくしは言ったわ。『罰』と」
「〜〜、罰なら、他にいくらでもあるじゃないですか?!なんで添い寝なんです?」
「寒いから」
盛大にずっこけるローズマリーに、マリアンヌは追い討ちをかけるように「今日は特に冷えるわ」とガウンの上から腕をさすってみせる。
けれど、ローズマリーとてここで引くわけにはいかない。正直、言葉にするのも恥ずかしくて控えていたが、ここはやむを得ない、と覚悟を決めた。
「っ、ご存じだとは思いますが、俺、男ですよ?!」
婚姻を結んでいるわけでもない男女が寝所を共にするなど、一般的常識で考えたって許されることではないし、非道徳的である。これなら、流石のマリアンヌもかわすことはできないはず、とローズマリーは朱に染まりながら考えるが、しかしすぐにその考えが甘かったことを知る。
マリアンヌは胸元をぎゅっと握り締めてベッドの上に座り直し、潤んだ瞳をローズマリーに向ける。そして言った。
「……わたくしに、何をするつもり?」
ボンッと、何かが弾ける音がして、途端、ローズマリーは沸騰したように真っ赤になって絶叫した。
「何にもするわけないでしょうがぁぁぁ!!」
「では問題ないわね」
さらりと紡がれたマリアンヌの言葉に、ローズマリーはぽかん、と口を開けたまま固まる。
そんなローズマリーを見て、マリアンヌはニヤリと唇を持ち上げる。
「何にもしないのでしょう?なら、一緒に寝たって問題ないわ。あぁ、外聞がどうの、というのも心配なくてよ、ローズマリー。さっきわたくしが暴れたお陰で、誰も部屋に近づかないはずだもの」
そもそも貴女は女の子だと思われているし、と続くマリアンヌの言葉に、ローズマリーは項垂れた。
(……ダメだ、回避できそうにない……)
目の前で楽しそうにポンポン、とローズマリーを招くマリアンヌを見て、ローズマリーは抵抗を諦めたのだった。
しかし、だ。
さすがにこれは想像していなかった。
ベッドは大人が5人は並んで寝られる大きさだ。だから端のほうで小さくなっていればいいと思っていたのに、まさかこんな密着、いや、拘束状態で寝ることになろうとは……。
ローズマリーは、なんだか酷く疲れてしまった。
思えば、10時間も馬車に揺られ、10階建ての塔を最上階まで駆け上がり、主人にタックルし、と、なんだか今日は盛りだくさんな日だった、とローズマリーは重くなってきた瞼の裏で思った。
(もう、いっか、寝ちゃおう)
現実逃避の意味合いがかなり強かったが、そんなことを考えるだけの力がローズマリーには残っていなかったし、実際かなり眠かった。
(明日は、いつもより早く起きて、アンナが散らかした1階を片さなきゃ……あと、多分他の部屋も荒れてるよなー……あした、から、忙しい、ぞ……)
ローズマリーは、あっさりと意識を手放したのだった。
隣から、安らかな寝息が聞こえてくる――
(なぜ、かしら?)
隣に誰がいるかも、どうして居るのかも、マリアンヌには分かっていた。自分がやったことなのだから、分かって当然だ。分からないのは、なぜ、この状況でそんな安らかに寝られるのか、ということだった。
マリアンヌはゆっくりと瞼を開くと、すぐ側にある愛しい人の顔を見る。
長い睫は下を向き、高い鼻は天井に向かってのびている。顎のラインはまだ幼さを残して丸くはあるが、それがふっくらとした唇とよく合い、思わず(食べてしまいたい)と良からぬ感情を抱いてしまう。
(貴方は、そうはならないの?)
ローズマリーは気づかなかったが、マリアンヌは実は一睡もしていなかった。寝たフリをして、彼が自分に何をするか、どういった反応をするかをみていたのだ。しかし、結果は惨敗。触れるどころか、良く見もせずに寝入ってしまった。
(……そんなに、わたくしは魅力がないのかしら?いえ、例え魅力がなくとも、この状況なら意識するのが当たり前ではなくて?髪に触れてみるとか、服の間から下着を覗くとか、キスしてみるとか、そういった反応をするものではないの?)
上記のことをマリアンヌが期待していたことは、内緒だ。
(……侍女の格好させ過ぎて、感覚がおかしくなってしまったのかしら?)
それは困る、とマリアンヌは思うが、かといってローズマリーを辞めさせるわけにはいかない。侍女がいなくなって困るのではない。今までのようにずっと側に置いておけなくなることが問題だった。
そもそも、マリアンヌがセオを侍女にしたのは、ただ単にそれが一番一緒にいる時間を作れそうだったからだ。彼の隠れた才能を見抜いたわけでも、虐めたいわけでもなかった。
ただ、一緒にいたかった。
「うー、ん」と、ローズマリーが寝返りをうつ。丁度マリアンヌに向ける形になったその顔は、ひどく気持ち良さそうで。
はぁ、とマリアンヌはため息を一つ。
そのまま横になり、再びローズマリーに腕を回す。額がくっつく距離で、吐息がかかる距離で、マリアンヌは瞼を下ろす。
(今は、これでいいわ。この距離で、いいわ。その代わり)
「――絶対、逃がさないから」
その呟きは、夢の世界なにいるローズマリーには聞こえなかった。
おまけ
手当てをしてもらい、兵舎に戻ると、ものすごい罵声が飛び交っているのが聞こえた。
「女神を死神の前に置き去りにしてきただぁ?!」
「この根性なし!!」
「ローズマリーさんに何かあったらただじゃおかねぇ!!」
……どうやら俺を助けてくれた2人が他の衛兵から責められているようだ。
助けたいのはやまやまだが、うちの連中はローズマリーさんが関わると人が変わる。ただでさえ死にそうになったんだし、死地に踏み入れるのはこりごりだ。ごめんな……。
心の中で二人に謝罪し、そそくさと自室に戻った。
が。俺は失念していた。
俺のルームメートが、ローズマリー命だということに。
「デューイ!」
部屋に入るなり飛び掛かってきたのは、ルームメートのティムだ。この間突然配置換えを言い渡され、男の俺から見ても端整な顔を涙でぐちゃぐちゃにしていたが、今は興奮しているのか、顔を上気させている。
問い詰められるかと思って身構えていると
「どーだった?」
という質問が降ってきた。
これは、あれだろうか。俺の怪我の具合を心配してくれているのだろうか。
「あぁ、大したことはないよ。たんこぶ出来たぐらいで、骨に異常は」
「バカ!んなこと聞くか!!ローズマリーさんの私服がどーだったか聞いてるに決まってんだろ?!」
「決まってねぇよ!!」
「なぁ、どんなだった?俺侍女の制服姿しか見たことないんだよ!」
「お前、それが死地から帰還した友に言う台詞か?!」
「あぁ、代われるもんなら代わりてぇー」
「……いっぺん黒薔薇様に斬られてこいっ!!」
デューイの回し蹴りが、ティムの顔面にクリティカルヒットした。