ミッション――説明せよ!
すみません、遅れてしまいました!!
とりあえずどうぞ!!
「……ところでローズマリー、貴女、明日の昼に帰ってくると言わなかったかしら?」
久しぶりに飲むローズマリーが淹れた美味しい紅茶を堪能しつつ、マリアンヌが聞いた。
ローズマリーは、よれていたベッドのシーツを張り直す手を止め、マリアンヌの問いに答えた。
「何というか、ちょっと、予定外というか、予想外というか――」
楼は、いつも実に都合良くセオを使っていた。
食事の支度はもちろん、掃除に洗濯、肩もみなど、正直城での仕事と大差ない量の仕事を、セオにやらせていた。一度など、ソファの張り替えをやらされもした。
(この人、絶対俺が根をあげるのを待ってるな)
セオはそう確信した。
そうなると、侍女魂に火が付き、言われてもいない仕事を次々と片付けていってしまった。その行動が楼を助長させる要因の一つであったのだが、セオがそのことに気付いた時には、もう取り返しがつかなくなっていた。
そんな訳で、楼の元に行くと解放されるのは大体2日目の昼過ぎであり、そこからヴィッセルに戻っても、城門は閉められいる上に宅配屋が営業を終えている。そうなると、ヴィッセルに一泊して、翌日宅配を出してから城に戻ることになり、大体いつも昼過ぎになっていた。
しかし今回は。
「いつまでいる気だ?」
朝食を食べ終え、皿洗いをするセオに向かって楼か冷たい言葉をかける。
セオは、危うく皿を割ってしまうところだった。
なんせ、いつもはここぞとばかりにこき使ってくる楼である。
(な、何?!火山でも噴火するの?!)
セオは言いようのない恐怖にかられ、ただ楼を見つめることしかできなかった。
そんなセオの反応に、楼は眉間に皺を寄せるとやけに凄みのある声で聞いた。
「なんだ?それとも陽が暮れるまでここで掃除でもするか?丁度馬小屋が糞まみれになっていて、やりがいがあると思うが」
「いえ!あまり長居しても楼の邪魔になりますし、僕はこれで失礼させていただきます!ゼペットさん!帰りの準備お願いします!」
言うが早いや、セオは目にも止まらぬ速さで支度を済ませ、挨拶もそこそこに楼の小屋を後にしたのだった。
馬車に揺られること10時間。
夕方にはヴィッセルに着くことができたセオは、荷物を宅配屋に預け、帰城することにした。
セオの姿では東の塔に帰ることができないので、途中でローズマリーの服に着替えて、城門を潜った。
すれ違う人から「お帰りなさい!」という挨拶と共に振られる手に振り返しつつ、ローズマリーは東の塔に向かった。何人かの目に涙が浮かんでいたのはきっと気のせいだ、と自分に言い聞かせながら。
その日の衛兵の一人は、顔馴染みの人だった。名は知らないが、彼はローズマリーに対し熱い視線を向けたりしない数少ない衛兵だったので、少し安心した。
「お疲れ様です」
近付き声をかけると、彼は少し驚いた顔をした。
「あれ?帰ってくるの、明日の予定では?」
「思ってたより早く用事が終わったんです。……あの、何かまずかったでしょうか?」
「えーと……誰も入れるなとマリアンヌ様が仰っていて……でもローズマリーさんならいいんじゃないかな。ちょっと聞いてくるので、中で待っててください」
相方に「おいおい、大丈夫か?」と突っ込まれ、「まぁ、大丈夫だろ」と返している様子を見るだけでローズマリーには分かった。マリアンヌ様は大変機嫌が悪いらしい、と。
ものすごい不安を感じつつも、それを顔に出さないよう努めながら、ローズマリーがお礼をいうと、彼は人の良い笑顔をうかべた。
彼が開けてくれたドアから1階の部屋に入ると、ローズマリーは思わずうめき声をあげてしまう。
ローズマリーがいつも美しく磨き上げていた床や、いつでも給事ができるようにと整理していた台所は、もうそこにはなかった。
床は、バケツや雑巾などの掃除用具やおそらく洗濯物と思われるタオル類などが散乱し、足の踏み場もない。しかも、何か飲み物をこぼしたのか、水溜まりまでできている。台所は、使った食器が洗われることなく放置され、山を作っていた。
入る塔を間違えてしまったのか、と現実逃避し始めるローズマリーであったが
「……うわ……これは酷いな……まだ俺の部屋のほうがきれいだぞ……」
という声に、現実に引き戻される。
後ろを振り向けば、彼が目を点にして部屋を眺めていた。
自分がやったわけでは断じてないが、ローズマリーは恥ずかしくなり俯いてしまう。
「貴女のせいではないことは分かっているので、顔を上げてください。あのオレンジ色の髪の侍女でしょ、やったの」
ローズマリーが綺麗好きであることを知っている衛兵は、気を使ってそう言ってくれたのだろうが、ローズマリーはかえって気を落としてしまう。
(……やっぱバレてた……)
アンナが代替侍女になっていることを、ローズマリーはこの時初めて知ったのだった。
アンナがマリアンヌから集中攻撃されている様子が容易に想像できてしまい、この部屋の荒れように怒りを覚えたものの、ローズマリーはアンナを責める気になれなかった。
「……とにかく、私はここの掃除をしますね。とても人が住む場所とは思えない有り様なので」
ローズマリーは腕捲りすると、早速洗い物へと向かう。そんなローズマリーの後ろ姿に、衛兵は同情の視線を投げ掛けると「では、自分はマリアンヌ様に帰還の旨を知らせて来ます」と言い、駆け足で階段を登っていった。
ローズマリーは何も考えず、食器を片付けることにのみに集中していた。そうしなければ、アンナが殺されてやしないかという不安に押し潰されそうだった。
食器を順調に洗い、布巾で拭こうとしたその時
――――ッ!!
甲高い叫び声が聞こえた。
ローズマリーは食器を放り出し、階段へ向かう。嫌な予感しかしない。途中、2階と3階の衛兵に声をかけ、最低限の人員を確保すると、彼らを従え上へ登っていく。
6階に差し掛かったところで、ローズマリーは彼女を見つけた。
「――アンナッ!!」
小さな友人は、ローズマリーの姿を認めると、大きな目を見開き驚いた顔をする。しかし、すぐに目を潤ませると、背を丸めて泣きじゃくり始める。ローズマリーはそんな彼女の背に優しく手を回し、小さな子をあやすようにゆっくりと撫でた。
「……大変だったね。もう、大丈夫だから」
彼女を落ち着かせようとしてローズマリーが紡いだ言葉は――
「――っざけんじゃないわよぉぉぉ!!」
というアンナの絶叫によって、無惨にも掻き消されてしまった。
アンナはローズマリーの胸ぐらを掴むと、盛大に揺すった。
「何もかも、あんたのせいでしょうがぁぁぁぁ!!責任とんなさいよ!!この人ったらしぃ!」
そのあまりの激しさに、後ろにいた衛兵たちが慌てて止めに入った。が、アンナの絶叫は止まらない。
「どーすんのよ!マリアンヌ様、殺人鬼みたいになってるわよ!私、絶対殺されるわよ!デューイさんも殺されちゃうわよ!あんた、どーにかしなさいよぉ!」
(デューイさん?)
ローズマリーの頭に?マークが浮かぶが、すぐに彼のことだと思い至る。
「何で止めなかったの?!」
「そんな暇なかったわよ!走って行っちゃったんだからっ!」
怒り狂うマリアンヌの元に向かうなど、死地に自ら飛び込むようなものだ。
(あぁ、もう本当にっ!)
アンナの言ってることも状況もいまいち理解できなていなかったが、しかしやらなければならないことだけは分かった。
「アンナは1階の部屋に。皆さんは、私についてきてください」
言うと、ローズマリーは10階に向かって階段を駆け上がる。そしてそこで、デューイの首をはねようとするマリアンヌを目撃したのだった――――
「――て状況だったんですよ」
「つまり、楼の気紛れで早く帰ってこれたって訳ね」
「……いや、まぁそうなんですけど、そんな短縮されると、私の立場が……」
ふわりと、マリアンヌが微笑んだ。
柔らかく包み込むような微笑みは、多くの人の心を捉えて放さないだろう。しかしローズマリーは、その漆黒の瞳の奥に宿る妖しい光に気付いていた。
「主人の問いには端的に答えなければならないと、わたくし言わなかったかしら?」
うっ、と言葉に詰まるローズマリーを見て、マリアンヌは笑みを深くする。
「主人の言いつけを守らないなんて、イケナイ子ね、ローズマリー。イケナイ子には、罰を与えなければならないわ」
(嫌な、嫌な予感がする……)
本能的に、ローズマリーは危険を察知した。ツーと、背筋を汗が伝う。
そんなローズマリーを無視して、マリアンヌは立ち上がるとベッドに向かう。
(ま、まさか剣の稽古の相手をしろ、とか?!)
正直、ローズマリーの腕ではマリアンヌの相手どころか受け木にすらなれないが、マリアンヌが望むならばやむを得ない、ボコられよう、と潔く体を差し出す決意をしたローズマリーであった。
しかし、マリアンヌはベッドに横たわると、ポンポン、と隣を叩いてみせる。
意味を図りかね、首を傾げるローズマリーに、マリアンヌは静かに告げた。
「添い寝なさい、ローズマリー」
もうちょっと進みたかったぁ↓↓
ていうか、あと10話はないとあらすじまでたどり着かない気がいたします……気長にお付き合いください……
最近の気温の変化が原因か、体調がすこぶる悪いです(つд;*)
毎週のように病院に行ってます……
皆さんも、風邪などひかないよう気を付けてくださいね!