いつもの朝
サブタイトルが普通になってしまった…
でもこれ以外思いつかず…
白い雪に覆われた、この王国の名はアルシュタイン。国の東に巨大な港を持ち、貿易によって富を築いた国。この国に建設された城は、全部で5つ。中でも絢爛豪華なのが、王都モーリタニアにあるソフィーナ城である。
その、ソフィーナ城の東側の塔の最上階の部屋。その立地条件と大きな窓のため、冬の朝とは思えない眩い陽光が射し込む中、部屋の奥に位置する人が5人は並んで寝られる巨大なベッドからは、今もスヤスヤと寝息が聞こえる。
よほど疲れているのか、それとも知覚に問題があるのか、ベッドの主はいっこうに起きる気配をみせない。
と、そこに
ドンドン!!
遠慮の欠片も感じられないノック音。しかしベッドの上の人物は微動だにしない。
ドンドン!!
再度ノック音。反応はーーなし。
カチャン
今度は鍵の開く音がして
「マリアンヌ様!!起きて下さい!!」
一人の少女が足音を響かせながら颯爽と登場した。
歳は十代半ばほど。艶のある栗色の髪は肩を少し越えるほどで、髪よりやや薄い色の瞳はからは生気が溢れている。見ている者まで活気付けるような美しい娘だ。
少女は真っ直ぐベッドまで進み、遠慮することなく
バサッ
見ているこっちがすがすかしさを覚える勢いで布団を剥ぎ取った。
少女に剥ぎ取られた布団の中から出てきたのは――
漆黒の髪、白磁のような肌、燃えるような赤い唇――おとぎ話に出てくるような美しいお姫様だった。そして現に、彼女はこの国、アルシュタイン王国の第4王女、マリアンヌ・アルシュタインその人であった。
マリアンヌは伏せていた長い 睫毛を震わせて、そっと瞼を開く。世界を映すその瞳は濃い夜の色。覗きこんだら最後、戻ってこられないような恐ろしさがあるにも関わらず、覗きこまずにはいられない、そんな瞳。
マリアンヌは数回倦怠な瞬きをして
「・・・・・・」
ものすごく不機嫌そうな顔をした。
しかし少女は怯まない。
「起こされるのが嫌なら自分でちゃんと起きて下さい。毎朝起こしにこなくちゃならないこっちの身にもなって下さいよ」
マリアンヌはゆっくりと上半身を起こすと、そっと顔にかかる黒髪をかきあげた。ただそれだけの動作が、ため息が出るほど美しい。
「何を言っているの、ローズマリー?わたくしは30秒も前に目を覚ましていたわ。貴女のほうこそ、遅刻しているのではなくて?」
「残念ですが、俺は秒単位で生きてないんですよ。せめて分にしてください。・・・・・・いや、それ以前に、自分で起きれるんなら最初から起きて下さいよ!!」
「わたくしの話をちゃんと聞いていたのかしら、ローズマリー?わたくしは『目を覚ました』と言ったのよ。『起きた』とはいっていないわ」
「・・・…同じじゃないですか」
マリアンヌはわざとらしくため息をつき、首を横に振る。まるで出来の悪い教え子を持つ教師のようである。
「いい、ローズマリー?『目を覚ます』というのは、瞼を開ける、もしくは夢から覚めるということ。『起きる』とは体を起こすということよ。貴女も経験がおありでしょう?寒い冬の朝、暖かい布団からなかなか出れず微睡んでしまう、そんな経験が」
それは誰にだって経験があるだろうと、ローズマリーは思った。しかし、同時に思う。
「二つの違いはわかりましたし、そんな経験もありますけど、それって起きない理由になってます?」
「勿論よ、ローズマリー」
自信満々にマリアンヌは答える。
「つまりね、わくしが言いたいのは、起きないわたくしを起こすのも貴女の仕事だということよ。遅刻したり、ましてそれを嫌がるのは貴女の職務怠慢ではなくて?」
反論ができず、ローズマリーは黙ってしまう。
マリアンヌのいうことは正しい。
マリアンヌはこの国の王女であり、ローズマリーは彼女に仕える侍女である。主人のために働くのが侍女の役目なのだから、主人が寝坊助であるならば、それを起こすのも確かに侍女の仕事である。関係性だけを考えれば、ローズマリーの態度はクビにされても文句の言いようもないものであるし、マリアンヌの対応は寛大であるといえた。
しかし、ローズマリーとてそんなことも分からぬ非常識人間ではない。ではなぜ先程のような態度をとったのか
わかっていたのだ。
自分の主が、寝坊助などではないと。
(俺のいなかった頃は、自分でちゃんと起きてたって、そう聞いたんですよ、マリアンヌ様)
なぜ毎朝起こしに来させるのか、ロズマリーには不思議でならなかった。しかしなんとなく怒られる気がして、マリアンヌに理由を聞くことはできなかった。
すっかり黙ってしまったローズマリーに、しかしマリアンヌは何の言葉もかけない。ただ、彼女の次の言葉を待っている。
薔薇 の花びらのような唇を軽く持ち上げて。
夜のような瞳に期待を滲ませて。
ローズマリーはベッドの横に膝を着き頭を垂れると、そっと瞼を閉じる。そして今まで何百回と繰り返してきた言葉を唇に乗せる。
「マリアンヌ様の望まれるままに」
マリアンヌはその言葉に満足そうに微笑むと、ローズマリーの頬を優しく撫でる。
「わたくしの、可愛いローズマリー」
マリアンヌの返しも、いつもと同じで。
もはや儀式になってしまったやりとりを終えると、声色を変えてマリアンヌは自身の侍女に問う。
「……ところで貴女、こんなにのんびりしていていいのかしら?」
その言葉にローズマリーは「はっ」と立ち上がると
「そーですよ!!何のんびりやってるんですか!!早く起きてください、マリアンヌ様!!急いで着替えなきゃ!!今日は定例朝食会ですよ、遅刻なんてしたら他の方々にどんな嫌味を言われるか……」
定例朝食会とは、普段はバラバラに生活をしている王家の人間(この場合は王と妃とその子供たちを指す)が一同に介し、一緒に朝食を摂るという朝食会のことである。
毎月15日に開かれるこの会は、今の国王が大層仲の悪い妻や子供たちの関係を良好にしようと発案したものだが、効果はまったくなく、むしろ嫌味と策略と揚げ足の取り合い合戦の様相を呈している。
「あんなもの、お金と時間と労力の無駄なのだから、いい加減やめてしまえばいいのに。陛下の意地につきあっていられるほど、わたくし、暇ではないのだけれど」
と、マリアンヌはローズマリーに引っ張り起こされつつ愚痴をこぼすが、ローズマリーはそれどころではない。
「そんなこと俺に言われたってどうすることも出来ませんよ。陛下に直接言って下さい。っていうか、ちょっとは協力してくださいよ!!侍女としてマリアンヌ様を寝起き姿のまま朝食会に行かせるわけにはいかないんですっ!!」
マリアンヌのドレスを用意しつつ、ローズマリーが懇願する。
(わたくしを着替えさせるのも侍女の仕事ではなくて?)
とマリアンヌは思ったが、自分がローズマリー以外の専属の侍女を持たないせいで、彼女が倍以上の苦労をしていることを理解していないわけではなかったので、今回は協力することにした。
自ら寝間着を脱ぎつつ、マリアンヌは先程から気になっていたことを告げた。
「ところでローズマリー?」
「何です?」
「貴女、今朝からのやりとりの中で、自分のことを2回も『俺』と言っていたけれど、気づいていたかしら?」
ドレスを着せーようとしていたローズマリーの手が止まる。
マリアンヌはため息を一つ。
「いつ、誰が、どこから見ているか分からないのだから、女の格好をしている時は、女として振る舞いなさい」
「……はい」
ローズマリーは、男である。
どんなに見た目が女の子のようでも、しかも人並み以上に美しくても、男である。そのことを知るのはこの城で唯一マリアンヌだけであった。
それもそのはず。彼にローズマリーと名付け、侍女として側に置くと決めたのはマリアンヌ自身であり、それは独断でおこなわれたのだから。
しかも、ローズマリーは自分が女装までして侍女になった理由を知らなかった。マリアンヌに言われるかがままに行動し、気がつけば2年が経っていた。
(もう2年か……)
手早くドレスを着せ、ヘアメイクに取りかかりつつローズマリーは思う。
(成長したのって、侍女とーしてーのスキルだけな気がする……)
ぐだぐた~な感じですいません…
読んでいただき、ありがとうございました。