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黒薔薇の天敵


お待たせしました!!


だんだん、一話が長くなっていってます……


短くてもいいから、早く更新したいのに……






 「あの、マリアンヌ様」


 シープが退室し、マリアンヌとローズマリー二人だけになった7階の部屋。


 紅茶の香りが漂う部屋に、ローズマリーのおずおずとした声が響く。マリアンヌはローズマリーの緊張を解すように、優しく応える。


 「なぁに、ローズマリー?」


 いつもなら主人に対する態度とは思えない、ズケズケとした物言いをするローズマリーにしては珍しい、とマリアンヌは思った。


 マリアンヌに優しく応えられた後もしばらく迷っているような仕草を見せたローズマリーだったが、意を決したように顔を上げ、マリアンヌと視線を合わせる。


 「何やっちゃったんですか?」


 ローズマリーのかぶりつきたくなるような可愛らしい唇から出たのは、非難するような問い。


 ローズマリーに聞かれたことは何でも答えるマリアンヌであったが、何を聞かれているのか分からないものには答えることができない。


 とりあえず首を傾げてみると、(しらばっくれても無駄です!)という鋭い視線を向けられてしまう。


 「公爵様、涙目だったじゃないですか!?」


 部屋に入って、いきなりこの国の大臣であるシープが膝間付き、目に涙を浮かべながらマリアンヌを見つめている、という光景が広がっていたのだ。歴史の授業中に、何がどうなってそうなったのか。しかも、自分の主人であるマリアンヌは、それを優雅に椅子に腰かけて見下している、という状況。普通の侍女ならティーカップを落としていただろう。


 マリアンヌの傍にいて、こういった状況にある程度耐性があったため、ローズマリーは何とかいつも通り給事を行うことができた。しかし、50半ばの、それも、それなりの地位を持つ男性が涙を浮かべながら膝を折るなど、通常では考えられない。


 (ああ、また相手の痛い部分を引き摺り出して、抉って突き刺して切り刻んでぶちまける、という傍若無人なことをしたに違いない)


 と判断したローズマリーは、主人を諌めるのも侍女の務めであるという信条を胸に、先のような咎めるような物言いをしたのだった。



 けれどマリアンヌは唇を尖らせると、拗ねたように言う。


 「なぜ、わたくしのせいになっているの、ローズマリー?」


 「一般常識的に、泣かせた方に原因がるもんです」


 「泣かせてなどいないわ。勝手に泣いたのよ」


 「いやいや、そんなイジメっこ発言が罷り通ると思ってるんですか?」


 「貴女はわたくしの侍女なのだから、わたくしの言葉だけ信じていればいいのではなくて?」


 「今度は俺様ですか」


 ローズマリーは思わず溜め息をついてしまう。


 「……あの状況を見て、他の可能性を思い浮かべる人ほとんどいませんよ」



 「他はどうでもいいのよ」



 その小さく短い言葉が、ローズマリーにはやけに大きく強く聞こえた。


 ローズマリーはマリアンヌを見る。マリアンヌの暗い色の瞳が、爛々と輝いていた。まるで、満天の星空のようだ、とローズマリーは思った。




 「貴女さえ味方なら、他の者などいらないわ」




 マリアンヌは、良く通る美しい声でそう告げた。



 マリアンヌの言葉が空気を震わせて



 ローズマリーの心までも震わせた



 みるみる赤く染まっていくローズマリー。それ見て、マリアンヌは心の中だけで囁く。



 (そう。貴女さえ、傍にいてくれるなら)



 (他には何もいらない。何も望まないわ)



 富も、名誉も、権力も



 玉座すらも、いらない。



 万人の愛より



 (貴女の――貴方一人の愛が欲しい)



 もし、ローズマリーの愛を独り占めできるのなら



 (悪魔に魂を売ったっていいわ)



 3年前の運命の出逢いから、変わることなく、色褪せることなく、燃え尽きることなく、マリアンヌの胸を焦がしている想い。



 しかしこんなにも強くローズマリーを求めているにも関わらず、マリアンヌの想いはまったくローズマリーに伝わっていないのだから、やるせない。


 ローズマリーは、決して人の感情に鈍感な方ではない。むしろ敏感な方であろう。しかしマリアンヌに関しては、超が100個つくぐらい鈍感だった。

 いや、鈍感というより『そんなことはあり得ない』と思っている節がある。


 ローズマリーにとって、自分は女ではなく敬愛する主人なのだ、とマリアンヌは理解していた。


 今も、ローズマリーは頬を染めているが、それは(敬愛する主人に、そこまで言っていただけるなんて)という類いのもので、ドキドキとは程遠い。


 (一体どうしたらわたくしのことを女として意識するのかしら?)


 毎日マリアンヌの下着姿を目にしているにも関わらず、全く恥ずかしがることなく着替えさせるこの侍女に、自分を女と意識させること――今マリアンヌが一番頭を悩ませていることだった。



 (いっそのこと、襲ってしまおうかしら?)



 そんな考えが頭を過るが、すぐに打ち消す。


 (駄目よ。それでは“歩く性欲”と変わらなくなってしまうわ)


 ルーファスと同類など御免こうむるマリアンヌであった。




 こっそり小さく溜め息をついたマリアンヌに、ローズマリーが言ったのは


 「身に余る光栄です」


 是とも否とも取れる言葉だった。




 「――誓って、ローズマリー。この先何があっても、貴女だけはわたくしの味方でいると、傍にいると、誓って」



 ローズマリーは膝を付き頭を下げる。


 「何があっても、マリアンヌ様の味方でいると、誓います。――マリアンヌ様の望まれるままに」



 侍女としての誓いに、それでもマリアンヌは満足そうに微笑むと、ローズマリーの頬を撫でる。



 「わたくしの、可愛いローズマリー…………貴女、頬をどうしたの?」



 よくよく見れば、ローズマリーの頬が少し腫れていた。


 ローズマリーはマリアンヌの言葉にガバッと立ち上がると、シドロモドロに弁解を始めた。


 「こ、これは、えっと、あ、先程転んでしまって」



 こんな説明を信じる馬鹿がどこにいる。



 「……ふ〜ん……転んでしまって?そう、それは痛かったでしょう?可哀想に。さぁ、早く服を脱ぎなさい」


 「ええ、痛かった……はい?」


 ローズマリーはマリアンヌの最後の言葉に、思わず聞き返してしまう。


 「転んで頬を打つということは、つまり手を着けなかったということ。当然、頬の他に胸を打っているはずよ。だから、わたくしが薬を塗ってあげるから、早く服を脱ぎなさいと言ったのよ」


 そう言いつつ迫り来るマリアンヌに、ローズマリーは胸元を握り締めて後ずさる。


 その図は、肉食獣が獲物を狩るようでもあり、欲情した雄が嫌がる雌に迫るようでもあった。


 まぁ、実際は雌が雄に迫っているのだが。



 「て、訂正します!!壁に激突しました!!」


 壁際まで追い詰められたローズマリーは、必死にそう声をあげた。

 こんな言い訳でマリアンヌが引いてくれるはずがないと、分かってはいた。が、足掻かないわけにはいかないのだ。


 ローズマリーには守らなければならないものがあった。

 自身の貞操ではない。

 友人、アンナだ。


 もしここで「アンナにビンタされた」などと口走ってしまったら、過保護なマリアンヌのこと。アンナに体裁を下すだろうと容易に想像できた。

 しかも、間の悪いことにローズマリーには近日中に城を空ける用事がある。

 ローズマリーがいない間の代理侍女にでも選ばれたら、恐らく精神が擦り切れるまで酷使されるに違いない。


 それだけは避けなければ、という強い正義感が、ローズマリーの中で芽生えていた。


 「壁に激突?貴女が?」


 パン、という音と共に、マリアンヌは壁に手を着く。


 息のかかる距離まで顔を近付けられ、ローズマリーは思わず俯く。しかしマリアンヌはそれを許さない。ローズマリーの顎に手を掛け強制的に上を向かせる。


 目の前に広がる、漆黒の瞳。

 その闇に引き摺り込まれないよう、ローズマリーは腹部に力を入れる。


 「壁に激突するなんて、きっと何か悩み事でもあったのね。一体、何を考えていたの?わたくしに話してみて、ローズマリー」



 嘘はつけない――本能でそう察したローズマリーが選んだ答えは



 「マリーちゃんと、呼ばれたんです」



 「……は?」


 マリアンヌもこの答えは意外だったのか、意識がそちらに逸れた。それを見て取り、ここぞとばかりにローズマリーはまくし立てる。


 「マリーちゃんですよ?!マリーちゃん!もう俺、その単語を聞いた時には、本気で泣くかと思いましたよ!マリアンヌ様は、俺がそんな風に呼ばれているとご存知でしたか?!」


 「いいえ、初耳だわ…………チッ、わたくしの付けた神聖な名前を省略するなんて」


 「……え、今何か」


 後半の言葉が小さすぎてよく聞こえなかったローズマリーに、マリアンヌは笑顔で「何でもないわ、ローズマリー」と返す。

 そしてこれ以上の追及は無意味と判断し、壁から手を離してローズマリーを解放した。


 「それにしても、最近男からのアプローチが増えているわね」


 「そーなんですよ!なんか最近、視線を感じることが多くて……」


 「わたくしからできるアドバイスは一つ」


 「な、なんですか?」


 「夜道には気をつけなさい」


 「……え……いやいや、俺襲われるんですか?流石にそれはないですって。だって俺まだ14ですよ?いくらなんでも……」


 「貴女くらいの女の子が好物っていう男もいるのよ」


 「……俗にいう変態ってやつですか?」


 マリアンヌから沈黙という肯定をもらい、ローズマリーはガックリと肩落とす。この城の中に、そういった趣味の人がいないとは言い切れない。特に、最近熱い視線を感じることが増えているだけに、余計に、である。


 ぞぞぞ、と悪寒が背筋を駆け上がり、ローズマリーは自分の体を抱き締める。想像しただけで吐きそうだ。


 「まあ、わたくしの傍にいれば問題ないでしょう。独りになっては駄目よ、ローズマリー」


 微笑み、とても優しい声でマリアンヌ言う。しかしそのマリアンヌの優しい言葉で、ローズマリーは大事なことを思い出した。


 「そ、それが……実は、3日ほどお暇を頂きたいのですが……」


 首を傾げたマリアンヌに、ローズマリーは白い封筒を差し出す。アンナが届けてくれた封筒である。


 マリアンヌはその封筒を受け取り、内容を確認する。


 読み終わった瞬間、グシャッと紙を握り潰した。


 「ねえ、ローズマリー……やっぱり仕立屋を変えましょう」


 「……無茶言わないでください」


 夜の瞳にはっきりと怒りの火を灯した主人に、ローズマリーは嘆息する。


 アンナの届けた封筒は、マリアンヌの贔屓にしている仕立屋からの手紙だった。

 そこには「ドレスが仕上がったので取りに来い」という内容が記されていた。

 実に腕のいい仕立屋で、ドレスには五月蝿いローズマリーも絶大な信頼を寄せている。がしかし、一つ大きな欠点があった。



 信頼の置ける者としか取引しないのである。



 つまり、この仕立屋が信頼しているのがローズマリーであるから、注文からデザインから受け渡しに至るまで、全てローズマリーが出向いて行わなければならないのだった。


 ローズマリーと過ごす時間が何よりも大切なマリアンヌにとって、仕立屋は天敵なのである。


 では仕立屋を変えればいい、と言われそうだが、それが簡単にはいかないのだ。




 ドレスは女のプライドである。




 着ているドレスの質が、その女の価値を決める。




 それが貴族の頂点である王族ともなれば、なおのこと。



 しかし、王族のドレスを仕立てられるような仕立屋は、そう多くない。また、トラブルを避けるため、仕立屋は複数の雇い主を持たない慣例があり、今贔屓にしている仕立屋も、ローズマリーが血眼になって、やっと見つけた者なのである。


 その辺の事情も、マリアンヌは理解していたから。



 「…………それで、いつ行くの?」



 深い深い溜め息と共に、外出の許可を与えた。

 この裏で(いつか必ず血祭りにしてさしあげるわ)という暗い決意があったことを、ローズマリーは知らない。



 「色々と準備あるので、明後日発とうと思います」


 ほっと安堵の息を吐き出したローズマリーの言葉に、しかしマリアンヌはしばし考えるような仕草をして


 「代わりの侍女は、わたくしが決めるわ。貴女は引き継ぎ事項のメモの用意を」



 ローズマリーは、嫌な予感がした。

 しかし、だからといって自分にはこれ以上何もできない。



 「かしこまりました」



 アンナが選ばれませんように!と祈りながら、ローズマリーは応えたのだった。

 


 




読んでいただきありがとうございました!




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