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黒薔薇と公爵

 お待たせ致しました!


 ちょっと政治的内容が多いですが、楽しんでいただけたら嬉しいです!




 塔に無条件で出入りできるのは、塔の中で生活をする者、つまり王妃とその子供たちと、各々の侍女たちだけである。

 ただし王子は成人(18歳)すると公務のためソフィーナ城を出て、外の城で生活をすることになる。


 つまり現在、

 西の塔ではフリージアとリリアーヌとエリオットが、

 北の塔ではレイニアとアメリアとメイシャが、

 南東の塔ではユーリとリュオンが、

 南西の塔ではアイリーンが、

 東の塔ではマリアンヌが、

 生活していることになる。



 東の塔で生活している王族はマリアンヌだけであるから、地上10階建ての塔をマリアンヌは自由に使うことができた。


 1階は給事室兼ローズマリーの部屋。2階と3階は応接室。4階は執務室。5階は通常王妃の寝室になるが、マリアンヌは王妃ではないし、王が勝手に入ることができる部屋など使う気にもならず、物置部屋になっている。6階は資料室。7階8階が各種教養訓練のための部屋。9階が衣装部屋。そして10階が寝室となっていた。




 その7階の部屋では。

 ジェラルド・シープ公爵――この国の大臣にして国王の幼馴染みが、アルシュタイン王国の近代史について熱く語っているところだった。ようするに、歴史の授業の最中である。


 しかし


 (退屈で死にそうだわ)


 何度目かわからない欠伸を噛み殺しつつ、マリアンヌは初老の男性の話を右から左へと聞き流していた。


 「――このようにして、我が国は危機を脱したわけです。しかし、その3年後、今度は隣国であり、今や我が国の属国となったリヴィシア王国が、宣戦布告してきたのです。この戦争が、ユグドラシル戦争と呼ばれているもので――」


 思わず、といった感じでマリアンヌが手を挙げ、シープ卿の話しを止める。


 「おやおや、質問ですかな?実に素晴らしい。流石はマリアンヌ様。他の殿下方とは違いますな」


 「……シープ卿、ユグドラシル戦争の説明は必要なくてよ」


 シープはただでさえギョロギョロと大きな目をさらに大きくして、マリアンヌに聞く。


 「おや、なぜです?」


 これからがいいところなのに、と言われ、マリアンヌは頭痛を覚える。


 「なぜ?――それは、わたくしの方が貴方より詳しいからですわ、シープ卿」


 考えなくても分かるだろう、とマリアンヌは呆れてしまう。



 だって、ユグドラシル戦争を終わらせたのは、マリアンヌ自身なのだから。



 しかしシープは静かにマリアンヌを見据えると、低く地面を這うような声でマリアンヌに問うた。


 「ではお伺い致します。殿下は彼の戦争の何をご存知なのですか?」


 質問の幅が広すぎて何とも答えにくい。マリアンヌは首を傾げ、シープに先を促す。


 「殿下は、確かに彼の戦争に携わりました。しかし、殿下がご覧になったものは一部に過ぎません。なぜ、この戦争が起きたのか、そして裏でどんな動きや取引があったのか。王族として殿下が学ばなければならないのは、そういう部分なのです」


 そう、先人としてマリアンヌを諭したシープであったが、マリアンヌの口から漏れたのは失笑であった。


 「そんなことを、わたくしが知らないとでも思っていらっしゃるの、シープ卿?」


 もし、そんなことを本気で思っているのなら今すぐ大臣を辞めたほうがいいと、マリアンヌは思った。あまりに人を見る目がない。


 「――リヴィシアは、聖地ユグドラシルを蛮族の手より奪還する、という大義を掲げて我が国に宣戦布告をした。けれど、その本当の目的は、ユグドラシル南方にあるフロート港を手に入れること」


 海に面した領土の多いアルシュタイン王国には数多くの港が存在するが、特に大きく貿易の拠点となっている港が3つある。1つ目が、王都モーリタニアにあるヴィッセル港。2つ目が、スチュアート公爵家の領地、ミリオンにあるターグ港。3つ目が、フロート港であった。

 フロート港には世界各国から様々な品物が集まるが、中でも鉄の取扱量がアルシュタイン王国一で、世界でも3指に入る。

 しかし、リヴィシアが一番欲しがったのは――


 「――フロートの持つ、剣の精製術が欲しかったのでしょうね。愚かなこと……我が国が全力で死守することはわかっていたでしょうに」



 フロートには大きな剣精製工場がある。そこで作られる剣は、岩をも切り捨てるとまで言われるほど強固で鋭利なもの。

 大陸の覇者、ハザン帝国とアルシュタイン王国が対等な関係を築いていけているのも、一重にこの技術のお陰だった。



 「ええ。フロートの技術は、我が国の剣そのもの。……だから、精製工場を持つレッドランド伯爵家を根絶やしにしたのですか?」


 真に王国の技術とするために?と、シープは非難の色を隠さず、マリアンヌに問う。



 領土の技術は、そのまま領主の技術である。


 マリアンヌは終戦直後、フロートの領主であるレッドランド伯爵を捕らえ、反逆罪で処刑した。また、公にはされていないがその家族も一人残らず殺害された。

 その詳しい経緯を知る者はごく僅か。国王の腹臣であるシープすら知らなかった。


 故に、こんな噂が流れた。




 ――フロートを国のものにするため、レッドランドを討ったのだ、と




 一貴族であるシープは、当然そんなこと許せるはずもなかった。赦せば、次は我が身である。


 国王にさんざん理由を問うたが、結局聞き出せなかったシープにとって、今は当事者であるマリアンヌ直接話しを聞ける、いい機会であった。


 マリアンヌはといえば、不愉快そうに顔を歪めることもなく、声を荒げることもなく、ただ驚いたように目を丸くする。


 「……つまり、シープ卿は陛下から何も聞かされていないと、そういうことですの?」


 シープは一気に体内の血液が顔に集まるのを感じた。


 マリアンヌにそのつもりはまったくなかったが、シープは今の言葉を侮辱と受け取った。しかし今目の前にいるのは王女である。しかも、黒薔薇だ。


 ギリギリの処で貴族の矜持を保ち、なんとか頷く。


 「……何度お伺いしても、陛下は答えてくださらなかったのです」


 「ならば、わたくしもお答えすることはできません」


 当然とばかりに言われ、シープは思わずカッとなる。黒薔薇を相手にするのはリスクが大きいと頭では分かっているが、しかしシープの忍耐力も限界に達していた。


 声を荒げようと息を吸った瞬間、不意をつくように「けれど」というマリアンヌの言葉が響く。


 「アレは、フロートを手に入れる為ではなかったと、全てはレッドランド伯爵に責があると、それだけは、黒薔薇の名において誓いますわ」


 マリアンヌは自身の言葉に責任を持たぬほど無責任な人間ではなかった。


 それをシープも分かっていたから。



 ここまで言われて、これ以上の追求はできなかった。



 胸につかえる疑惑を溜め息と共に吐き出して、シープは「わかりました」と短く答える。



 その答えにマリアンヌはニッコリ笑って


 「今度はわたくしが質問しても?」


 とシープに聞く。


 「私めに答えられることでしたら、何なりと」


 「シープ卿は、あの戦争の何をご存知なのです?」


 今度はシープが首を傾げる番だった。


 「何、と申されますと……?」


 「例えば、シープ卿は、戦場に響き渡る断末魔の叫びを聞いたことがおありかしら?」


 シープは言葉に詰まる。


 戦場で指揮を執るのは、武によって功を残した貴族たちである。そういった貴族たちを“騎士”と呼ぶが、目の前の肥満体型からも分かるように、シープは騎士ではない。文や政によって功を成した貴族である。

 騎士でない貴族は、はっきり言って足手まといなので戦場には出ることはない。


 「いいえ」


 「では、剣が肉と骨を断ち切る音は?」


 「いいえ」


 「内臓を撒き散らしながら、事切れていく人を見たことは?」


 「……いいえ」


 「折り重なった大量の遺体が発する、腐乱臭を嗅いだことは?」


 「……ございません」


 「そうでしょうね。だから、貴方の言葉は、わたくしには届かない」


 先程より余程失礼なことを言われているにも関わらず、シープの心には不思議と怒りは湧いてこなかった。


 それよりも、夜のような瞳に射竦められ、シープは裁判を受けているような錯覚を覚える。

 自分の矮小さや醜さを、全て見透かされているような感覚に陥る。

 微かに手が震えていた。


 「卿は先程仰ったわね、『裏でどんな動きや取引があったかを、王族は学ばなければならない』と。確かに、学ばなければならないでしょう、王族として。けれどそれ以前に、わたくし達は人として、『戦争』を知らなくてはならないわ。どれほど残虐で、滑稽で、愚かしい行為かを。知らなければ、語り継がなければ、人は再び戦争を起こすもの」


 マリアンヌはゆっくりと瞼を閉じる。そして開かれた目に、マリアンヌはいなかった。


 「シープ卿。貴方は、私の見たものは一部に過ぎないと、そう言った。しかし、それは違う。私が見たものこそが、戦争の本質だ。一部しか見ていないのはシープ卿の方ではないのか?安全な城の中、妥協点を模索していた貴方達に、戦争を語る資格はない」


 ドサッ、とシープ卿が膝を着く。

 膝が笑って、立っていられなくなったのだ。

 いや、膝だけではない。全身が震えていた。恐怖ではなく、歓喜によって。その証拠に、顔は上気し、恍惚の表情を浮かべている。



 (嗚呼……嗚呼ッ、貴方様はッ!!)




 「――レオナルド、王子殿下……!」




 その名を口にした瞬間、シープは体内の血液が沸き立つのを感じた。身体中が熱い。頭のネジが飛んだ音がした。そのままマリアンヌに抱きつきそうになったが、彼女が思いっきりしかめっ面をしているのに気付き、寸前で止めることができた。



 「私はもう王子ではない。王女マリアンヌだ」


 「ですが、レオナルド殿下なのですね?!」


 「……どちらも私だ。別に多重人格というわけではない」


 「生きておられた!生きておられた!!」


 「……人の話しを聞いているのか、卿」


 マリアンヌが凍てつく視線をお見舞いするが、それだけではシープの興奮が冷める様子はなく――




 バシーンッ!!




 マリアンヌは机に本を叩きつけた。


 自分の世界にトリップしていたシープは文字通り飛び上がり、慌ててマリアンヌの前に膝間付いた。


 「兎に角、私にユグドラシル戦争の説明は不要だ」


 「大変失礼致しました。私としたことが、厚かましくも殿下に戦争について語るなど……このジェラルド、一生の不覚……如何なる処罰をも受け入れる所存にございます」


 「……別に、罰を与えるようなことではない……そうだな……次は、卿が己の目で見、己の耳で聞いたことを、私に聞かせてくれ。歴史は今日の時間でほとんど終ったことだしな」


 「御意に」




 コンコン




 控え目なノック。


 思い当たる人物は一人だけ。


 マリアンヌの顔に自然と笑みが浮かぶ。


 「入りなさい」


 マリアンヌは、マリアンヌの声と言葉で、自身の侍女に入室を許可したのだった。






読んでいただき、ありがとうございました。



マリアンヌが出てくると、シリアスに


ローズマリーが出てくると、コメディに


て構造が成り立ってしまってますね(^_^;)


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