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侍女と盗人

 書きたいこと書いていたら長くなってしまいました。

 ぐだぐだ~なかんじになってしまいましたが、どうぞ!



※6月1日ちょっと手直ししました



 ソフィーナ城には後宮というものがない。

 いや、そもそも、宗教上複数の妻を持つことが許されていないのだ。しかし政治的、財政的に緊迫した状況に追い込まれていた王室は、この状況を打破するため、現国王デュランの元に国で一、二を争う有力貴族の娘を王妃に迎えることを決めた。


 最初は、王妃の部屋を本殿に用意していた。しかし、この二人の王妃の仲が大層悪く、本殿を二分しての勢力争いになったそれは、やがて政治にまで影響を及ぼすようなった。そんな女の戦いに、最初に根を上げたのはデュランであった。


 同じ空間で生活しているのがいけない、と考えたデュランは、二人の生活空間を別にすべく、本殿の東西に直径30メートルもある10階建ての塔を建設した。塔と塔を繋ぐ通路はなく、塔への入口は本殿の2階と3階、5階の王の寝室のみで、あとは外から回るしかない。入口には衛兵がつき、塔の中に無条件で入れるのは塔で生活する者だけ、という徹底ぶりだった。逆に言えば、そこまでしなければならないほど王妃たちの争いが熾烈だった、ということだ。


 しかし、二人の王妃との間に肝心の子がなかなか出来ず、焦った王室はもう一人妃を迎えた。やがて待望の男児が産まれたが、今度はその男児と王妃に激しい嫉妬が集まるようになった。危険を感じた国王は、王妃と王子を守るため今度は北に塔が建てた。


 以来、王妃が嫁いでくるたびに塔が建ち、現在では5つの塔が本殿を囲うような形になっている。


 西が第一王妃フリージア。北が第三王妃レイニア。東南が第四王妃ユーリ。西南が第五王妃アイリーン。残りの東の塔が、マリアンヌの住まう塔だった。


 その1階にある給事室。


 「はぁ……」


 お湯を沸かしつつ、ローズマリーは今日何度目か分からない溜め息をついた。


 (マリアンヌ様の前で泣くなんて……)


 ローズマリーは、見た目こそ美少女そのままだが、精神的には健全な男児である。なので先程マリアンヌの前で涙を流した事実を受け入れられず、思い出す度顔から火が出そうだった。


 (男なのに、俺男なのに……主人の前で泣くとかないだろ。しかも汗って何だよ!気の利いた言葉も言えないし……あぁ、もう本当に、穴があったら入りたいっ!!)


 最後にマリアンヌがとびっきりの笑顔を見せてくれたために忘れていたが、一人になって考えてみると、かなり情けない。


 羞恥心に堪えられなくなり、ローズマリーは頭を掻きむしり、地団駄を踏み、最後には近くの壁に頭をぶつけ始めた。


 傍目から見れば気が触れた人である。


 いや、普通に気が触れた人である。


 そんな、絶対に人に見られたくないことをしている時に限って、必ず来訪者が現れるのが人の世である。




 「……発情期?」




 突然かけられた心底呆れたような言葉に、ローズマリーは比喩ではなく飛び上がった。


 声のほうに顔を向ければ、一人の侍女が、給事室の壁に体を預けて立っていた。歳は10代半ばほど。よく通った鼻筋に、尖った顎。まん丸の目の瞳は鳶色で、短く切り揃えられたオレンジ色の髪が目を引く少女だ。


 「ア、アンナ」


 アンナはローズマリーに歩み寄ると、ずいっと顔を近付けて不満そうに肉厚の唇を尖らせる。


 「言っとくけど、ティムはダメよ。私が先に目をつけたんだからね」


 「ティムって誰……いや、それより、何で壁に頭をぶつけてると発情してることになるの?」


 「ふふふ。完全無欠のローズマリーも、つまらないミスをするのね。しらばっくれても無駄よ。ティムはこの塔の衛兵なんだから」


 「……この塔に何人の衛兵がいると思ってるの?そして私の質問は無視なの?」


 「確かに、ティムは男前だし、親切だし、あんたが目をつけるのも分かるけど、こういうのって早い者勝ちでしょ?諦めなさい」


 「無視なのね」


 ローズマリーは思わず溜め息をつく。


 (アンナってこーゆー人だよな)


 アンナはローズマリーの同期で、歳も近いため気安い関係を築けている数少ない人物なのだが、自分に都合のいい話しか聞こえない耳をしているので、上手く会話が成り立たないことが多々あるのだった。


 「……何度も言ってるけど、相手の話を聞かないと会話って成り立たないんだよ?会話が成り立たってないなら、今私たちは面と向かって独り言を言い合っていることになるんだよ?想像してみなって。かなりシュールだから。かなりイタイから。壁に向かって話せば?って感じだから」


 「私にとって、あんたは壁ってことよ」


 実にあっさりぐっさりと返され、ローズマリーは思わず頭を抱えてしまう。


「……貴女を諭そうとした私が馬鹿だった……分かった。私も言いたいことだけを言う」


 やけっぱちにローズマリーはいい放つ。


 「まず第一に、私は欲情してないっ。第二に、ティムって誰だか知らないし、興味もないっ。第三に、アンナは何しに来たのっ」


 ピッとアンナは人差し指と中指に挟んだ白い封筒をローズマリーに差し出す。


 「配達。あんた宛よ」


 「……用事あったんだ」


 封筒を受け取りつつローズマリーがそんなことを言うので、アンナは鼻を鳴らす。


 「当たり前でしょ。こっちは名付き様と違って忙しいの。用も無いのに来ないわよ」


 アンナは名無しである。

 ローズマリーが来た当初は彼をいじめにいじめ抜いたが、とある事件以来、彼に最も近い侍女仲間になった。

 口こそ悪いが性根は悪い奴ではないと、ローズマリーは思っていた。


 「ありがと」


 笑顔でお礼を言うと、アンナは顔を赤らめて怒ったような顔をする。でも口元が笑っているので、きっと照れ隠しでそんな顔をしているのだろう、とローズマリーは思った。


 (そーいえば、アンナの無邪気な笑顔って見たことないかも)


 記憶の中のアンナは、大概怒っているか見下しているかのどっちかだ。友人に対する態度として如何なものかと思うが、ローズマリーは怒りより寂しさを覚えてしまう。


 その時、ふ、と先程マリアンヌが見せた笑顔がローズマリーの脳裏を過る。


 (『可愛い』って、言われるとそんなに嬉しいのかな)


 男のローズマリーは『可愛い』と言われてもまったく嬉しくない。むしろ自分はそんなに女っぽいだろうか、と憂鬱になるぐらいである。


 しかし、普段作り笑いしかしないマリアンヌをあそこまで笑顔にするのだ。きっと女性にとって『可愛い』とは特別な言葉なのだろう、と考え、ローズマリーは好奇心から、給事室を出て行こうとするアンナを呼び止める。


 「……何よ」


 未だ怒ったような顔をしているアンナに、ローズマリーは太陽のような明るい笑顔を向けて言う。



 「アンナは、可愛い」



 途端、アンナは耳と言わず首まで真っ赤に染めて



 「こ、このッ、人ったらしぃッ!!」




 バチーーンッ!!




 強烈なビンタをローズマリーにお見舞いしたのだった。




 生まれて初めて女性からビンタされ、ローズマリーは頭が真っ白になった。

 打たれた頬は、ジンジンと痛む。触れてみれば、かすかに熱を持っていた。

 しかし、ビンタというものは肉体より精神に強い影響を与えるらしい。

 電源を強制的に落とされた頭はなかなか再起動せず、なんの言葉も紡げない。

 依然真っ赤なアンナと無言で見つめ合うこと、およそ一分。



 「………………………人ったらしって、何………………………?」



 やっと出てきた言葉はそんなもの。


 けれど、アンナの頭を起動させるには充分だった。



 「あんたのことよ、あんたのッ!!あんたみたいな、男も女も関係なくたらし込む、悪魔のことよ!!いったい何が目的?!言っとくけど、私はあんたなんかに懐柔されないからねッ!!そっちに走ったりしないんだからねッ!!私はいたってノーマルだあぁぁぁ!!」



 アンナの絶叫が、給事室に木霊する。いや、給事室だけでなく、ローズマリーの頭の中でも木霊していた。響くばかりで吸収されない。アンナの言葉が理解できない。いったいアンナは何を言ったのだろうか。


 そんなカオスな状態に追い込まれたローズマリーは、ただただ目を丸くして肩で息をするアンナのことを見つめていた。


 再び降りてきた沈黙。それを破ったのは



 「ローズマリーさん!?」



 という切迫した声と共に給事室に転がり込んできた一人の衛兵だった。


 衛兵は部屋を見回し、目の前に立っているアンナを無視してローズマリーの元に歩み寄る。


 「ご無事ですか!?」


 「は、はい……何かあったのですか?」


 真剣な顔でガシッと肩を掴まれ、ローズマリーは狼狽する。


 (この真剣な表情……っ!!まさか、マリアンヌ様の身に何かあったのか!?)


 焦ったローズマリーだったが、続いた衛兵の言葉に今度は頬をひきつらせた。


 「それはこっちの台詞ですよ!!突然何かが破裂する音がしたと思ったら、今度は獣の雄叫びみたいなのか聞こえてきて……」


 「…………」


 「…………」


 言うまでもないが、破裂音はビンタの音で、獣の雄叫びはアンナの絶叫である。


 アンナを見れば、今度は羞恥からだろうが、顔を真っ赤にして、「言ったら殺す」としう視線をローズマリーに向けている。


 (……確実にアンナの自業自得だよね……?)


 理不尽だ、と思いつつ、しかし本当のことを言ったら本気でアンナに殺されそうだ。ローズマリーはとりあえず誤魔化すことにした。


 「あ、ああ!それならきっと、さっき私が割ってしまったお皿の音だと思います」


 「皿、ですか……でも確かに破裂音だったと……」


 「いいえ、お皿の割れる音です」


 力強くローズマリーがそう言うので


 「……そう言われると、そんなような気が……」


 と納得する衛兵だった。


 「……では、獣の雄叫びみたいな音は?」


 「きっと発情期の野良猫の鳴き声でしょう」


 「……野良猫、ですか?でも猫であんな雄叫び、出せますか?」


 「欲情した猫を嘗めてはいけません。雄は自らの逞しさを雌に示すため、全身全霊をかけて鳴くのです。その勢いは闘牛が如し、と聞いたことがあります」


 「それは、すごいですね……」


 ローズマリーの熱弁に、衛兵が感心しながら耳を傾けている。

 実際には、ローズマリーは欲情した猫の鳴き声など聞いたことがなかったので、今言っていることは全て出鱈目である。まぁ、嘘も方便ということにしてもらおう。


 (さて、この後どうしようか)


 とローズマリーが考え始めた時。



 「……じゃ、私は仕事に戻るわ」



 ボソッと呟いて、アンナが給事室から出て行ってしまう。


 (えっ、戦線離脱!?俺残して!?)


 それはないだろう、と驚きに目を見開いたローズマリーに向かって、衛兵が聞く。


 「……それで、その赤くなった頬は何です?」


 今度は心臓が口から飛び出すのではないかというほどの衝撃。

 ローズマリーは思わずむせかえってしまう。


 「き、気づいて」

 「彼女、ですか?」


 アンナが出て行ったドアを見る衛兵の視線があまりに鋭く、ローズマリーは咄嗟に嘘をついてしまう。


 「ち、違います!これは、転んだ時に打ってしまったんです!」


 「……マリーちゃんに、よくも……」


 ローズマリーの言葉は衛兵に届いていないようであった。

 しかしそんなことより、聞き捨てならない単語をローズマリーは聞いた。


 「…………マリーちゃん?」


 ローズマリーの小さな呟きは衛兵に届いたらしく、彼はハッ!と口を手で覆うと、顔を真っ赤にする。


 (……聞き間違いでは、なかったらしい)


 「い、今のは忘れて下さい!で、では自分は持ち場に戻ります!」


 そう早口で告げると、衛兵は逃げるように給事室を出て行った。




 独りきりになった給事室。


 (マリーちゃんって、あれだよな、“ローズマリー”のマリーなんだよな)


 そんな可愛らしい愛称を付けられているとは夢にも思わなかったローズマリーは、呆然と衛兵が去って行った方を見つめる。


 (あれかな……外では俺って“マリーちゃん”って呼ばれてるのかな……)


 シューーー……


 (それとも、あの人だけかな?)


 シューー…ポ……ポポ……ポ


 (……皆が、だったら本気で泣きそうなんだけど……)


 ポポポ…ポポ…ポ


 (ていうか、俺、まだ14歳なんだけど……皆分かってるのかな……)


 ポポ…ポポポポポポッ!!


 (ポ?)


 何の音だろう、と思った次の瞬間。


 (いけないっ!!やかん火にかけっぱなしだっ!!)


 ローズマリーは飛び掛かるような勢いでやかんに突撃した。その途中、クシャ、という音を聞いたが、とりあえず今は火を消すことが先決だった。


 急いでやかんを火から上げる。素手で掴んだ為手に軽い火傷ができたとは思うが、お陰で吹き零れる直前にやかんを救出することができた。


 ほっと胸を撫で下ろし、後ろを振り返る。


 そこにはローズマリーの足跡がしっかりついた封筒が落ちていた。ビンタされは拍子に落としてしまった、先程アンナが届けてくれた封筒である。


 ローズマリーはそれを拾い、差出人を確認しようと裏返すが、そこには何も書かれていない。


 ローズマリーは封を切り、中を確認する。入っていたのは一枚の便箋。


 それを読み進めていくにつれ、ローズマリーの眉間に深い皺が寄っていく。そして読み終わった瞬間、深々と溜め息をついたのだった。









読んでいただきありがとうございます。



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