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孤高の狂戦士-Ber Ser Ker-  作者:
第一章 混沌は壊滅と新生を招く
6/17

Knows knows all2


    18


(11月28日 14:20)



「はっあーい☆ アンタらのお望み通り、唐木(からき)パークに23ヶ所、ミラクルブライトに20ヶ所、南国遊園地に31ヶ所、川橋動物園に17ヶ所、ストロングズーパークに13ヶ所、ホワイトランドに5ヶ所―――と、まだ知りたい?」



紫のプリーツスカートにフードのついたパーカー。裏路地に置いてある青いゴミ箱に腰をかける姿。白い肌を纏う脚線美は、フードを深く被る彼女の美貌を物語っていた。


腹部に取り付けられた、両口とも繋がっているポケットに片手を入れながら、もう片方の手で携帯電話を握り耳に当てている。女子高生と言うには大人びていて、大学生と言うには子供らしい外見の少女。そのフードから伸びる長い黒髪がビル風に煽られていた。



『いや、もうイイ。命令通りにやってンなら』



「ようするに、報告を受けるのが面倒臭いだけだろ?」



『フン、報告など今やどうでもイイ。俺様が欲しいのは、結果だけ』



「はいはい。分かってるぜ旦那。どっちにしろ、依頼主の命令は絶対だからな」



少女の顔に似合わず、男口調な言葉がその小さな口元から放たれる。空気は、異様に歪んでいた。



『そうそう。貴様らは俺様の言う通りに動いてりゃあそれでイインだ』



「…でもいいの? このまま進んだら、アンタの望む結果とやらが壊されるかもしれないんだぜ?」



『何を言うか。俺様の計画に抜かりはない。アイツらがまもなくぶつかる事も分かっている。だが奴は、そンな程度でやられるようなタマじゃない。それより、心配をするなら貴様の方じゃないのか?』



「俺? 何のことよ」



カタ、コト、と少女が腰掛ける青いゴミ箱が、少女の体重移動によって音を鳴らす。それはまるで貧乏ゆすりのように等間隔で鳴った。



『貴様こそ、今回行なった事がどンなことかくらい理解出来る脳は備わってるよな? これがもしアイツにバレたら…ククク、どうなるかな?』



「…」



男の高笑いを電話越しに聞き、少女はゴミ箱を揺するのをやめ、その場で立ち上がる。カツ、カツと一歩、また一歩とその足は路地の奥へ奥へと少女を誘う。



「仕方ないよ。もともと俺が勝手に始めた事だし」



『その無駄な感情に左右されて、今回の仕事に支障をきたす事だけは許さンからな。犬は犬らしく、主人の言うことに従っとけば痛い目に合わずに済むンだからよ』



「ああ。分かってるよ」



プツ、と二人の会話はそこで途切れる。相手の男が一方的に電話を切ったのだ。少女は携帯をパーカーの腹部に取り付けられたトンネルのようなポケットにしまい、両手の中で転がすように弄ぶ。


ある程度奥まで進むと、そこはほとんどの光を両サイドの建物に遮られ、上から直接差し込んでくる日光の光以外、頼るものはなかった。そこで少女は立ち止まり、深々と被っていたフードをハラリと脱ぐ。




やるせないような、無表情に近い表情で佇む、“塩中の姿がそこにあった”



    19


(11月28日 14:30)



「なあ、お前ら。俺らに準備させるだけさせて何で何もせずナチュラルに休憩タイムなわけ?」



暴発を防ぐべく、閃光手榴弾(フラッシュバン)に特殊な梱包を施しながら、寺地達を睨む『ルーレット』の一員。



「まあそう言うな白柳(しらやぎ)。俺は指揮を執るために全体に目を通せる位置にいなきゃいけない立場なんでね」



寺地は、片手をプラプラさせてあしらうように言う。



「見張ってるようには見えんがな。その手元のギターはなんだよ」



「あー、ほら。暇だし」



「ついに言っちゃったよこの人。どんだけ面倒くさいんだよ」



ほらよ、と言って白柳と呼ばれた男は、全長20cm前後の円筒形の金属を放り投げてきた。寺地はそれを片手で受け取る。



「なにこの発煙筒。今ここで忍者ごっこでもするの?」



「ふざける余裕があるならサッサと梱包しやがれ」



白柳はそう言うと寺地から視線を外して作業に戻る。寺地は渋々といった感じで、そこら辺に転がっていた特殊な包で発煙筒を梱包していく。


不意に見た壁のハンガーには大きなコートがかけられていた。おそらく、喜市のモノだろう。奥で数人と一緒に護身具を梱包している喜市は珍しく長袖の白を基調としたTシャツ姿だった。しかし相変わらず縁の付いた帽子を深々と被っており、表情があまり読めない。


次に、オフィスチェアにあぐらを掻いて座る、大きなYシャツ一枚の縞パン少女は、テレビで流れているこども向けのアニメに夢中になっている。今は、あのゴツいゴーグルはおデコに引っ掛けてあり、彼女は一切の情報を得ていない。目を輝かせて時折テレビに対して驚いたり怒ったり悲しげな表情を浮かべている。



「ハァ…」



自然と、ため息が溢れてしまう。確かに綾部は子供だが、だからといって仕事を堂々とサボる様を見るのは何か腹が立つモノがあった。しかし言っても面倒臭い事になるのは百も承知なので寺地は押しとどまり、作業に集中する。


そこで、一つの疑問が浮かんでくる。



(ん? 塩中はどこだ?)



辺りを見渡す。しかし目に写って来るのは真面目に作業に取り掛かる『ルーレット』の面々。しかしその中に、塩中の姿はなかった。先ほどの、脅迫電話の会話で、寺地が今まで見たことのない、意味深な笑みを見せた後は、そのまま作業に取り掛かっていたはずなのだが。


その時だった。部屋の外―――バーの方から、入店を知らせるカランコロンという乾いたベルの音が聞こえる。寺地は、数秒固まったが、即座に手元にあった発煙筒の梱包を中途半端なまま床に放り出してバーの方へ駆けていった。



バーへ出ると、入店して来たのは客でも、はたまた『墨影』でもなかった。


塩中 優希。白いパーカーに、紫のプリーツスカートを身に付けた、長い黒髪の日本人らしい美少女が、“ソレ”を背負って店へ入って来た所だった。


赤が滲んで生々しい臭いを放ちながら細い少女に背負われている“ソレ”は、だらりと無気力に両手をぶら下げて、生気が全くと言っていいほど感じられなかった。


しかし寺地には現状があまり把握しきれず、ポカンと立っている事しかできなかった。


ハァ、ハァと息切れする塩中を前に、寺地は数秒硬直していた。


    20


(11月28日 14:45)



「お、前…、ソイツは…ッ!?」



南地区という、川橋町の中でも最も娯楽施設が集中する地区の一角に存在する、場違いな雰囲気を漂わせながらも、目立たない位置に存在するバー『LU LA LA』。客足は全くないと言っても過言ではなく、一ヶ月に一人客が入れば多いほどのモノだった。


そんなバーの入口に、一人の少女と、少女に背負われている“ソレ”。そしてその二つを見ながらも、現状を把握できずに唖然と佇む少年が一人。


その、一瞬で放たれ、一瞬で空気に溶け込んでしまう言葉を発したのは、佇む少年・寺地 宗也からだ。



「ちょっとアンタ…人一人を背負って苦しそうにしてる女の子を見ても手え一つ差し出さないワケ?」



塩中が荒く息を吐き、バーのカウンター付近に置かれた丸い椅子に“ソレ”を座らせる。“ソレ”は本当に生きているのか疑うほど脱力していて、座っても前のめりになり、倒れ込みそうになるところを塩中が支え、しっかりと座らせる。



「お前、ソレ、水城 亜美って認識であってる?」



寺地はカウンターの椅子に座った赤く染まった“ソレ”を指差し、塩中に問う。



「そうよ。私達が出てきたマンホール付近の路地裏で倒れてたわ」



「本当に生きてんのか」



「縁起の悪い事言わないで」



カッと睨む塩中の視線。しかし寺地はそれを無視する。



「生きてるわよ。虫の息だけどね。でも外傷は見られないわこの“血”はおそらく、亜美と対立した『墨影』達のモノでしょう」



「え、じゃあ何で気絶してんのコイツ」



寺地はカウンターから店へ出て、亜美の背中に手を回して支えると、前髪を片手で払う。そこには、苦痛に歪んだような、ただの寝顔とは違うモノがあった。整った顔立ちのほとんどは血液で塗りつぶされていた。どうやら眼鏡だけは血を拭き取ったらしく、亜美の目を遮るモノはなかった。口元に手をかざすと、かすかに鼻息が当たるのが分かる。息はしている事は確かだ。



「…塩中、何でお前は外にいたんだ?」



「え? 言わなかったっけ。喉渇いたから飲み物買ってくるって」



「あーそう。んじゃ、奥行って、綾部にマンホールのある路地裏の映像と、笹川児童公園の映像を、水城が色々遣りあった頃に巻き戻して用意しとけ、と伝えてくれ」



「分かったわ」



カツ、カツと塩中はカウンターを越え、バーの奥へと入りかける。



「いくら亜美が可愛いからって変な事しちゃダメだからね」



「お前って奴は…真顔でそれを言うから困るよな。安心しろ。俺はマトモな人間にしか興味ねえ」



「そんな事言わないの」



言うだけ言って、塩中は足を進める。


ガチャン、と扉が閉まる音を聞くと、寺地は不意に亜美の顔を見つめる。



「とりあえず、コイツを運ぶか」



寺地は少し姿勢を低くして、亜美の片手を肩にかけ、自分の片手を背中に回し、完全に体重を受ける。


すると、グラッと自分が亜美の体重に押されるのを実感する。



(ん…? なんだコイツ、こんなちっこい身体してんのに…)



寺地は少しだけ疑問に思ったが、構わず亜美を抱える。俗に言うお姫様抱っこというヤツだ。いくら小柄な少女とは言えど、その全体重を受けるとなると、それなりにズッシリとくるモノ…と寺地は思った。


一歩、一歩と亜美を落とすまいとバランスを取りながらカウンターを越え、“準備”をしてる『ルーレット』達がいる部屋へと向かう。


    22


(11月28日 14:20)



薄暗い、かび臭い、湿度の高い通路。


ここは、何のために設けられたのか分からないが、東地区の笹川児童公園と南地区を繋いでいる地下通路の中である。


ジャ、ジャ、と走る少女が一人。身に付けている制服は四分の三が血液に塗りつぶされ、その整った顔にも、まるで血を霧吹きで吹かれたような血痕がこびり付いていた。


少女は、その事を全く気にしている様子はなく、眼鏡の、視界を遮る血液だけ拭き取られ、ただひたすらに走っていた。


少女・水城 亜美は、全力で走っているにも関わらず息一つ切らしていない。一端の女子高生とはとても思えない持久力だった。



(そういえば…寺地の奴が私の“力”の仕組みを知っているかもしれないとかいう組織の名前を言ってたな…)



不意に、そんな事を思う亜美。昨日、亜美が寺地に自分の力が“こちら側”の組織の一つが、亜美の『身体を金属に変える』能力について、それに関連した、もしくわそれに近い事を研究する組織が存在する、と。



(確かその組織の通称は―――)



ピキリ、と亜美の脳に変なノイズが走る。



(―――『マッヅ』)



キリ、キリ、と次第に膨れ上がる頭痛。まるで脳を針でつつかれているかのような痛みが、不当感覚で亜美を襲う。


この感覚は、亜美が昨日、ちょうど寺地が『マッヅ』の名前を出した会話をしていた時にも襲われた。



(ヤバい…またッ!!)



そう思うが、人間とは、一つの事が頭に浮かぶと、そこから関連付けて更に多く情報を得ようと無意識に思考を巡らせてしまうモノだ。


そして、思い出してしまう。



(―――『二年前…何かがあった。それで私はこうなった』)



過去に発言した自分の言葉を、脳内で繰り返す。脳は無意識にその回想を何度も繰り返してしまう。


そして、脳は更に詮索を続け、その二年前の出来事についても思い出そうと行き場のない思考が脳内を駆け巡る。そして、その思考が、亜美の脳を次々と痛めつける。


まるで、血を吸おうと狙いを定める蚊が潰されるように、次々と記憶が記憶を守るタメに思考を弾き返す。それが、頭痛という形になって亜美を、最強と言われていた少女を内側から痛めつける。


亜美は、前方を伺う。重くなるマブタ。かすれ始める視界に、確かな光が差し込むのが分かった。それは、天上のマンホールが少しだけずらされている部分から漏らされたモノだ。



(もう…少し)



亜美は壁から生えたような鉄製の梯を上がり、重いマンホールの蓋をどかして路地裏へと最後の力を振り絞って這い上がる。



そこで、意識は途切れた。


    23


(11月28日 14:30)


地下。無機質な鉄の壁と天井と床が広がる空間。冷たく、全てが人工物で満たされたこの空間には、数台の担架と、数人の人間がいた。


まあ、その担架に乗っているモノも“元は人間だった”のだが。


その担架に乗った“死体”は、一人一人に分けられて乗っているが、それらは全て五体満足ではない。切断口を称号して、それと一致したモノを乗せただけだった。


そしてそこにいる、立っている人間は全員黒づくめだった。黒い、肌を見せない格好で、顔半分はマスクで覆われていた。


その中で、ただ一人だけ、その場で特に目立つ格好―――黒づくめではない格好の男が一人、黒づくめの人間に混ざって立っていた。


どこかの学校の制服を着て、メガネを掛け、癖のある前髪を持つ少年だった。


少年・差水 遼(さしみず りょう)は、そのジトッとした目を、隣にいる黒づくめの男へと向ける。



「で、僕をわざわざこんな鉄臭い部屋に呼んだ理由は?」



眠そうに、面倒臭そうに、マブタの上がらないジットリとした目で男を睨む差水。



「差水さんには例により、死体の身元確認とその詳細に誤りがないかのご確認を」



男は、クリップでまとめられた書類と死体の顔を交互に見合わせながら言う。



「はぁ…熊霧、そんなん僕のpcにデータ送ってくればいい話だろ。なんでわざわざ」



「そのデータに誤差があっても困りますので」



熊霧と呼ばれた男は、キッパリと言う。差水はもう一回ため息をつき、渋々死体を眺める。



―――15分後。



「予想通り、身体の部位が誤っていた所もなかったし、身元もそっくりそのまま合致。僕の来た意味皆無、と」



「ありがとうございました。それでは、生活のほとんどを“こちら側”で過ごしていた者に限り、“情報操作”をお願いします」



「言われなくたって分かってるっての。僕を誰だと思ってるんだよ」



「川橋町情報統括機関『ノウズ』の総指揮、差水 遼さんです」



「大正解」



ジットリとした、まるで興味を示さないその視線を、熊霧から外し、出口へと向かう。死体を見ても何の関心も湧かなかった男の、いや、“全てを知る組織の長”である少年は、先の見えるゴールを気だるそうに眺めながら、重い足を運ぶ。

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