奇襲と反撃3
11
(11月28日 13:20)
眩い午後の日差しが、真上から降り注ぐ笹川児童公園。ここは、日曜の午後にも関わらず、親子連れはおろか、“一般人は”一人もいなかった。
それどころか、まだ青さをなんとか保っている広い芝生の一部は、そこにあってはならない、真っ赤な色で染められていた。
臭い。鼻の奥をツンと突く臭さ。
血、血、血。
その緑色のキャンバスには、真っ赤な補色がそこら中にばらまかれていた。
ばらまかれているのは血だけではない。身体の部位。
人間が、まるで赤い液体の詰まった人形のように、無残に、冷酷に、バラバラにされていた。その倒れる10の死体はどれも例外なく五体満足のものはなかった。
頭、腕、脚、胴の全てがバラバラになったモノも少なくなく、もはやどの部位が元の人間を形作っていたのかも分からなくなる。
その地獄絵図の中に、一人の少女は立っていた。
彼女の着る制服は半分以上が真っ赤な血で染められていた。しかしその血の中には一滴も彼女自身の血は含まれていない。
全て周りにの芝に、哀れに倒れ伏せる大男達から噴き出たモノ。真っ赤な、ドロドロとした生臭い粘液が顔に着こうが眼鏡に着こうが口の中に入ろうが、もはやそれを楽しむ、まるで無邪気であり邪気な子供のように、彼女は高らかに笑っていた。
「ヒャハハ…皆、壊れちゃった☆ 私が“触れただけで”簡単に」
少女は呟く。ポタ、ポタと血が地面に垂れる。それは彼女の“手”からである。先程まで日本刀と回転刃に変形していたモノも、今では生身の、可愛らしい小さな少女の手。
ザ、ザ、と赤い足跡を付けながら、亜美は公衆トイレへと向かっていく。さらなる快楽を求めて。
亜美が背を向けて去っていくと、どこからか黒づくめの人物が4、50人現れる。その人間達は、辺りに散らばる死体を、まるでボランティアのゴミ拾いのように集め、黒く中身が見えないゴミ袋にいくつかに分け、そして運んでいく。数人は死体を運び、数人は当たりに除草剤となにやら妙な液体を、血痕のついた芝生一面に撒く。
すると、みるみるうちに血痕がまるで水のようにスルスルと地面に落ちて溶け込んでいく。
証拠隠滅。
“こっち側”の組織の人間は、犯罪に関わるのは避けられないので、国の目がつく前にこうして別の組織であってもその跡を消しに来るのだ。どこかの組織が公に出れば、自分達にも危険が降りかかってくるかもしれないのだから。
しかし、この川橋町には、ここで行われる裏の組織間や表に出てはいけない人物達の揉め事の後始末をする組織がある。それが彼ら、というワケだ。
黒づくめの人物達が去って数十分後、つい先ほどまで殺戮が繰り広げられていた場所とは思えない程の変わりようだった。
子供が駆け回り、大人達が井戸端会議をしている。何の変哲もない、いつも通りの日常が、そこには広がっていた。
12
(11月28日 12:30)
ベッド、ソファ、テレビ、パソコン、机、本棚などがある、ごく普通の八畳ほどの広さの部屋。ここには、パイプ脚の保健室にあるようなベッドに寝転がる少年がいた。
Yシャツを着て、その上からセーターを着込んだ、一見普通の男子高校生。
メガネを掛け、ジットリとした目付き。クセのある前髪。彼の名は、差水 遼。とある組織の長である。
彼は先程まで仮眠をとっていて、たった今起きた。いや、起こされた。
仮眠をとっていた彼のちょうど横の壁に付けられた、インターフォン用のモニタ、つまり彼の部屋の外の廊下が映し出されるモニタが点灯した。
『差水さん。「墨影」と「ルーレット」が東地区の笹川児童公園でぶつかるようです』
部下の男の声が入った。差水はそのもともとジットリした目を更に眠気でたるませてベッドから上半身を起こした。モニタの右下に取り付けられたボタンを押しながら
「えーじゃあ手順とかもう分かってると思うけど、いつも通りやっといて」
『証拠の隠滅と情報の収集ですね』
「そーそー。分かってんならサッサと行動に移すー」
『了解しました』
モニタがプツンと切れる。それに合わせて差水もボタンから指を離した。
で、今に至るワケで。
(最近急激に現状が変わったな。20年前の“分裂”以来独自の進化を遂げていった三つの組織…いや、今は四つか。いずれはどこかがぶつかり合うとは思っていたがまさか『墨影』と『ルーレット』が当たるとはね。しかもその中枢に居るのが最終兵器…。事は順調に進んでいる、というワケか)
差水は起き上がり、ベッドの下に置いてあった自分の革靴を履く。そして扉を出てすぐ隣に給湯室があった。そこでマグカップを手に取ると、置いてあったコーヒーの粉を適当に入れてポットからお湯を注ぐ。その作業を終えるとすぐ自分の部屋へ戻り、今度は机に向かう。
木製の机に持っていたマグカップを置き、椅子に座ってデスクトップパソコンを立ち上げる。
(僕の予想が合っていれば、もうそろそろなんだけどな)
差水はマグカップを手に取り、少々その芳しい香りを楽しんでから黒く苦味のあるコーヒーを口に含む。そうしているウチに、彼は画面に表示されるパスワード要求に答える。そして真っ黒なデスクトップが顔を出すと、メールを受信している印が画面の右上に表示されている事に気がつく。
(やっぱり)
すぐに開き、内容をチェックする。
(『情報の開示要求』。ほれきた)
差水はすぐさま返信する。高速で叩かれるキー。返信文を書くのに、5分も掛からなかった。手元にある資料をコピーペーストしてそれを相手に送り付ける。
(確か、メールは二通着てたよな)
13
20年前、日本経済の全盛期が終を告げると同時に、川橋町を裏で掌握していた大きな一つの組織が壊滅した。それは今までより資金調達がかなり困難になったため。しかし、完全には潰れなかった。
そこで“分裂”という現象が起きた。組織の“外交”、“戦力”、“中核”の三つを担っていた各部署が、組織が解体されたことにより、残党勢力としてそれぞれ独立した。
それがまだこの川橋町の裏で暗躍し、今もこの町を裏で掌握している。
そして、その組織が出来た理由、その組織が成し遂げようとしていたモノ。それは
―――革命。
14
(11月28日 13:55)
「バー付近に敵勢反応はあるか?」
隠し通路の出口であるマンホールへの蓋へと続く鉄のハシゴに手をかけながら、寺地はトランシーバーに向かっていう。
『え? あぁ、うん。特にこれといって怪しい人影はないよ。ただ―――』
寺地は、怪しい人影がないと分かると、そそくさとハシゴを上がっていく。マンホールの蓋に手をかけ、押し上げて、目だけを出し、周りを確認する。
ここはどうやら路地裏らしく、建物の裏側が見えた。
ガランと音を立てて重たい鉄製の蓋をどける。寺地、喜市、塩中の順番でそこから出てくる。
しかし、“違和感”は突如として襲う。
「なんだ?」
ゆっくりと、寺地は路地から大通りを確認する。
「人が…いないッ!?」
日曜の昼下がり。園地や動物園などの娯楽施設が密集する南地区。平日ですら活気で満ち溢れるこの地区に、人影が一つもない。
痛いほど静かで、風の音がいやに大きく聞こえる。
『―――そうなんだお…。実はついさっき、南地区中の娯楽施設全てに、一通の脅迫電話があったらしいお』
「脅迫電話?」
寺地は、怪しげな人影がないのを確認すると、喜市と塩中を手で促し、共に『LU LA LA』へと向かう。
『うん…。発信元不明で「施設の複数箇所に爆発物を仕掛けた。犠牲を出したくなければ17時までに1000万用意しろ」って全く同じ内容の電話が』
「…『墨影』だな」
『うーん…このタイミングと手口からしてその可能性は高いね。でも何で? アイツらってあくまで取引を妨害するのが目的だったんじゃないの?』
「薄々、察してんじゃねえの?」
その会話は、スピーカーを通して喜市達にも聞こえる。
『…なにそれ考えたくないんだけど』
「どうやら、察しはついてるみたいだな」
「ねえ宗也、どういうこと?」
「気付かなかったか? 奴らの動き。もし部品運びの妨害をしたいんなら、なぜ運送役の塩中じゃなく、監視役の俺らに奇襲を図ったのか」
「なるほど。それに部品の破壊、もしくわ奪取が目的なら我々が形勢を立て直す前に強行してしまえばいいもの。なのに奴らはブツに見向きもせずこちらに追い打ちをかけるがごとく迫ってきた」
三人はバーに入る。カランコロンという乾いた音が鳴り響く。そしてカウンターを超え、奥の扉に手をかける。
「ってことは…」
開け放たれる扉。その先には入ってきた三人を含め23人の人間が各々色んな場所で待機していた。
「遅いぞ寺地。またなんだって緊急招集なんて―――」
机に腰掛けた高校生のような風貌の少年が、入ってきた寺地にぼやく。しかし、それは寺地によって御される。
「文句は後でいくらでも聞き流してやるから今は俺の言うとおりにしろ。率直に言う。“ここを離れるんだ”」
一瞬の沈黙が訪れたが、それすらも寺地は許さない。
「今回はどうなるか分からねえ。死ぬかもしれないと思って行動しろ」
寺地が今までにない目付きをした。鋭い、真剣な目。その目を、『ルーレット』の奴らは幾度となく見てきた。その目を見るときはいつでも、『ルーレット』に危機が迫っていた時だった。それを刷り込まれている『ルーレット』の面々は、別の意味で蛇に睨まれた蛙のようになり、皆が真剣になる。
「第二拠点へ移動だ。持てる限りの荷物を持て。特に護身具だ」
「二班に別れてください。A班は護身具を重点的に必要物資をかき集め、“移動”の準備を。B班はこのバーにありったけの仕掛けを施してください。出来るだけ、一秒でも足止めができるように」
喜市が声を張り上げ、指揮を執る。すると、その指示にしたがって約半分に班が分かれる。すると、次の支持もなく、20人は三階にある様々な防具や護身具、トラップ用の発煙筒に催涙スプレー、閃光手榴弾を取りに駆け上がる。
『てらっち。私達の仕事は?』
ドサドサと数名が通過する音を背後に、綾部から連絡が入る。
「お前はソイツらと一緒に移動しろ。『SSQ』を使えば移動しながらでも情報収集ができるだろ」
『ええ…あれってゲーム機なんだお? 持ち運び可能にしたけどさ…ゲームするための機械をハッキング目的で使えと言われてる件について!』
「開発に携わった張本人が文句言うな。とりあえずそれでオペレート頼む」
『あいあい。わーったよーぅだッ!! どうせヤダって言ってもやらせんでしょ!』
「分かってんじゃん」
プンスカ言いながら綾部の通信が切れる。業務室に残された寺地達三人。
「私達はどうするの?」
塩中が背後から問うてくる。
ニカッと何かを企んでいる笑みを浮かべながら、寺地は背後に振り返る。
「別行動さ」