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孤高の狂戦士-Ber Ser Ker-  作者:
序 章 異常な少女の滑稽な日常
1/17

”全て”の始まり

二作目、連載物で、グダグダ書いていきます。更新は気長に待ってください。


なお、この物語に登場する人物、団体、地名などは実在のモノとは全く関係がありませんので予めご了承ください。


そして、本作に登場する科学的根拠や理論は、あくまで作者が考えたサイエンスフィクションになります。実際に行なっても上手く機能しない可能性大なので、作者は一切の責任を負いませんのでご了承ください

私は人とは違う。


私は簡単に命を奪える。


私に守れるモノは私自身だけ―――


(11月25日 17:00)


オフィスビルや電器店、飲食店や娯楽施設などが並ぶ、ごく普通の街『川橋町』。黄昏時、オレンジ色に染まる川橋町にひとりの少女が歩いていた。


制服を着て歩くその背中は、なぜか誰も近寄らせぬ異様なオーラが漂っていた。肩まである黒髪に切りそろえられた前髪。小柄な容姿に彼女には少し大きめの黒縁眼鏡。普通の女子高生よりは一線を画す整った顔立ちと、そんな少女が寂しげな背で夕日の影を作っていた。


彼女は下校途中だった。いつも通りの道を、いつも通りの時間に歩いているだけなのに、どこか人とは違う雰囲気を漂わせていた。しかし道行く人でそれを気にする者は誰一人としていなかった。そんな些細な、しかし確実に異様な雰囲気であった。一歩一歩と進める足は、ゆっくりと無関心に運ばれる。



そんな少女はたった今、命を狙われていた。



彼女の背後2、30m離れた雑居ビルの屋上に、キラリと光る“何か”があった。それは望遠レンズ。狙撃用のライフルの付けられたレンズに、黄昏の夕焼けが反射している。


パァァァァンッ!!という、建物に反響するように銃声が轟き、少女の後頭部を、正確に狙っていた。


しかしそれは、『日常の騒音』として処理され、怪しむ者は誰も居なかった。しかし、その弾丸は少女の頭をぐちゃぐちゃに引き裂く事はなかった。


少女の背は相変わらず寂しそうだった。一歩ずつ歩くその足のスピードに緩みはなく、先ほどと何も変わらぬ歩行速度で進んでいた。


弾丸が逸れた訳ではない。ちゃんと正確に彼女の後頭部めがけて飛んできた。その弾丸は、彼女の後頭部に突き刺さる直前で真っ二つに裂け、一瞬でその威力を失い、地面に落ちた。


その弾丸はただの鉄くずとして、しかしこの国では落ちてることは許されないガラクタとなり果てた。



「目障り」



少女は本当に忌々しそうに口元を歪ませて吐き捨てる。


しかし銃声は少女に休む時間を与えない。もう一発、『日常の雑音』が鳴り響く。



「ッチ」



少女は振り返り、眼前で弾丸を切断する。“鋭利な刃物に変化した右手”で。


次に彼女は左手をも変化させる。まるで、槍の矛先のように鋭く尖った刃物となり、それを思い切り弾丸が発射された雑居ビルの屋上へと向ける。


それは無音に、しかし風を思い切り切り裂いて飛んでいく。手応えを感じ取り、少女は邪魔な虫を追い払った後のような感じで再び前へ歩んでいく。


なぜ、ここまで大胆な行動をとっても周りの人間は誰一人としてそれに気づくことがないのか、というと、彼女には更に特殊な力があり、“意識して”見なければ彼女を視認することはできないのだ。そこらを歩いてる人を一人一人観察する人間はまずいないだろう。つまり、道行く人へ対する“無関心”によって彼女は他人の目に触れられることはなかったのだ。


よって、先ほどのような、槍の矛先のような形状の鉄塊を2,30m先にある雑居ビルの屋上へと砲弾のように飛ばしても誰もそれを目撃することはなかった。


黄昏の中、少女は人込みに消えていく。彼女にとっては滑稽な、暇潰しにもならない、むしろその“暇”として処理されてしまう異常な日常の中に溶け込んで行く。



(11月26日 8:35)



ここは、とある高等学校。


その1年の教室の一角に、少女はいた。自分の机に着き、頬杖を突きながら退屈そうに一点をじっと見つめている。



「おはよう」



話しかけてきたのは、たった今教室に入ってきた男子生徒。御神 瑠衣(みかみ るい)というクラスメイトは、少女、水城 亜美(みずき あみ)の前の座席である。



「…」



亜美は、瑠衣の挨拶を無視し、視線を窓辺へと向ける。



「ふん、相変わらずか」



冷たい態度を取られても瑠衣は笑顔で応える。


亜美は、メガネの位置を指で調節しながら、始業のチャイムが鳴るのを聞く。



ホームルームが始まり、1時間目、2時間目と時間はまるで弄ばれるかのように刻々と流れていく。授業なんていうのは、本当に退屈だった。教師の放つ機械的な言葉を聞き流し、適当にノートに書き写して彼女の一日は再び終わる。


この繰り返し。出来事が少しだけ変化するだけで、まるでたった一日を何ども何ども無限ループしているような感覚に、亜美はもううんざりしていた。


放課後、何もなく、また無駄に過ぎた一日を実感した亜美は帰り支度を済ませる。カバンを持ち、教室の出口へと向かう。



「なあ水城。たまには一緒に帰ろうぜ? 確か、家同じ方向だったよな」



声をかけてきたのはまたもや瑠衣。彼女は今日一日、彼以外の人間から声をかけられてはいない。亜美は肩越しに怪訝な視線を瑠衣へと向け、しばらくの沈黙の後、無言でその足を廊下へと進めていく。



「OKって事でいいのかな」



瑠衣は急いでカバンを持ち上げ、亜美の後をついて行った。


昨日と同じ夕暮れの帰り道、小柄な亜美と長身の瑠衣が並んで歩いている。亜美にとっては、いつもとは少し違う日常がそこにあった。なんとも言えない、複雑な気持ちだった。瑠衣は、何も喋らない亜美に対し、淡々と一方的に話をする。



「俺この前、部活で突き指しちゃってさー、すっげー痛いの。マジ泣きそうになったわ―――」



「…」



完全に無視している、というよりは一つ一つの話をしっかり耳に収めているような感じだった。亜美は時折瑠衣と前方に交互に視線向ける。


すると、何か変化があった。



「アナタ、変だよ」



言ったのは亜美。今まで一言も言葉を交わさなかった彼女が、瑠衣の話を断ち切って言葉を述べる。



「え、変? なにが」



「私に構うなんて相当の物好きだね」



「だってクラスメイトじゃん。しかも席も前後同士だしさ」



「それだけ?」



「いやいや。水城ってさ、何かいつも一人でいるじゃん? 学校で誰かと会話してるとこ見たことないぜ俺」



「そりゃそうだよ。だって誰とも会話してないもん」



「だろ? でもさすがに一年間ずっとその状況はダメだからお前と仲良くなりたいと思ってさ」



「…本当物好きだね。私と仲良くなったって何の得もないのに」



「得ならあるさ。俺にまた一人友達が増える。あ、もう友達か」



瑠衣はいつもの笑顔を向けてくる。亜美はその顔を見て、すぐに視線を逸らした。



「アナタと友達になった覚えはないよ」



「えええええ、そりゃないわ。こうして会話して一緒に下校して友達じゃないって言い張る方がおかしいって」



「一緒に下校って…アナタが勝手に付いてきたんじゃないか」



「でも拒まなかったよねー?」



瑠衣は目を細めて亜美の顔を覗くように言う。



「…勝手にして」



再び会話が途切れる。しかし二人は離れることなく進んでいく。オレンジ色の街の中を、普通の高校生として。


しばらく無言のまま歩いたいった、その時だった。



(…あの男、さっきからずっと私を付けてる)



亜美が肩越しに後ろの様子を伺っていた。黒いコートを着て、帽子を被った男が、付かず離れずの一定の速度で亜美と瑠衣の後ろを付いてきている。



(また、か)



亜美は小さなため息を吐く。それから隣の瑠衣へ、気づかれぬ程度の視線を送る。



(でも今日はいつもと状況が違う。いつもは私一人だからいくらでも対処できたけど、今日はこの男がついてる…そんなハデな事はできない)



「ん? どうかした?」



瑠衣が視線に気付き、亜美に問いてくる。



「いや別に。アナタ、私とどこまで一緒の道なの?」



「んー、分からないけど、俺はあの交差点を渡らずに右に曲がるよ」



「私はあの交差点を渡って真っ直ぐだから、もうすぐお別れ」



「寂しいの?」



「黙れ」



亜美は吐き捨て、若干歩行速度を上げた。


そして、交差点へと差し掛かった。信号は赤。亜美は止まり、瑠衣は右の道へと向かっていく。



「んじゃ、また月曜なー!」



手を振る瑠衣を無視して信号を待つ。背後を確認。やはり男はいた


信号のランプが赤から青へと変わる。少女は交差点を進み、帰路を正確に歩む。警戒は解かない。背後にいるその男から一切の注意を逸らさない。


亜美は交差点を渡り終え、大通り沿いを進んでいく。しばらく進むと、店舗と店舗の間の路地裏へと進む道を変える。


薄暗い、人気がないというより、こんなところに入ってくる人間がいるのだろうかというほど暗く、危険なところだった。


パイプや排気扇が所々に見える。建物の裏に付いてるモノだ。そこで亜美は歩みを止める。



「誰、アンタ」



振り返らずに亜美は問う。相手はもちろん、背後の電柱の影に隠れた男に対してだ。




「いやいや、バレていましたか」



案外、男はすんなりと電柱の影から亜美の前へ姿を現す。それと同時に、亜美も背後へ振り返る。


長身、180前後の身長にひざ下まである黒く長いコートを着込み、縁のついた帽子を深々と被った男が、目の前に立っていた。



「いやー、さすが水城 亜美。アナタほどの人を甘く見ていたようだ。いや、最終兵器(バーサーカー)と呼ぶべきでしょうか?」



その単語を聞いた瞬間、カッと亜美の形相が豹変する。途端、右手を鋭い刃物に変化させ、男の横にあった壁のコンクリを砕く。



「その名前を口にするな」



亜美はその表情と手以外にも、瞳の色を茶から赤へと変わった。獲物を狙う獣のように威嚇する亜美を前にしても、男は顔色一つ変えない。



「おー怖い怖い。アナタはもっと自分の身体の貴重さを自覚すべきですね。そんな簡単に傷を付けるような行動をとられては“価値”が下がってしまいます」



「私の身体は私のモノだ。お前達が勝手に改造して勝手な価値を付けただけじゃないか!!」



「おや、なにやら勘違いされているようですので訂正しておきますが、私はアナタの身体に細工を加えた連中とは異なる組織のモノです」



「あァ? じゃあ何で尾行なんて真似したんだよ」



「昨日の夕方、アナタが撃墜したスナイパー」



亜美は記憶を辿る。昨日の夕方、一人で下校していた彼女は、背後から狙撃にあった。しかし彼女はそれを軽くあしらい、更にそのスナイパーに対して迎撃を加えた。生死がどうであるかは分からない。



「あのスナイパーはですね、国際指名手配を受けてる殺し屋でね、アンタの暗殺を依頼されてたらしいんだ。まあ、ぐちゃぐちゃになっちまってましたがね」



「私はアンタが私を尾行した理由を聞いてるんだけど」



「『ルーレット』って知ってます?」



男は亜美の問いを無視した、というよりは、それに沿った応えを出してるようだった。



「『ルーレット』…? なにそれ」



「…やはり、アナタ“こちら側”にはあまり詳しくないようですね。本質的には確実に“こちら側”の人間なのに」



「アンタ、さっきから何言ってるの」



「私が所属するのは、通称『ルーレット』という名の組織。アナタと同様『超特異体質』を持った人間を集め、様々な依頼をこなす、ちょっと特殊な“なんでも屋”です」



「だから何よ。さっきから私の質問の答えにはなってないじゃないか」



「おやまだ察しが付きませんか? 凄腕のスナイパーに狙われても全く動じず、最終的にそのスナイパーを返り討ちにしてしまう程のアナタの度胸と腕を見込んで我が組織に入会していただけませんか、とお誘いに来たんです」



「…は?」



亜美は予想外の答えに唖然と立ち尽くす。



「それだけ?」



「え? まあ」



「ッハ、馬鹿馬鹿しい。二度と私の前に現れるんじゃないよ」



亜美は呆れて片手を横へ払い、路地裏から出るために足を進める。男とすれ違い、出口に差し掛かった時



「それでいいんですか」



亜美の足が止まる。



「何言ってるの、アンタ」



「アナタは本当にそれでいいんですか」



「は?」



亜美は振り返る。



「アナタ、今の毎日に満足してるんですか? 本当のアナタを隠して、ずっと隠して、隠したままで、アナタはそれで満足なんですか?」



「…」



亜美は男から目線を逸らす。



「“本当のアナタ”はキョウキだ。その事を隠して、我慢して、それは“本当にアナタ”なんですか?」



亜美は答えない。答えなど、すでに出ているからだ。



“良い訳がない”



亜美は片手を刃物へ変化させる。



「『ルーレット』には私と同じような超特異体質の人達がいるんだよね?」



「ええ」



亜美は自分の、変わり果てた片手を一瞥すると、再びもとの小さな生身の素手へと戻す。



「面白いわ。じゃあ作ってもらおうかな、私が私でいられる場所を」



男が笑う。口元に浮かぶ密やかな笑みには、確信と可能性があった。


少女が笑う。耳まで裂けそうなその笑みには、強欲と狂気があった。



二つの笑みが交差する。始まりの契が交わされた。



(11月27日 16:00)



今日は土曜で学校は休み。にも関わらず、亜美は学校の制服でいた。



「アナタ、もしかしてそれが私服ですか?」



長身の、コートを着込んだ男・喜市 幸作(きいち こうさく)が亜美に問いかけてくる。彼は昨日の夜、亜美を『ルーレット』という組織に引き入れた男である。



「外見より、どれだけ楽かを選んでるの」



亜美は何気に答える。


ここは、川橋町の一角にある、年季の入ったバー、『LU LA LA』である。バーといっても、ここはそんなに頻繁に客が出入りするような立地ではないので、表向きはバー、そして裏向きには『ルーレット』の本拠地として稼働しているタメ、カウンターの裏にはそれなりに広い部屋がいくつも点在している。


外見は、一階にバーがあり、二階、三階に住宅のある、建物がくっついてるモノとなっている。


しかもこのバーが建っているのが、遊園地や動物園、いかにも子供が集いそうな施設が点在するウチの一角である事から、一ヶ月に一人くれば良い方と言えるほどの客足だ。


亜美と喜市は、そのバーの裏、つまりは住宅となる部分にいた。


二十畳ほどの大きな部屋に、亜美と喜市、他『ルーレット』のメンバーが数人この部屋にいた。


そこかしこに巨大なパソコンやらプリンター、オフィスデスクなどが並んでいる、まるで会社のような内装だった。



「ねえ、『ルーレット』って正規メンバー何人いるの?」



「ええと、私とアナタを合わせて25人ですね」



「組織組織と銘打っておきながら随分と少ないのね」



「『超特異体質』の人間がそこらじゅうにいるわけでもないので」



「ふん、それもそう、ね」



亜美は腰に手を当て、部屋をグルっと見渡す。数人の男女がパソコンのキーボードを打ってたり、テレビを見ていたり、トランプで遊んでいたり、携帯をいじっていたり、ゲームをやっていたり



「で、これが活動内容ってワケ?」



「初めにも言いましたが、ウチは『なんでも屋』なもんで、そんなにしょっちゅう仕事が入ったりはしないんですよ」



「ま、いいけどね」



亜美はそこら辺にあったソファに適当に腰掛ける。


喜市は、部屋の奥でなにやらギターを弾いている、高校生か大学生ほどの男に声を掛けた。しばらく話しているように見えたが、その男の視線は次第に亜美へと向いていった。


亜美は怪訝な目でその男を眺めていると、男はそこらの床にギターを置き、立ち上がってこちらへと向かってくる。男もかなりの長身で、喜市とさほど変わらぬほどの身長だった。



「ここの男は私に対してのイヤミか」



亜美はボソっとぼやいた。それを聞いてか聞かずか、男は亜美に声をかけてくる。



「お前が新入りの水城 亜美? 噂は聞いてたけどそんなに凄いようには見えないな」



「…噂?」



「ああ。だってお前、あのかの有名な最終兵器(バーサーカー)様だろ?」



「ッチ」



男の耳に舌打ちが届いた時には、もう亜美の姿はソファにはなかった。真正面。現状を把握するのに何秒かかっただろう。鋭利な、日本刀のような刃物の切っ先を喉元に向けられている。あと数センチ前に出れば、めでたく焼き鳥ならぬ焼き人間の具になっただろう。



「テメェもその名前で呼ぶのか」



亜美の重く響く一言に、部屋中が凍りついた。全員の視線が亜美へと集中する。しかし亜美はそんなこと一切気にせず、獲物を捉えた獣のごとく、鋭く突き刺さるような視線を男へと送る。



「あっぶねえな。お前、馬鹿じゃねえの」



男は動じず、亜美の手―――刀の側面をパシっと手で払う。



「次は狩る」



亜美は今までより鋭い眼光を向け、手をもとに戻す。



「喜市、お前とんだ狂犬を連れ込んだようだな」



「その狂犬っぷりに相応の腕を持ってますよ、彼女は」



ふん、と亜美はソファに再び腰をかけ、足を組んで再び男を睨みつける。



「まあ喜市がそう言うんだったら…俺、一応ここの元締め的な役割を押し付けられてる寺地 宗也(てらち そうや)ってんだ。ま、よろしくってやつだ」



寺地は右手を差し伸べてくる。しかし、何か思い立ったかのようにすぐその手を引っ込めてしまう。



「おっと。交友を求めたのに手をハリセンボンにされたらかなわねえし」



「…で、今日は顔合わせって話だけど『ルーレット』の総人数25人って、明らかにここにいる奴らじゃ足りないよね」



「何人かはそれぞれ仕事に行ってもらってるからな」



「ふーん」



「で、おおまかに活動内容を説明すると、ここでは5人1グループに別れてそれぞれ受けた依頼をこなし、その成績を競い合うっていう『内部小競り合い形式』だ」



「それぞれ対抗してセッセと仕事をしてお互いに成績を伸ばしていく…こうして全体の評価を伸ばしていくのね」



「そうだ。んでお前が所属するとこは俺と喜市、あと塩中ってやつと綾部ってやつがいるグループに所属してもらう」



「…グループなんて所詮表向きの付き合い。必要あらば容赦なく切り捨てるからね」



「結構結構。俺と喜市もそうだが、他の二人も一人で戦えるほどの戦闘力的な強さは備えてるからな」



「そういえば、この『ルーレット』ってのは超特異体質を持った人達が集まってるって聞いたけど。アンタらそれぞれ私みたいな“人とは違うモノ”を持ってるワケ?」



「ああ。まあお前みたいなトンデモ能力はかなり珍しいからな。皆些細なモノだよ」



「皮肉ね」



寺地は頭を掻き、区切ってから



「とまあそれくらいだ。俺らのグループはアンタが暴れられそうなモノを受けるようにしとくから、遠慮なくやってくれ」



「はいっはい」



亜美は立ち上がる。まるで興味がなくなったように施設を見て回る。



「ここ、二階もあったよね」



「ああ、あるぜ。あそこの階段あがってけば通称『ラボ』に行けるぜ」



「『ラボ』? 研究設備でも整ってるの?」



「ま、行ってのお楽しみってやつかな」



亜美はそれ以上聞くことはないといった感じで、無言に足を進めた。


だたの木製の、なんの変哲もない階段だった。静かに伸びるその先は薄暗く、まるで日光を完全に遮断しているかのような様子だった。しかしなぜかその暗闇からは人を拒む雰囲気は一切なく、亜美にはむしろそこの中へ導かれているように感じられた。


亜美は恐怖以外の感情で足を運ぶのを少しためらったが、次にはもう一段目へ足をかけていた。


彼女は、何に対しても無関心であった。いや、“そうでなくてはならない理由”があったのだ。普通の人間ならギシギシと音が立ってしまうこの階段だが、亜美の体格のせいか木が軋む音は一切聞こえなかった。


期待。いや、それに近い感情が亜美の判断を揺らす。一段一段登り、ついに最後の段まで登り終えた。ただそれだけの行動が、下にいた寺地や喜市以外の人間の中では相当長いものに感じられていた。緊張だ。周りの人間は、彼女の事は知っている。しかしそれは最終兵器(バーサーカー)としての彼女であり、その固定観念からの緊張だった。


登り終えたそこには、一メートルほどのスペースしかなく、やはり窓は備わっていなかった。そして亜美の正面には今までの一階の内装とは似つかわしくない、鉄製の扉があった。


ドアノブにソっと手をかける。そして亜美は、今度は何の躊躇もなく扉を開け放つ。


その先にあったのは一面の闇と、その闇のあちこちに散りばめられた光―――無造作に置かれたモニターの数々だった。


壁は扉のある一面を除き、三面とも全てモニターで埋まっていた。大小様々なモニターが、一つ残らず淡い光を発している。広さは、下の階に比べて三分の一ほどの大きさで、電気は消してあるが、モニターの明かりがそれ相応の行動範囲を広げてくれている。


そしてその中のデスクトップパソコンのモニターの前に、一つの人影が濃く浮かび上がっていた。その人影は、オフィスチェアにかなりの改造を加えて座り心地を何倍も良くしたような形の椅子に座って、キーボードをひたすらに打っていた。


大きなヘッドフォンを掛け、こちらが入ってきた事に気づいていないようだった。



「ここが…ラボ…?」



亜美が切れ切れに呟く。周囲をくまなく見渡すと、いくつかのモニターには、見覚えのある川橋町の景色が映っていた。そしていくつかには建物、会社や娯楽施設、コンビニやスーパーなどの店内映像もあった。



「これって…監視カメラの映像じゃ…」



亜美が一歩、部屋に踏み込んだその時だった。



「うおっとそこのお嬢ちゃん。勝手に人の聖域に踏み込んできちゃだめだお」



クルリ、と豪華なオフィスチェアが回転する。そこに座っていた人物を見てすぐに浮かんだのは、疑問だけだった。



「あ、アンタ―――」



亜美はそこにいた人物の頭の先からつま先までまじまじと舐めるように見る。どうやら、その人物が座っていたイスは高さ調整がされているらしく、その人物の座高を大幅にカムフラージュしていた。


背もたれから頭の先までは数センチしかなく、足は床から完全に浮いていた。


そこにいた人物は



「―――小学生?」



呆気にとられる亜美。それもそのはずだ。こんな悪趣味な暗闇にいる人物が、想像していたどの人物像にも当てはまらない小学生だった。座高から見ておよそ身長130cm前後、とても大きなYシャツ一枚だけを着た、“女子小学生”だった。



「おっす! 見てたよー。君、新人の亜美たんだよね?」



「…亜美…たん…?」



少女が親指を指すモニターには、一階の全体が見渡せる映像が映っていた。



「デュフフ…やっぱ2Dで見るより実物の3Dで見たほうが可愛いのう…ハァハァ」



奇声を上げながら、女子小学生がぬるりぬるりと亜美ににじり寄ってくる。



「き…キモい」



グッと亜美は少女の頭を押さえ、近寄るのを拒む。



「良いではないか良いではないか。もっとちこう寄れちこう」



幼い少女の息遣いが更に荒くなる。



「来るなッ!! ってかお前誰だよ」



「んが?」



少女から力が抜け、改めて亜美と向かい合う。やはり身長は130前後。髪型はおさげで大きなYシャツ一枚を着て、ズボンやスカートといった類は履いていない、どこから見ても小学生だ。



「ああまだ自己紹介してなかったね。すっかり忘れてたお」



少女は無邪気な笑顔で言う。



「私、綾部 朋香(あやべ ともか)って言うんだお。やらすく」



ペコリと頭を下げる仕草は、小学生ならではの可愛さで、この薄暗い部屋にいるのがとても違和感を覚えるほどのモノだった。



「…綾部? ってことは私と同じグループの」



「そうそう。一員だお。だからこれから長ーいお付き合いになると思うから、その点でもやらすくたのんますお」



ひらがな表記にすると読みにくい以外の何物でもない特徴的な喋り方。少々イラッと来るところもあるが、亜美はこらえた。



「…なるほどね」



亜美はもう一歩部屋へ踏み込み、壁にあった電気のスイッチを押す。パチンという音と共に、モニターの淡い明かりに蛍光灯の明かりがプラスされる。



「ん~」



綾部は目を細めている。この光量にまだ慣れていないようだ。



「で、この『ラボ』にいるのはアンタだけ…だよね。見た感じそうっぽいし」



「うん、まあこの部屋自体私のタメに作られたようなものだからね」



亜美は怪訝な表情をするが、ここで疑問をぶつけてはまた新たな疑問が浮かんできそうで、もはや亜美の質問する気力さえも奪っていた。



「朋香、ホットミルク入れといたわよ」



すると、そこで亜美はこの部屋の奥にもう一つ扉があることに気付く。それは木製の扉で、ドアノブが付いている所を見ると、おそらく何かの部屋に通じているのだろう。その扉の向こうから、女性の声がした。


キィィと金具が擦れる音を立てながらその扉がゆっくりと開かれる。もはやこのような状況に、亜美は何も感じずにいた。



「てんきゅー優希!」



綾部は、『ラボ』へ入ってきた人物から、白い湯気の立つマグカップを受け取る。


そこに立っていたのは、腰まである長く黒い髪。スラリと細いその身体は、小柄でも長身でもなく、日本人らしい風貌だった。大人びた容姿を持つ、美しい女性だった。



「ん? 見ない顔ね」



彼女は少しの間顎に指を当て、首を傾げていた。そして、ふと思い立ったかのように言葉を発す



「ああ、昨日幸作が言っていた新人さんか。私、塩中 優希(しおなか ゆうき)。よろしくね」



「…アンタがもう一人」



「もう一人?」



塩中が更に首をかしげる。



「あ、この子、水城 亜美たんって言って今度私らのグループに加わる事になったんだお」



綾部が淡々と説明する。どうやら納得したらしく、塩中は清楚な笑みを浮かべた。



「…ふん」



亜美は、いつぞやの退屈そうな表情になり、その場にあるもの全てに対する関心が、まるで張り詰めた糸を切ったかのように無くなった。


亜美は無言で部屋を出て、鉄製の扉を閉める。



「あれが“噂”の最終兵器(バーサーカー)?」



「シッ。その名前を口にしたら、あの子獣のような形相になるんだ。でも、“噂”に聞くような冷酷な殺人器とは程遠い感じだお」



二人の少女がそんな会話を交わす。無造作に壁に埋め込まれたモニターの映像が、音も無く流れる寂しさを帯びていた。



(11月27日 17:00)



「施設見学の感想は?」



寺地がエレキギターをカチャカチャやっているところで、楽譜から目を離さずに亜美へ問う。


オフィスデスクやテレビ、棚にソファに観葉植物に至るまで、“仕事”の出来る環境にありそうなモノを適当に詰め込んだ一階にいた人達は、それぞれ好きなことを好きなようにしていた。



「アンタってロリコン?」



亜美が寺地に問い返す。



「綾部を見てそう言ってるなら違う」



寺地は即答する。曲を弾く手を乱さないところを見ると本当のようだ。



「どうだか」



綾部 朋香(あやべ ともか)、11歳。職業、プログラマー」



「…」



亜美は、寺地の背中へ視線を向ける。ギターで曲を弾きながらそれを乱すことなく淡々と綾部の紹介をし始めた。



「11歳でプログラマーとは、とても腕があるの?」



「そうだな…去年発売された新型ゲーム機、『SSQ』ってあるだろ。あの、“まるでゲームの中に入り込んだような感覚になる”ゲーム機。よく漫画とか小説に出てくるようなゲーム機だよ。あれの主なプログラミングを担当したのが綾部だ」



『SSQ』の事は亜美も知っていた。なにせ発売してから数日でゲーム業界をガラリとかえてしまった歴史に名を残すゲーム機だからだ。


それの企業に加担していたプログラマーが小学生…とても信じがたい事実に亜美は少し無言になった。



「で、何でそんな生まれつきの天才が『ルーレット』なんかにいるの?」



亜美は、先程のソファに腰掛ける。



「ん? 不思議に思わないのか? “何で小学生なんかが”って」



寺地は曲を弾く手を止め、思わず振り返り、亜美を見る。



「そりゃ思ったけど」



「“ソレ”だよ」



「は?」



「『超特異体質』。綾部の場合、5歳の時にコンピューターに触れ、もうそれから数ヶ月もしないウチに簡単なプログラムは組めたそうだ」



「それって…」



「そう。俺らが言うところの、『超特異体質』ってのは超能力とか魔法とか、そんなオカルト的なものじゃなく、人間が持ってる“本質”を明確に表現出来る者の事を指すんだ」



「なるほどね。でももしそうなら私とは全く違う者のようね。私の“コレ”は生まれつきなんかじゃない」



「『超特異体質』って俺らは呼んでるけど、普通の人間ならそういう才能をもったやつを『天才』って呼ぶだろうな」



「どこまでも皮肉ね」



亜美は毒づき、それ以上寺地との会話を求まない。寺地の奏でる曲が、痛いほどの静寂をかき消している。ソファの肘掛けに頬杖を突き、退屈そうに窓から差し込む夕日が暗みを帯びていくのをただただ観察していた。


今までとは全く違う日常。ここは自分の本質を隠して生活する必要のない場所。本当の自分を出してもいい、むしろ出さなくてはならない場所。


亜美は心のどこかでワクワクしていた。これからの生活が、今までより格段に良い方向へと向かっている。


しかし、



(本当にそう?)



何故かふと、そんな疑問が浮かんだ。


その時だった。一通り曲を弾き終わったのか、寺地はギターを弾くのを止め、立ち上がる。



「さて、暇だしお前の武勇伝でも聞かせろよ」



「は? 急になに言い出すの」



「だからさ、お前がその異名を持ったには理由があるんだろ? 噂はちょくちょく聞いちゃいるが、本人から聞いたほうが信憑性あるし」



亜美は自分の手を見る。生身の人間らしい手。それが次の瞬間には光沢を帯び、灰色の無機質な金属へと変わる。それは切り裂く事、突き破る事に特化した凶器。それを亜美が本能のままに操ることによって成す兵器である。



「私は別に、自ら望んで人を傷つけてきたワケじゃない…」



「ほほう。その力が身に付いたのはいつなんだ?」



「いつ…」



亜美は記憶を巡らせる。目を閉じ、頭の中で思考を迸らせる。


カチャカチャ…


無機質な空間…


いくつもの“液体”の入った丸い水槽…


切り開かれる…


痛い…


拘束される身体…


朦朧とした意識…



何かがあった。二年前のことだ。何かがあったのだ。亜美が、思い出そうと思うと、まるで脳を針でつついたかのような、凄まじい激痛が走った。まるで亜美自信が、その記憶に鍵をかけ、開ける事を全力で拒んでいるかのような拒絶反応。


亜美は頭を押さえる。



「…く、ぁ」



あまりの頭痛に喘ぐ亜美。それをみて寺地が慌てて近寄る。



「おい大丈夫か? 急にどうしたんだ」



「分からない…でも、あぁ、分からない…」



「とりあえず落ち着け」



と言っても頭痛は制御できない。人間は、一度気にしてしまったモノはなんとか思い出そうとして無意識でも頭の中でそれに関する情報を得ようとするのだ。


数分、周りの男女が亜美の方へ心配な視線を向けていたが、亜美の頭痛は次第に治まる。



「大丈夫か?」



「うん…」



亜美は頭から次第に手を離す。



「二年前…何かがあった。それで私はこうなった」



「二年前? 中学二年か」



「うん。それ以前の私は、普通の人間だった」



「なにをどうしたらこんなに人体を改造できるんだ…?」



寺地はしばらく何かを考え込んだ。亜美は目を手で覆い、上を向きながら呼吸を整える。



「…それはもしかしたら、いや、おそらく確実に“こちら側の連中”の仕業だな」



「“こちら側”?」



亜美は目を覆いながら、暗闇の中、寺地に問いかける。



「俺らみたいな表に出ちゃいけない組織なんかが川橋町にはいくつか存在するんだよ。そしてお前の身体を変えるような危険な実験やらをしている組織も、な」



亜美の目付きが変わる。獲物を射る時の、ではなく、何かを欲している時の目。



「それは…その組織の名前はッ!?」



食らいつくように寺地に迫る亜美。寺地は少し焦るが、ゆっくりと亜美をあしらいながら言う。



「確か…『マッヅ』だった気がする」



「『マッヅ』…」



「ああ。『狂った奴ら』って意味だ。それは通り名だから正式名称は分からねえ。その組織、過去にサイボーグを作ったって話があってな、人体実験が大好きな連中なんだよ。もしかしたら、ソイツらに関係があるんじゃ」



「…潰す」



亜美は呟く。そして石でも砕きそうな勢いで歯を食いしばる。犬歯を剥き出しにして、威嚇する猛獣のような形相になる。



「私をこんな身体にした奴ら…潰す」



「おっかねえ」



亜美は立ち上がり、そのまま部屋を出ていく。バーの方へ向かい、そして外へと出る。




元の体と記憶を取り戻すため、一人の少女は牙を剥く。




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