Backstage
裕聖が楽屋の扉を閉めながら大きなため息をついた。
「いや、あっけなく終わったなー。その割には疲れた…」
「……そりゃ、アヴェマリアやし。アンコールのミニステージやったし」
一呼吸遅れて鈴音がつぶやいた。
(…根暗か?)
たしかに、どんよりした顔してるし、うつろな目してるし…。根暗か。
裕聖が椅子に座り、キャラメルでも食べようかと鞄をあさっていたそのとき。
どすどすどす。
ん?あの大きな足音は…。
「鈴音、辻くん!よかったで!大反響や!がっぽり大もうけやで!」
「霧沢のお父さん!」
ああ、やっぱり。たしかに太ってるけど、あんなに大きな音が出るんだな、たかが足音で。
ぱたぱたぱた。
お?今度は軽い足音だな。スタッフか、ゆうす―。
「裕聖ーッ!」
「うぉっ」
楽屋のドアを蹴破って、いきなり裕輔が殴りこんできた。間一髪のところで避けた裕聖は目を見開いてロッカーに突っ込みかけた兄を見た。
「なんだよいきなり。僕、気に障ることした?」
「ああしたともさ!シラをきるな!」
「はあ!?分け分かんないんだけど」
「お前、霧沢さんと手をつないだだろ!」
「はあ!?何をどう見てどう考えたらそうなる!」
「シラをきるな!!」
裕輔の言い分はこうだ。
裕聖の緊張を解くのは難しい。しかし、何故すぐに緊張が解けたのか。まさか、裕輔の殺気が届いたなどバカなことはあるわけない。ではなぜか。それは、鈴音が裕輔には見えないほうの手を握ったからだ!
「どうだ!」
「どうだって、裕輔、お前…」
「なんだ」
「バカだな」
「はぁっ!?」
「…思い過ごしや」
「え?」
鈴音の静かな声に裕輔もいくらか落ち着いた。
「裕聖がすごい緊張してたから、わたしが『大丈夫?』ってゆっただけ」
「え…あ、そうですか…」
気まずいふいんき。それを打ち破ったのは、霧沢父の、この一言だった。