Duet
『ただいまより、歌手、霧沢鈴音さんと、ヴァイオリニスト、辻裕聖さんの演奏を始めます』
無表情な女の人の声が会場に響く。そして、幕が上がると同時に起こる割れんばかりの拍手。
裕輔がステージのまん前でうらやましそうに見つめる中、裕聖と鈴音はステージの真ん中へ歩き出した。ふと裕輔は弟の手を見て、頭を抱えたくなった。裕聖は昔から極度の緊張や怒りなど、とりあえず激しい気持ちを抑えるときに親指の爪を人差し指に強く押さえつける癖があった。その力は異常に強く、人差し指から血が出るときがあるのだ。さらに、緊張しているときの裕聖は、冷静な判断が取れず、失敗してしまうときが多い。
もし失敗して霧沢さんに恥をかかせてみろ、ぶんなぐってやる!
殺気ともいえるオーラをこめて弟をにらみつける。
するとどうだろうか。裕聖が指を開いた。まさか俺の殺気が届いたのか!?しかし、幾分リラックスしているような感じの弟を見て、これは大丈夫だろうと胸をなでおろす兄であった。
裕聖が、ヴァイオリンをかまえた。鈴音の口が開くと同時に、ヴァイオリンからも音が流れ出す。
「ave maria gratia plena dominus tecum―」
曲は、アヴェマリア。
季節やイベントなどでまったくもってイメージが違うのだが、皆そのことに気づきもせず、ただ聞き惚れていた。鈴音の儚く透き通った声と、裕聖の力強く優しい音色。二つの音が混ざり合い、とけて、しみこんでゆく。皆恍惚の表情で舞台の上の二人を見つめる。
ふん、なかなかやるじゃん。
裕輔は少し複雑だった。
「―nunc et in hora mortis nostrae amen」
静かに、静かに消えていった。
ワァァァ…!
喚声と拍手が巻き起こる。二人は軽く礼をし、舞台袖に消えた。