Violinist
終わったなー。ほんとに一瞬だった。僕、ファンになりそう。
そんなことを思いながら裕輔の後を歩いていた裕聖は、ふとまったく知らないところにきていることに気がついた。
「裕輔、どこ行ってんの。ていうか、ここどこだよ?」
「当たり前だろ裕聖。出待ちだよ。出待ち!」
…はあ?学校では気持ち悪いほど紳士ぶってる裕輔が出待ち!?そんなストーカーじみたことを裕輔が!
「…裕輔、お前ってヤツは…」
「何だよ」
「…言葉が見つからない」
『猫かぶり』などの言葉は裕聖の薄っぺらい国語辞典には載っていなかったようだ。
そして、待つこと五分。しびれをきらした裕聖が言った。
「裕輔、違う所から出たんじゃないの?僕もう腹減った―」
「…なにしてるん?」
透き通った声。
「うわっ!」
あわてて飛びのいた裕聖は、後ろを振り返って息を呑んだ。
「き、霧沢さん?」
「そうやけど」
綺麗だ。裕聖の第一印象がそれだった。舞台では遠くからだったので、顔などはあまりわからなかったが、まじかで見ると霧沢がとても綺麗なことがわかった。
すっと通った鼻筋に切れ長の目と綺麗に整った顔。背は裕聖より少し小さいぐらいだろうか。すっきりとした体系にシンプルな白のドレスがよく似合っている。どこから見てもヨーロッパ系。だが普通に関西弁をしゃべっているのになぜかふいんきにあっている。
「霧沢さん!」
どんっ
「うぉっ」
裕聖は床に倒れた。
ちくしょう、油断した。裕輔はときどきこうやって押しのけてくるが、たいてい僕はかわせた。しかし、今は霧沢さんに見とれてかわせなかった…はっ。今のでわれにかえった。僕は女にまったく興味がなかったはずなのに、見とれるとは。こやつ、只者ではないな。わかってるけど。
一人で百面相している弟をほうって裕輔は霧沢にぺらぺらとしゃべりかけていた。しかし、霧沢は展開のあまりの速さについていけていないのか呆然としている。
「裕輔!落ち着け。僕から言われるなんて相当だぞ」
「…はっ。すみません霧沢さん。少し興奮しすぎました」
「…別にいいけど。何の用?」
自分を取り戻した裕輔はすっかり紳士モードに入っている。そんな裕輔の切り替えの早さに裕聖はあきれた。
「―と、いうわけです」
なんと!自分が出待ちしたことを包み隠さずしゃべった!ここら辺の潔さは認めてやろう。
兄に向かって上から目線な裕聖。しかしこっちがどんな反応をするか…。
「ふーん」
…それだけ!?ク、クールだ。クールをとおりこして絶対零度並みじゃないのか、この人の感情。
「なあ、そっちのちっさいほうの人」
「…僕?」
「そ。君」
ちっさいほう…まあ確かに裕輔には負けてるけどね。
「僕は裕聖。名前は覚えてください」
「うん。裕聖って、ヴァイオリニストやろ」
「えっ!何でそれを」
「テレビに出てた」
「テレビ…。あ。あれか」
以前裕聖は『天才キッズテレビショー☆』という番組に出たことがある。『天才小学生ヴァイオリニスト』として。そこでプロデビューしないかというスカウトも受けたのだ。結局断ったが。
テレビに裕聖が出ることを裕輔はひどくうらやましく思っていた。俺は勉強も運動も裕聖よりできるのに、なぜ音感には恵まれなかったんだ。それ以外全部できるのに。しかし、裕輔はいくらがんばっても裕聖をこえることはできなかった。今はもう、それ以外でトップであるようがんばっている。…要はあきらめたのだ。
「裕聖のヴァイオリン、すごい綺麗やった。けど裕聖、東京育ちって聞いたけど」
「うん。裕輔と旅行」
「…双子なんや。すっごい似てる」
「うん。僕が弟」
「兄弟って、楽しい?」
「うーん。まあまあにぎやかだよ」
「…いいな」
もともと無表情でしゃべっていた霧沢だが、少し表情がかげったような気がした。
沈黙。すると、それを破るようにばたばたと足音がした。
「鈴音!」
「…父さん」
「父さん?」
走ってきたのは、中年の太った男だった。汗をかきながら、ばたばたと駆け寄ってくる。
「そこにいたんか。探したで、いつまでたってもきいひんから。で、この子らは…ん?」
「すいません。俺ら、一ファンです。霧沢さんと、少し話をしていたのですが。待ち合わせを遅らせてしまったようならごめんなさい。―ほら、裕聖!」
「えっ…すいません」
不本意ながら挨拶を済ませる。
「や、それよりさ、君ヴァイオリニストの裕聖ちゃうか」
「あ…はい」
「ああやっぱり!いっやー双子がいたんか。めっちゃにてるなあ」
なれなれしく話す男。勝手に裕聖の手を取りぶんぶん振り回している。
「や、しかし鈴音と君、同い年やったなあ。確か」
「そうなの?裕輔」
「ああ。俺らと同じ中2だ。ですよね、霧沢さん」
「…うん」
「どうや?二人でデュエットしてみいひんか?明日のコンサートの特別ゲストとしてやな。もちろん負担は私らがおうで。どうや?」
…いきなりだな。突然だな。早いな。だけど、僕もちょうどおんなじことを思ってたし、ヴァイオリンは練習しようと持ってきてたし…いいかな。
「もっちろんいいですよ!うちのバカ弟好きに使ってください」
勝手に決めるなバカ兄貴。どうせ僕を使って霧沢さんとお近づきになろうという魂胆なんだろうよ。
裕聖はため息をついて、言った。
「明日、ですね。いきましょう」