06:瑞穂の仕事と廉の趣味
キーンコーンカーンコーン・・・
終業を知らせる鐘が、学校に鳴り響く。いそいそと片付けを始めた廉は、今朝瑞穂に渡されたメモ紙をカバンから取り出した。
「廉、遊びに行こ・・・う」
「ん、どうした?」
バカ(宮部)がくるっと後ろに座る廉に姿勢を向けた時、視界にメモ紙が映った。
「お前だけは!お前だけは親友だと思ってたのに〜!!」
宮部逃走。
「何だあいつ・・・ん、ああこれか」
“学校が終わったら、必ず電話しろよ(はぁと)”
今朝、そんな事を書いてたっけ。などと思う廉だったが、
「ま、いっか」
自分を“親友”と言った宮部を追わず、メモ紙片手に教室を後にした。
正門に着いた廉は、携帯に番号を入力。通話ボタンに手をかけて数回のコールの後、
『もしもし?少年か?』
「あ、瑞穂さん」
瑞穂が電話に出た。
「今学校終わりましたけど」
『そうか、ならすぐに迎えに行く!』
「え?でも、学校の場所知らないんじゃ・・・」
『宮商だろ?私の母校だ。ん、そうだな・・・10分で着く』
まさかOBとは。廉は驚いたが、この学校は姉の母校でもある。そう考えると、合点がいく。
とりあえず素直に瑞穂の言葉に従う廉。そして約束の10分に差し掛かろうとしていた時、
ブロロロローッ・・・
通学路には似つかわしくない真っ赤なスポーツカーが、廉のいる正門前で止まった。
スポーツカーの正面・サイドに輝く黒馬のエンブレム・・・
「フ、フェラーリ!?」
戸惑いと驚きを含んだ廉の声。
「よう、少年。待たせたな!」
「瑞穂さんっ!?」
廉、二度目の驚愕。
「なんだ?ほれ、乗れ乗れ!」
と、瑞穂は助手席のシートを叩き、ガルウィングが羽根の如く開いた。
「さて、出発!」
助手席に廉を乗せ、瑞穂はアクセルを踏み込んだ。
車を走らせ10分少々、着いたのは市街地の中央に位置する大きなショッピングモールの駐車場だ。
「さあ着い・・・何をしてるんだ?」
「え?記念に写メを」
「そんなに珍しいか?まぁいい、ほれ行くぞ!」
2、3枚写メを撮り終えた廉は、瑞穂に手を引かれながら歩を進めた。
「ほれ、ここだ」
「あ、あれ?ここって・・・」
瑞穂が連れて来たのは、若年から中高年まで幅広い世代の女性から人気のあるアクセサリショップ
“ROSE・GARDEN”
だった。
「ほぉ、少年はうちの店を知っていたのか」
「知ってるもなにも・・・」
と、廉は口を濁らせた。その時、
「瑞穂っ!一体どこをほっつき歩いてたのよ!!」
怒声を発しながら、おそらく瑞穂と同年代であろう若い女性が、腕組みしながら出て来た。
「悪い悪い、私のパートナーを連れて来たんだ。まぁそう怒るな」
「あら、そうな・・・って、廉くん!?」
「ども、ご無沙汰してます・・・」
廉の姿を確認した女性は目を見開き、廉はというと、苦笑いで頭を小さく下げた。
「少年、夏希を知ってたのか?」
「知ってるもなにも、廉くんはうちのお得意さんだし!」
「へ?」
「相変わらず“アレ”続けてるの?」
「ええ、まぁ・・・」
話が見えない瑞穂を知ってか知らずか、夏希は矢継ぎ早に、廉に質問攻め。廉もたどたどしく質問に答えている。
「こ〜ら夏希、お客様ほっぽり出して!」
「いひゃい!廉ひゅんヘルプミー!!」
と、店の奥から出て来たもう一人の若い女性が、夏希の頬を抓って店の中へと消えていく。
「真菜さん・・・相変わらず怖い」
「なんと、真菜も知っていたのか!!」
二人の女性店員を驚かせてやろうと思っていた瑞穂だが、返って自分が驚かされっぱなしという結果に、何となくムスッとしてしまう。
「瑞穂さん、どうしたんですか?」
「むぅ・・・」
何故瑞穂の機嫌が悪くなったのか、廉は知るわけもなかった。
その後、どうにか機嫌が直った瑞穂は、廉を連れて店の奥にある部屋に案内した。そこで廉が目にした光景は・・・
「うわぁ・・・すごい!!」
壁一面に飾られた色とりどりの天然石。その石の一つ一つが、白のみの殺風景な壁を鮮やかな絵画のように変化させている。
「気に入ってくれたようだな」
「すごい、すごいですよ瑞穂さん!!」
興奮気味に感嘆の声が、廉の口から溢れ出す。その様子を満足気に眺めていた瑞穂は、作業机に置き忘れていた冷めたコーヒーに、そっと口を付けた。
その後、廉は瑞穂がこの店のオーナーでデザイナーであるという事、仕事が裏方の作業がメインなので、滅多に表に出て来ないという事を聞いた。
「ま、廉がこの店のお得意さんだとは、知らなかったがな」
「それはお互い様じゃないですか?」
「だな、アッハハハ!」
高らかに笑う瑞穂に、廉も気持ちが温かくなっていた。
その後は瑞穂の仕事ぶりを見学しながら時間を潰し、日も傾き始めた頃、接客を終えた夏希と真菜が作業場に戻ってきた。
「瑞穂、表は終わったわよ」
「ん、了解」
「お疲れ様です!!」
時計はまだ7時を迎えておらず、人通りは廉が店に着いた頃よりも多い。それでは何故、彼女らは店を閉めたのだろうか?廉には不思議だった。
「ああ、ある程度の売り上げと客足だ。基本、私らの店に来る客の大半は昼頃が1番多い。という事は、この後何時間も電気を使い続けるのは勿体ないだろう?」
何か言いたげな廉に、瑞穂は心を見透かしたように説いた。
「ま、接客下手な瑞穂じゃ説得力に欠けるけど」
「ほっとけ」
「ま、それより・・・」
と、瑞穂を皮肉った夏希は、廉に目線を配り、口角を軽く吊り上げた。
「相変わらず作ってる?ネックレス」
「ネックレス?」
「夏希さ「良いじゃない!隠す必要ないと思うな私は」」
と、焦る廉の言葉を遮り、夏希は悪びれもせずに、話を続けた。
「ほら、今も廉くんに作ってるもらったネックレス、付けてるわよ!」
「実は私も」
“ほら!”と、夏希は首元のボタンを外す。ついでに真菜も、首元をアピールする。
夏希は、紅い雫型のガラス玉が、ブラックレザーの紐に組み込まれたシンプルなチョーカー。真菜は、中心にアメジスト(紫水晶)をあしらった銀細鎖のネックレス。それぞれに見合った一品だ。
「これ、ホントに少年が作ったのか!?」
「はぁ、まぁ」
瑞穂は、そのネックレスの精巧さと感性の良さに驚かされた。しかも作ったのが、自分より年下の男子高校生なら尚更だ。
「って事は、昨日少年の言ってた“秘密の趣味”とは・・・」
「はい。これです・・・ネックレス作りって、趣味としては女性っぽいから秘密にしてたんです」
「私は才能だと思うから、秘密にする必要はないって思ってたんだけど」
「まぁ、確かにこれは才能だ」
と、素直に廉の才能を褒めた瑞穂。
「初めて店に来てくれた時、男の子のお客さんだから珍しいなぁと思って。んで話しかけてみたら、ネックレスを趣味で作ってるって聞いたから、冗談で“私に似合いそうなネックレスを作って!”ってお願いしたのよ」
「で、これか・・・」
「スッゴく気に入ったの!」
「で、夏希の話を聞いて、私もお願いして作ってもらったんだ」
夏希の話に、真菜も相槌を打つ。
「成る程・・・だが」
いまいち腑に落ちない瑞穂は、隣に座る廉に目を配る。どことなくその表情は、小さい子供がおもちゃを取り上げられ、拗ねているような感じに見えた。
「夏希と真菜は少年からネックレスを作ってもらってるのに、私だけ持ってないのは、不公平じゃないか?」
「え?だって頼まれてないし・・・」
「少年、もちろん私に似合うネックレスを作ってくれるよな?」
ガシッと肩を掴まれた廉は、悪魔顔負けの裏のありそうな瑞穂の笑みに、
「ひ、ひゃい!」
と、声を震わせた