03:今日の夕飯は?
月島宅から徒歩10分、二人がたどり着いたのは一軒のスーパーマーケット。廉は食料の買い出しには、必ずこの店と決めているのだが、狩谷は初来店。辺りをキョロキョロと窺っている。
「夕飯は何が食べたいですか?」
「ん〜・・・肉、かな」
肉料理と言われても、色んな種類がある。トンカツ・すき焼き・ステーキ・・・etc。
「うん、焼き肉!焼き肉がいい!!」
“焼き肉って料理なんだろうか?”など考えながら精肉コーナーを物色。すると店員がコーナーの前で何かの準備をしている。
「あ、そうかっ!!!」
「ど、どうした?」
あまりに大きな声を出した廉に、少しビビる狩谷。そして気付いた。いつの間に群がった主婦達と、廉の表情に。
“少年の目付きが、変わった!?”
直感が、そう理解した。事実、廉の柔らかな表情は一変し、目付きはまるで獲物を仕留めにかかるハンターのように、鋭利に尖っていた。
「狩谷さん、霜降りと赤身のお肉、どちらがいいですか?」
「ど、どちらでも・・・好き、です」
廉の取り巻く空気に気圧されながらも返答する狩谷。“あ、危ないから下がってて下さいね”と付け加えた廉は、主婦連中のワキを摺り抜け、二つ列んだワゴンの間に陣取った。
ただならぬ雰囲気に後ずさる狩谷はその数分後、まるで戦場と化した精肉コーナーで、阿修羅の如き形相で肉を取り合う主婦達と、涼やかな表情でありながら、決して無駄のない動きで次々と肉を買い物カゴヘ入れる廉の姿を目撃することになる・・・。
3分後。
「こんなもんかな?」
と、廉はまずまずといった顔をしている。手には、およそ二人では食べきれない程の量の牛肉のパックが、ギッシリとカゴに詰め込まれていた。
「さてと・・・次は何を買いましょうか?」
ニッコリと笑みを浮かべた廉に対し、狩谷はというと・・・
「う、うーむ・・・」
“味方なら心強いが・・・敵に回したくないな”
と、少なからず恐怖を感じていた。
その後は適当に食料を物色し、何故だか甘い物を狩谷が廉にねだる、という図が展開。そんなわけで、大量のプリンを追加し、いざ精算。
「四千八百二十三円です!」
買い物カゴいっぱいに食料を詰め込んだはずなのに、値段は意外とリーズナブル。
「五千円からですね!」
にこやかな店員のスマイルをスルーした廉と、意外な安さにびっくりした狩谷。精算を済ませ、持参したエコバッグヘ慣れた手つきで商品を詰め込む廉を、狩谷は感心しつつ、眺めていた。
店を出た廉と狩谷が家に帰り着いた時、時刻は4時を過ぎていた。
「狩谷さん、夕飯は何時頃にしますか?」
商品を冷蔵庫に仕舞いながら、廉はそれとなく狩谷に尋ねる。
「ん、そうだな・・・7時頃でいい。それとだな・・・」
ソファで寛ぐ狩谷だが、先程から妙な違和感を感じていたのだ。
「狩谷さんと呼ばれるのは、他人行儀であまり好きじゃない・・・そうだな、瑞穂か瑞穂ちゃんと呼んでくれ」
「まさかの二択!?」
廉がツッコミ役として誕生した瞬間だった。
「んじゃ・・・“瑞穂さん”で」
「仕方ない、妥協してやろう」
口では納得していない狩谷・・・瑞穂だが、表情は先程よりも、随分と嬉しそうだった。
「じゃあ、俺の事は・・・」
「少年は“少年”だ。そのほうがしっくりくる」
呼び方を変えてもらえなかった為か、内心“理不尽じゃね?”と思う廉・・・いや、少年だった。