第2話:セピア色の記憶と、奇跡の再会
「――ヨータ、起きなさいー」
どこか懐かしい、透き通った声が耳元に届いた。 何十年も聞いていなかった、瑞々しく若い声。
俺が重い瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井だった。 病院の白い天井ではない。木目の模様が刻まれた、実家の俺の部屋の天井だ。
「もう、また目覚まし止めて二度寝してる。今日から高校三年生なんだから、初日から遅刻したらカッコ悪いよ?」
呆れ顔で俺を見下ろしていたのは、紺色のブレザー制服に身を包んだ、十七歳のリカだった。 皺ひとつない綺麗な肌、つやつやとした黒髪、そして健康的な赤みを帯びた唇。
「リ……カ……?」
「なにボサッとしてるの? ほら、早く着替えて下に降りてきて! おばさんの朝ご飯冷めちゃうから!」
プンプンと怒りながら部屋を出ていくリカの背中を、俺はただ呆然と見送った。
自分の手を見る。シミもシワもなく、張りがある若い男の手だ。
慌ててベッドから飛び起き、部屋の姿見に駆け寄る。そこに映っていたのは、白髪交じりの老人ではなく、制服を着た青くさい自分の姿だった。
ドタバタと階段を駆け下りると、キッチンには若々しい母さんが立っていた。
「あらヨータ、やっと起きたの。ごめんなさいねぇリカちゃん、いつもいつも起こしに来てもらっちゃって」
「いいえぇ、いつものことですから」
そう言って照れくさそうに笑うリカ。 壁のスケジュールカレンダーに目をやると、そこには『20XX年4月』と書かれていた。俺たちが十八歳になる、高校三年の春だ。
(夢……じゃない。本当に、過去に戻ってきたのか……!?)
食卓につき、まだ開かない目で食パンをかじる。テレビからは今朝のニュース番組が流れていた。画面の隅に表示されている日付も時間も、間違いなく俺が高校生だったあの頃のものだ。
あの病室で命を落としかけた時、神様が俺の必死の祈りを聞き届けてくれたのだろうか。残りの寿命と引き換えに、もう一度リカと出会うチャンスをくれたのだろうか。
「はい、ヨータ。相変わらず凄い寝癖」
ダイニングチェアの背もたれ越しに、リカが自然な手つきで俺の髪を整えてくれる。指先が頭皮に触れる感覚、ほのかに香るシャンプーの匂い。一回目の人生でも、毎朝こうしてリカに寝癖を直してもらっていた。
「……ありがとう、リカ」
「なによ改まって。ほら、早く食べて行くよ!」
二人で鞄を抱えて家を出る。春の柔らかい日差しと、心地よい風が俺たちの頬を撫でた。 隣を歩くリカの横顔を見つめながら、俺の胸は温かい感動で満たされていた。
ありがとう、神様。一生に一度のわがままを聞き入れてくれて。 俺はもう一度、リカと一緒に人生を歩むことができるんだ。




