「叶わぬ恋を抱くことほど、辛いものはないのだから」そう言って、白馬の王子様の元婚約者は悲しそうに微笑んだ
「ああ、別に気にしなくていいよ。私、もう貴方の恋人であることをやめるから」
「助けてもらったお礼に」と背中を押され、泊まった宿にて。食堂で朝食をとっていた私は、今日の予定を話し、申し訳なさそうな顔をする恋人……いや、もう別れるから元恋人か。元恋人であるネイトにそう言い放つ。すると、ネイトは言われたことが理解できない、と言わんばかりに唖然とする。そして、しばらくすると私の言った言葉の意味が分かったのだろう。不安そうに目を彷徨わせながら、震えた声で問いかけてきた。
「え、えっと、フィーラ。冗談、だよね?僕の恋人をやめるって、そんなの、嘘だよね?」
「冗談でも嘘でもない。その言葉通りの意味よ。私は貴方の恋人であることをやめる。それ以上も、それ以下もないわ」
淡々と冷めた口調で言えば、目の前にいる彼は目を見開き凍り付く。明らかにショックを受けた、と言わんばかりの顔だ。きっと、今まで彼が関わってきた女の子たちなら、どうしたんだと真っ先に駆け寄ってきて問いかけるんだろう。そして、その端正な顔をしている彼の頬に触れ、同情するのだろう。
でも、今の私は何も感じない。ただただ、心は凪いでいて、可哀想だとも思わない。当然だ、だって、私がネイトの恋人をやめるのは、そのネイト自身が作り上げてきた出来事がきっかけなのだから。本人にそんなつもりはなかったと言われても、たどり着いた結果がこれなのだから、どうしようもない。
塩の利いたスープの味が、何故かなんの味もしなかった
私、フィーラとネイトは同じ村で生まれた、歳の近い友達だった。
お人好しで困っている人を放っておけないネイトは、率先して喧嘩の仲裁や困りごとを解決するために奔走する男の子で。村一番の美少年、というのも相まって、村の皆には可愛がられていた。そんな彼の隣にいる私は、村では珍しく魔法が使える人間だった。と言っても、攻撃系の魔法ではなく、治癒や結界などといった後方支援を主にする魔法しか使えなかったわけだが。それでも、私はその魔法が使えてよかったと思えた。お人好しなネイトは、相手の困りごとを解決した後、傷だらけになることが珍しくなかったから。その傷を治すことが出来るのが、彼を手伝えることが、ネイトの傍にいれることが、幸せだった。
そして、お互いが十八という一区切りの歳を迎えた時、ネイトは真っ赤な顔をして、私の家にやって来た。少し前から育てていた藍色の花と、木で出来た指輪を持ちながら。
『フィーラ!!僕、ずっとフィーラのことが好きだったんだ!!どうか、僕と結婚前提のお付き合いをしてください!!』
頭を下げ、大きな声で口にした告白どころかすべてをすっ飛ばしてからのプロポーズ。後ろにいた父さんは唖然としていたし、母さんは「あらあら」と微笑ましげに見ていた。私はというと、言われたことが一瞬理解できず固まったが、少しの時間をかけてようやく言葉の意味が理解できた。と、同時に頬に集まる熱。「こんな大声で言うことじゃないでしょう」とか、「明日になったらとんでもないことになるわよ」と言いたかったが、真っ赤な顔をしてこちらを見てくるネイトを見ると、そう言う気も失せてしまって。その代わりに出てきたのは、そのプロポーズの返事。
『……こちらこそ、よろしくね、ネイト』
藍色の花と指輪を受け取り、その指輪を左手の薬指に通す。サイズはぴったりのようで、いつの間に指輪のサイズを測ったんだ、と言いたかったが、それもぱあ、と光を放つような笑顔で抱きしめられたため、言葉になることはなかった。
『幸せにするから、フィーラ!!』
小さな村であった、その村の人以外の人は知らない出来事。
それでも私は、その時は確かに幸せだったのだ。
それから、私とネイトは冒険者になることになった。
と言うのも、私たちの住んでいる村は本当に小さくて、お金を貯める手段がない。一応生活は出来るが、この先が怖いということで冒険者になって、依頼をこなしてお金を貯めようということになったのだ。
それに、どうやらネイトは戦いの才能があったらしい。めきめきと力を付け、時折縄張りを荒らしてくる魔物にも負けない強い人間になった。それどころか、自分よりもうんと大きい魔物にも負けなくなっていたのだ。まさに負けなし、と言うべきだろうか。
一方、私も私でただ指をくわえて見ているわけにはいかなかった。魔法の力をコントロールするのも上手くなるまで何度も繰り返し、それなりの実力を付けることが出来た。そんな私たちが慢心せずに力を発揮できれば、きっと依頼をこなせるはず。そう信じて、村の人たちに背中を押されて、私たちは冒険者ギルドのある都市へと向かった。
この決断が、私の心を擦り減らすことになるとは、想像もしていなかった
「そ、そんな、急に別れるって言われても納得できないよ!!理由を教えてよ!!」
ばん、と食堂のテーブルを叩くネイト。その音で周りにいる他の冒険者たちがなんだなんだとこちらに視線を向ける。そしてネイトの姿を確認し、私を見ると、恋愛関係の修羅場だと察したのだろう。好奇心を隠そうともしない表情で、目で、私たちを見る。それもそうだろう。無名の村人から、その勇者のごとき強大な力で国を困らせていた数々の魔物を倒し、沢山の人を助けた冒険者。颯爽と現れ、困っている人を助ける、まさに善人であり、物語に出てくる白馬の王子様のような存在。それがネイトなのだから。そんな彼の隣にいる私が恋人であることも、周知の事実。……だからこそ、私は苦しんだのだ。
そんな二人が、言い争っている。しかも別れる、別れないの話。気にするな、と言うほうが無理だろう。でも、この方が都合がいい。この話を聞いている人間の人数が多ければ多い程、ネイトと彼女たちから遠ざかることが出来るのだから。私も多少の醜聞の傷は負うが、今の環境に身を置き続けるくらいなら安いものだ。
(本当に、なんにも知らないんだね……)
ネイトはお人好しで困っている人を放っておけない性格で。本当に運が良いことに、周りには優しい人たちが集まる。ネイトに助けられた人たちは、彼に悪意を向けることはない。だから、ネイトは他人が抱く悪意に疎いし、人の善性を信じすぎているところがある。それは悪いことではない。人を信じるということは、生きるうえで難しいことなのだから。それを素直に、自然にできて、誰かを救うことが出来るネイトは、本当に勇者のようで。
だからこそ、私が周りからどんな目で見られているのかも、知らないのだ
「ねぇ、ネイト。私たち二人だけのパーティーも、ずいぶん人数が増えたよね。やれることもたくさん増えたし、依頼も二人でこなすには難しいものも、出来るようになった」
「う、うん……」
「みんな、とっても良い娘たちでさ。私たちの視界を広めてくれた。知らないことを教えてくれた。……恩返しだからって、対価も欲しがらずに」
私のこの言葉は、今のネイトにとっては「なんでそんなことを?」と首を傾げるものだろう。別れ話と理由には関係ないのでは、という顔をしているが、私にとってはこれが第一の理由なのだ。目の前の彼は何も知らないまま、私の心を擦り減らし、胃が痛む日々。向けられる妬みの視線と、積み重なる劣等感。周りの人たちの、好奇心と言う名の嘲笑。その全てが、苦しくて、息がし辛い。
「でもね、ネイト。貴方はちゃんとあの娘たちがネイトのことをどんな目で見ているか、気付くべきだったの」
脳裏に浮かぶのは、ネイトを見るあの娘たちの目。きらきらと輝いて、とろりと砂糖を溶かしたような、甘い感情を宿らせた瞳。対価はいらないと言いながらも、こっちを向いてほしいと暗に示していて。それを見る度に、苦い感情が私の胸の内を占めた。
冒険者になってからも、ネイトのお人好しっぷりは変わらなかった。困っている人を助けて、お礼を言う人に「気にしないでください」と笑うネイト。そんな彼が誇らしくて、かっこよくて。傷を負った人の傷を癒しながら、この先も手伝えればいいなと、ずっと隣にいれたらいいなと思っていた。左手の薬指に嵌められた指輪を見ながら、あの日のプロポーズの言葉を思い出して、温かい気持ちになって。ネイトも同じ気持ちだと嬉しくなった。
でも、指輪の誓いは、徐々に擦り切れていった
ある時から、ネイトが助ける人が女の子だけになった。強い魔物に襲われ、命の危機に瀕している人、ぼろぼろの格好で倒れている人。他にも、いろんなパターンがあったが、決まって女の子だけが困っていて、そんな彼女たちをネイトは助けた。どうしてそうなったのか、何故だかは分からない。もしかしたら、神様の気まぐれな悪戯だったのかもしれない。……とんでもなく悪趣味な悪戯だが。
そうして、助けられた女の子たちは訳アリの美少女で。騎士団を追い出された女騎士。居場所を失った聖女様。冤罪で王宮を追放された一流魔術師。他にも、いろんな境遇の女の子がいた。ただ、共通しているのは、辛い目に遭い、生きる気力を失っていて、行く場所がないという部分。
そんな女の子たちを、ネイトが放っておくはずがなかった。根気強く話し、悩みを聞きだし、今できる最大限の解決策を探る。もちろん私もその場にいたし、協力だってした。でも、主に動けるのは、そして解決できるのはネイトだけ。そして最終的には、女の子たちの心はネイトによって救われるのだ。……同時に、救われた女の子たちがネイトに恋をするのも、必然だった。
私とネイトのパーティーに入りたいと言った女の子たちを、ネイトは快く迎え入れた。私も最初の頃はネイトと同じように喜んだ。私の恋人であるネイトに好意を向けていることを知っていたから、少し複雑な気持ちはあったが、パーティーの人数が増えることは良いことだし、強い味方が一緒にいてくれるのは心強い。だから、一緒に頑張ろうと、迷惑をかけないようにしようと気合を入れた。
彼女たちからどんな目を向けられるのか、気付かないままで
ネイトに恋をした女の子たちはその恋を諦めるという選択肢を選ばなかった。当然だ。彼女たちは人生で一番苦しんでいる時に、颯爽と現れた王子様に助けられたのだから。さらに、その王子様は自分に寄り添い、抱えている悲しみを慰め、解決策を見つけてくれた。そのうえ、共にいることを許してくれたのだ。これで諦めるという選択肢を選べるわけがない。
だが、ネイトは女の子たちの好意に気付かない。彼は女の子たちが自分に恋をしているとは気付けない。だって、ネイトにはフィーラという将来を誓い合った女の子がいるのだから。彼が恋を抱き、それを向けているのは私にだけ。そこに割り込む隙間など、ありはしない。
言ってしまえば、釣り上げた魚に餌をやることをしない人間。それがネイトのやっていること。でも、恋を諦め切れない女の子たちはネイトに振り向いてもらおうと必死になる。それと同時に思ったのだ。「どうしてこんな子が、ネイトの恋人なの」と。
実際、私はどう頑張っても新しく仲間になった女の子たちより劣っている。女騎士のように武術が長けている訳でもないし、聖女のように優秀な癒しの魔法を使えるわけでもないし、一流魔術師のように魔力の容量が多い訳でもない。他の女の子たちのように長けている能力なんてない。言ってしまえば、その程度の存在なのだ。だからこそ、女の子たちは私が気に食わなかったのだろう。自分たちを助けてくれた白馬の王子様が、こんな劣っている女と恋人関係であることが。
そして、彼女たちの中で結論が出た。「今は無理でも、いつかネイトとフィーラが別れてくれれば、自分たちにもチャンスがある」と。誰が言うまでもなく、それが女の子たちの中で共通のものとなった。
表立って嫌がらせを受けることも、戦闘中のミスとして怪我をさせられるわけでもない。表面だけ見れば、パーティーは正常に動いているし、仲間割れが起きている訳でもない。ネイトがみんなを信じて、その信頼に応えるように頑張る。難しい依頼だってこなせるし、周りからの信頼も厚いパーティー。それが私のいる場所。
でも、女の子たちの私を見る目は冷たい。仲間を見る目ではなく「私の好きな人をたぶらかす気に食わない悪女」そんな目で見られる。妬ましい、どうしてお前があの人の隣なの。そんな言葉が、声はなくても伝わってくる。厄介なことに、女の子たちはその目をネイトと他の人の前では絶対にしない。ほんの一瞬だけ、私にしか気づかない時に、凍り付くような目を向ける。そして瞬きをすればその目に宿った感情は消えて、「どうしましたか、フィーラさん」と心配そうに見てくる。こっちの気が狂いそうだった。
そんなことをされているなら、素直にネイトや他の人に言えばいい。助けを求めればいいじゃないか。そう言う人もいるだろう。だが、考えてほしい。ネイトは女の子たちを信頼しきっている、他人の悪意に疎い、人の善性を信じている男の子。そんな人が素直に私の言うことを信じてくれるだろうか。きっと「何か行き違いとか、誤解があったんだよ。話し合えば解決するから」と余計に拗れることをする。長年隣にいた恋人の私が、そうなることを一番分かっている。
じゃあ他の人たちに話せばいいとなるかもしれないが、そう簡単に上手くいくはずがない。パーティーの中でも優秀で、ネイトに健気に尽くす女の子たち。そんな彼女たちを悪く言う私がどんな目で見られるか。「健気に頑張っている女の子たちを妬む、心の狭い恋人」という目で見られるだろう。結局のところ、私にこの現状を吐き出せる場所はない。話せる人だって、いない。
それでも、私はネイトのことが好きだった。
ネイトと話すのも、一緒に依頼を受けてこなすのも、幸せだった。今、こんなに苦しくても、ネイトは私と将来を誓い合った仲なのだから、彼は私を選んでくれる。そして結婚すれば、流石に女の子たちも諦めるだろうと、この苦しみからも解放されると、信じていた。
そう、今、この時までは
「恋をした人は、その相手に同じ想いを返してほしいと、そう思うのは当たり前で、罪じゃない。だから、あの女の子たちも悪くない。でもね、それで私が苦しんでいい理由にはならないよね?」
「え、だって、僕はフィーラの恋人で、他の人を好きになるとか、そんな」
「うん、ネイトのその考えは間違いじゃないし、普通のことだよ。でも、恋っていうのは理性で制御できるものじゃない。そう簡単に恋を諦めることが出来るなら、愛を失うことが出来るなら、私も、こんな選択をすることは無かっただろうから」
私の中にあった恋も、愛も、確かに存在していた。それら全てはネイトに向けられていて、彼も同じように返してくれている。そう思っていた。信じていた。そしていつか、同じ色の指輪を交換して、結婚式を挙げる。その未来を、楽しみにしていた。
でも、気付いてしまったのだ。いつの間にか生まれてしまった綻びに。温度の違った熱に。それはもう、気付かないふりは出来なくて。この手は、ネイトの手を掴めない。
左手の薬指に指輪を付けなくなった、この手では
「……ネイト、私の左手に指輪が着いてないの、やっぱり気付かなかったね」
「え、あ、」
私の言葉に、ネイトが目を見開く。彼の視線は私の左手に向けられていて。そこでようやく自分が贈った木の指輪が嵌められていないことに気付いたようだ。……二人きりのパーティーの頃は、毎朝壊れていないか、サイズはきつくないかといつも確認してくれた。二人だけの神聖な儀式のようで。そして「いつかちゃんとした指輪を贈るから」と言ってくれたネイトの言葉が嬉しくて、その時をずっと楽しみにしていた。
その時間が、神聖な儀式が無くなったのは、いつからだっただろうか。パーティーの人数が増えていくにつれて二人きりの時間は無くなって、代わりにネイトが他の女の子たちと接する時間が増えて。ネイトに下心はないし、恋心もない。ただ、女の子たちの相談に乗っているだけ。でも、自分の恋人が他の可愛い女の子たちと過ごすのを良く思えるはずがない。だが、それを口にしてしまえば、私は心の狭い恋人と思われてしまう。だから、口を閉ざす。臆病者の私は、物分かりの良い恋人でいたかったから。自分の中にある恋が、愛が、擦り減っていくのに気づかないふりをして。
「それに、今日が何の日か、本当に思い出せないんだね」
「今日……今日って……あ、」
「そうだよ。二年前の今日、ネイトが私に将来を誓ってくれた。でも、私から言わないと気付かなかったってことは、もうネイトの中ではその程度の出来事ってことよね?」
「そんなことない!!僕はフィーラのことが好きだ!!」
「その大事な日に他の女の子と過ごすことを選んだ人の言葉を、どうやって信じろっていうの?」
あの言葉を聞くまで、ネイトが私を選んでくれることを信じていた。
お互いの将来を誓い合った日。私にとっては大事な、忘れられない日。だから、ネイトも覚えてくれていることを信じていた。変わらない思いを抱いてくれているのだと。今日のために貯めていたお金を使って、二人きりで美味しいご飯を一緒に食べようと、楽しみにしていた。今日くらいは、『フィーラの恋人のネイト』になってくれると、他の女の子を見ないでと言っても許されるはずだと。
だから、朝、この食堂でそれを話そうとして
『ごめん、フィーラ。昨日助けた女の子、いただろう?この宿に泊まらせてくれた子。あの子が相談したいことがあるってことで、その相談に付き合おうと思ってる。だから、今日は別行動ってことで頼んでいい?』
その想いは、木っ端微塵に砕かれた。
それと同時に、私の中にあったネイトへの恋も、愛も、擦り切れてしまった。
「ネイト、貴方のそのお人好しは、善性は、間違いじゃない。貴方の行動で救われた人は沢山いるし、讃えられるべきだと思ってる」
でもね、と言葉を区切る。
ずっとずっと言いたかったこと。この胸の内にあった澱みのような、醜い本音。でも、もう取り繕うことにも、我慢する事にも疲れてしまった。だから、吐き出そう。もう私は、目の前の彼を愛することが出来なくなってしまったから。誓いの言葉はもう、意味はない。
「その助けの手は、行動は、恋人である私の優先順位を下にしても、やりたいことだったの?」
ネイトにそんなつもりはない。私のことを愛してくれるのは変わっていないのだろう。でも、無意識下で『恋人のフィーラ』という存在は、彼の中で『誰かを助ける』という優先順位の下になってしまった。無意識だからこそ、誤魔化すことのできない真実。その事実に気付いてしまってもなお、ネイトを愛することが出来ると言えるほど、私は鈍感にも、気高い人間にもなれない。だから、きっと私は最初からネイトの恋人に相応しくなかったのだろう。この立ち位置は、あのネイトに恋をする女の子たちに譲ろう。きっと喜んでくれるはずだ。
目の前にいるネイトの顔色は真っ青で、凍り付いている。少し前の私なら駆け寄って大丈夫かと心配していただろうが、今の私にその資格はない。す、とポケットに入っていたそれを手に取り、ネイトに無理やり握らせる。渡したそれの感触に、大きさに、察しが付いたのだろう。はくはくと口を開閉させるネイトだが、その姿を見ても、私の心は凪いだままだった。ずっと大事な物を手放したのに、ちっとも心は揺れてくれない。
「安心して。私はもうネイトにも、あの女の子たちにも関わらないから」
「ふぃ、フィーラ、」
「これからは、一人でのんびりやっていくわ。幸い、今まで貯めたお金と薬草採取とかでなんとかなりそうだし」
「ま、まって、ぼくをおいていかないで、」
「じゃあね、ネイト。怪我とかには気を付けなさいよ」
席を立ち、万が一のためにとまとめておいた荷物を持って、その場から立ち去る。この宿から出れば、私はネイトと関わることは無い。ああ、そうだ。最後に役に立つアドバイスくらいはしてあげなきゃ。くるりと振り返り、私は口を開いた。
「ネイト、女の子たちのこと、しっかり見てあげなさい」
「叶わぬ恋を抱くことほど、辛いものはないのだから」
出来ることなら、次にネイトの恋人になった人が、私のような目に遭わないことを祈ろう。それくらいしか、私に出来ることはない。がちゃり、と宿の扉を開け、ぐっと伸びをする。
見上げた太陽は、さんさんと輝いていた
よく見かける「チートを持った主人公が困ってる美少女たちを助けて無自覚にハーレムを作る」って展開ですが、助ける相手が優秀な美少女だけなのって違和感が半端ない&そんな主人公に元から恋人がいたら修羅場不可避だろうなと思いながら書きました。
恋愛感情なしだとしても、ハーレムを無自覚で作る主人公の恋人であり続けるのって、相当きついと思います。
あとせっかくなので、楓本が書いた前の作品もどうぞ
気に入っていただけると幸いです↓
『「どれだけ顔の良い幼馴染みだったとしても両想いになれるとは限らないし、ツンデレなんて性格も相手にデレが伝わってなければ、ただの性格の悪いクズ野郎にしか思えないから」そう少女は吐き捨てた(https://ncode.syosetu.com/n6070mf/)』




