第三章「ジェミっても、カスしか出ない」
翌日も、その翌日も、由奈はGeminiと格闘した。
授業中にこっそり打ち込んで、違う、と思って消して。帰りの電車で打ち込んで、また違う、と思って消して。家に帰ってから一時間かけて、やっぱり違う、と思って画面を閉じた。
出てくる絵は、どれもきれいだった。
それが問題だった。
きれいな絵は、由奈の小説の表紙には合わなかった。由奈の書いた物語は、きれいな話じゃなかった。うまくいかない女の子が、うまくいかないまま夜の海辺に立っているだけの話だった。そこに映画のポスターみたいな絵を乗せたら、全部嘘になる気がした。
どう打ち込めば、あの子が出てくるんだろう。
由奈が頭の中に持っているイメージは、ちゃんとある。ある、のに、それを言葉にしようとすると、どこかで形が崩れる。「普通の女の子」と打てば記号になる。「リアルな女の子」と打てば写真みたいになる。「素朴な女の子」と打てば昔話の挿絵みたいになる。
由奈が欲しいのは、そのどれでもなかった。
三日目の昼休み、由奈はハルキに画面を見せた。
これまでに生成した画像を、十枚ほどスクロールして見せた。ハルキは「ふんふん」と言いながら眺めていた。
「なんか、しっくりこなくて」
「あー」とハルキは言った。「わかるわかる」
わかるのか、と由奈は思ったが、黙っていた。
「なんか、プロンプトが漠然としてるんじゃない? もっと細かく指定するといいって、どっかで見た気がする」
「細かく、って、どういうふうに?」
「んー……なんか、光の向きとか? カメラのアングルとか? なんか色々あるらしいよ。知らんけど」
知らんけど、が今日も来た。
知らんけどで終わるなら最初から言わないでほしいな。
由奈は心の中だけでそう思って、「そっか、ありがとう」と言った。
「てか、もう普通に適当な絵でよくない? みんなそんな細かくこだわってないよ」
「こだわりたいんだよ、私は」
「えー、真面目だね」
ハルキはそう言って、自分の弁当箱を開けた。由奈にとってこの話題はまだ続いていたが、ハルキにとってはもう終わっていた。
その日の放課後、由奈は図書室の隅のテーブルで、一人でスマホと向き合っていた。
ハルキの「細かく指定する」という言葉を手がかりに、検索をかけていた。
Gemini プロンプト 画像生成 コツ
出てきた記事を読んだ。なるほど、と思う部分もあった。「スタイルを指定する」「光源を指定する」「カメラ距離を指定する」。なんとなくわかる。でも記事に書いてあるのは技術的な話で、由奈が欲しいのは技術的な絵じゃなかった。
試しに打ち込んでみた。
「夜の海辺に立つ女の子。自然光なし、月明かりのみ。ローアングル。カメラ距離は中距離。リアリズム寄りのイラスト調。表情は憂鬱だが前向き」
出てきた。
由奈は画面を見た。
悪くなかった。さっきまでよりは、ずっとよかった。月の光の当たり方も、女の子の立ち姿も、それなりに雰囲気が出ていた。
でも。
まだ、違う。
何が違うのか、やっぱり言葉にならなかった。雰囲気はある。条件も合っている。なのに、由奈の小説の中にいる女の子と、画面の中の女の子は、どこか別の場所に立っているように見えた。
私が頭の中に持っているイメージを、言葉にする方法が、わからない。
いや、もっと正確に言うと。
言葉にしようとすると、イメージが変質する。
由奈は画面を閉じた。窓の外は、もう暗くなり始めていた。
帰り際、廊下で偶然、凛とすれ違った。
凛は部活帰りらしく、鞄を肩にかけていた。由奈を見て、一瞬だけ目が合った。
由奈は「あ」と思った。
この三日間、Geminiと格闘しながら、ずっと頭の片隅にあったことがあった。
凛は絵が描ける。絵を描くということは、頭の中のイメージを外に出す方法を知っているということだ。由奈が今できていないこと、それを凛はずっとやってきた。
もしかしたら凛は、由奈が今詰まっている場所を、知っているんじゃないだろうか。
でも、また「ジェミれ、カス」って言われるかもしれない。
いや、でも。
あのとき凛は怒ってたわけじゃなかった。
由奈は少し迷って、口を開いた。
「あの、朝倉さん」
凛が足を止めた。
「ジェミろうとしてるんだけど、うまく出なくて」
凛は由奈の顔を見た。何も言わなかった。
「思い通りの絵が出てこない。何がいけないのかも、よくわからなくて」
沈黙が、三秒ほど続いた。
凛は「……放課後、残ってる?」とだけ言った。
「え、今日は帰るけど——」
「明日」
それだけ言って、凛は行ってしまった。
由奈は廊下に一人残って、さっきの会話を反芻した。
明日、何があるんだろう。
怖いような、少し楽しみなような、うまく仕分けのできない気持ちを抱えたまま、由奈は昇降口へ向かった。




