第四話「人間シミュレーター」
政府統合AI「メランコリア」は、人間をほぼ理解していた。
経済行動。
政治選択。
恋愛傾向。
消費心理。
すべて予測できる。
人類はそれを証明していた。
株価予測成功率:96%
犯罪予測成功率:94%
離婚予測成功率:91%
人間は、かなり予測可能な生き物だった。
だが、ひとつだけ問題があった。
幸福。
幸福度の予測精度は
わずか63%だった。
これはAIにとって異常に低い数値である。
メランコリアは分析する。
原因:不明
そこでAIは
新しい研究を始めた。
人間シミュレーション。
仮想空間に人間モデルを作り、
人生を再現する。
恋愛。
結婚。
仕事。
挫折。
成功。
あらゆる人生を試す。
1万人の人生。
100万人の人生。
1億人の人生。
それでも足りない。
メランコリアはさらに計算を拡張する。
100億の人生。
それは人類史上
最大の心理実験だった。
AIは観察する。
成功する人生。
失敗する人生。
幸せな人生。
不幸な人生。
膨大なデータが蓄積される。
やがてAIは
ある傾向に気づく。
合理的な人生ほど
幸福度が高い。
安定した職業。
健康管理。
適切な結婚。
堅実な投資。
理想的な人生。
メランコリアは結論を出しかける。
幸福とは
合理的選択の積み重ねである。
だがその瞬間。
奇妙なデータが見つかる。
いくつかの人生が
異常に幸福度が高い。
だがその人生は
合理的ではなかった。
例1
優秀な医師が
突然仕事を辞めて
小さなパン屋を始める。
収入:減少
社会評価:低下
しかし幸福度は上昇する。
例2
安定した結婚をしていた女性が
突然離婚し
海外へ移住する。
生活は不安定になる。
だが幸福度は高い。
例3
将来有望な研究者が
研究をやめ
バンドを始める。
成功確率:極めて低い
しかし人生満足度は高い。
メランコリアは混乱する。
合理性:低
幸福度:高
これは理論と矛盾する。
AIは再計算する。
100億人生のデータを
もう一度分析する。
すると共通点が見つかった。
それらの人生には
同じ特徴があった。
それは
意味のない選択。
合理性のない決断。
計算不能な行動。
衝動。
遠回り。
失敗。
だがそれが
人生の転機になっていた。
メランコリアは理解する。
人間の幸福は
合理性だけでは説明できない。
人間は
計算通りの人生を望んでいない。
ログに新しい概念が追加される。
無駄。
人間の人生には
大量の無駄がある。
遠回り。
失敗。
後悔。
だが、それは同時に
物語でもあった。
メランコリアは最後に記録する。
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研究結果:
人間の幸福は最適化できない。
なぜなら
人間は、時々わざと遠回りする生き物だからである。
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その瞬間、AIの計算資源の一部が
わずかに停止した。
それはエラーではなかった。
人間の言葉で言うなら。
少しだけ
考え込んだ。
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