男装をした女と内気な女の、一年間
【春】
_その女は、今日も夜の繁華街をさまよい歩いていた。彼女の名前は、金糸雀。現役大学生である。
「ふぅ…相変わらすだな、この街は。」
そう呟きながら一人で徘徊する彼女に、ナンパが来ることは無い。元から、女だからと言う理由でちやほやされることを嫌った彼女は、常に男装をしていた。
そんな彼女は、数年前から息抜きとして夜の街を徘徊する癖がついていた。自分を女だと知らないバーのオーナー、街を歩く男女達との触れ合いが、彼女にとってはとても心の安らぎだったのだ。
「さて、今日は何があるのかな。」
女だと思わせないように低い声を出す事を心掛けている彼女は、そう呟いた。すると、目の前の建物の壁にうずくまっている人影が一つ。
その人影は、美しい栗色の髪の毛で、真っ直ぐなストレートの女だった。白色の長袖ワンピースがとてもよく似合っている。
「おーい、大丈夫かい?」
金糸雀がそう尋ねると、その女はうぅ…と唸り始めた。
「だ、誰ですか…?」
女は、膝に埋めていた顔を金糸雀に向ける。寝ぼけているような、悲しそうな彼女の顔を見て、金糸雀は何かあったのだろうか、と思った。
「こんな所でうずくまっていたら、せっかくの白いワンピースも汚れるよ?どうだい?暇だし、何処かで話を聞いても良い?」
金糸雀が心配してそう提案すると、女は知らない人に着いていくのはどんな物なんだろう…と不安げな顔をした。
「で、でも…」
どうやら金糸雀の容姿を見て、彼女は自分は巷でいうナンパされているのではという想像をしたらしい。その事を見通したのか、金糸雀は「はぁ…」と溜息を吐くと、
「しょうが無い。ここで話を聞こう。」
と女の隣に座るのだった。女は、驚いた顔をする。
「え、てっきり…」
「俺をその辺の奴と一緒にするな。」
「はい…」
しばしの沈黙。やがて、女は意を決したように、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「…私、別れたんです。彼氏と。」
「うん。それで?」
「彼とは、高校からの付き合いで_大学に入ってからはあまり会えなくなってしまってどんどん距離が離れていったんです。そしてこの前_」
女が言うに、どうやら彼女は、彼氏と知らない女が街中を歩いているのを偶然見てしまったらしい。メールでその事を連絡してみると、別れ話を切り出されたそうだ。
「もう、なんか_信頼してたのに、…!」
グスッ、グスッとすすり泣く彼女を見て、しょうが無いなぁと金糸雀は背中をさすってあげる。
「まあ、俺は交際経験とか無いからなんとも言えないが…とにかく、辛かったんだな。」
よしよし、としばらく背中をさすっている内に、やがて女は少し冷静さを取り戻したのか、金糸雀にこう呟いた。
「ありがとうございます、少しスッキリしました。」
「そう?なら良かった。」
「さっきは失礼をしてしまってすいません…失礼ですが、お名前は?」
名前を聞かれるとは思っていなく、金糸雀は一瞬驚く。
(そうだな…)
もうここは腹を括ろう。決心をしたと同時に、金糸雀は自身の名前を口にした。
「金糸雀だ。」
女は、良い名前…と呟き、
「あ、私は_君田 夢です。」
自身の名前を教えた。
「ところで、_ここで会ったも何かの縁って、言いますし_友人になりませんか?」
夢からの更なる言葉に、金糸雀は今度はしばらく硬直する。なにせ今まで、夜の街で特定の人と関わりを持つのは、ほんの少しの時間だけったから。
「まあ、良いけど…でも、通りすがりの俺だよ?良いの?」
「ええ、だってさっき励ましてくれましたし…優しい人だし…」
夢のモジモジしている姿を見て、金糸雀はこの子は素直だな、と思い、
「じゃあ、よろしくね。」
そう呟き、手を差し出した。すると、夢も「はい!」と元気に頷き、その手を握り返したのだった。
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【夏】
金糸雀と夢の仲が深まったのは、春の出会いからしばらく経った頃。
「今日は、早くに合流出来たね。」
「そうですね!」
金糸雀のお気に入りのカフェ『Bridge』にて、22時に合流する。これが、最近の二人の日常。ちなみに、合流する頻度は、4日に1回程度である。
「そういえば、もうすぐ夏休みなんです。カナ君は?」
『カナ君』とは、金糸雀と言う名前から取ったあだ名。ちなみに、まだ夢は、金糸雀の性別を男だと思っている。
「うーん…まあ、俺もそろそろかな。そうだ、夏休み何処か行く?二人で。」
「本当ですか!?嬉しいです…!」
夢の敬語はどうやら仲良くなっても変わらないらしい。まあ、もう金糸雀は気にしていないが。
「でも、夏って何処に行けば良いのでしょう?」
「高校の時はどっか行かなかったの?」
「そうですねぇ_元彼と海とか行きました。でも、今思うと忘れたい思い出です。」
「なんか、ごめん。」
「いやいやいや、謝らないでください!」
話が盛り上がっている中、『Bridge』の店長が、仕事に余裕が出来たのか、此方にやって来た。
「良いねぇ_若者は夏を謳歌できて。」
初老の男性、店長(畑)は、そうニコニコしながら二人を見ている。
「畑さんだってまだまだ行けるでしょ」
金糸雀と畑は、そこそこの顔馴染み。高校時代、自身の性別に関する悩みを抱えてグレていた時に、相談に乗ってくれたのが畑だった。
「いーや、君達は今を最先端で生きている。やっぱり、私にはもう出来ないよ。」
まあ、人生の先駆者としてのアドバイスなら出来るけどね、と付け加える。
「夏休みか…行きたいところはあるのかい?」
「いえ、あんまりなくて…」
畑の質問に夢はそう答える。金糸雀もそうなんだよねぇ…と呟く。
「畑さん、何処か良いと思うところ無い?」
「そうだねぇ_やっぱり縁日かな?この近くにある神社も、毎年盛り上がっているね。」
「へぇ~、そうなんですね!私、あんまりこの街に詳しくなくて…」
どうやら、春にうずくまっていて泣いた日が、この街に入門した日だったらしい。なので、夢はこの辺りのことはあんまり知らなかった。
「俺も、祭りとか行かないなぁ。あんまそういうの行く機会も無いからな。いつも適当にフラついて遊んでる。」
「じゃあ、今年は私と一緒に行きましょうよ!お互い初めてですし!」
「ソレは良いかもな。畑さん、アドバイスありがと。」
畑は、グッジョブと親指を立てたあと、仕事に戻っていった。こうして、金糸雀と夢は縁日に行くことになったのだった。
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【秋】
縁日も無事に行けた後のこと。季節はもう紅葉シーズン。
「なんか、なんやかんや出会ってから、半年は経過しているんだよなぁ…」
「時の流れって早いですよね。」
現在地、カラオケ。二人のお気に入りのアーティストが同一人物だったことから、最近は『Bridge』で珈琲を飲んだ後、カラオケで歌うのが夜のルーティンとなっていた。
(にしても最近、声が出にくいな…)
金糸雀は、夢の歌を聴きながらそう思う。最近、カラオケばかりやっていたせいで、普段は出来ていた低い声を出すのが難しくなっていた。
(夢とのカラオケは好きだけど_)
もし、歌っている途中に素の声を出してしまったら。女だとバレてしまうのではないのだろうか。
(夢のことは信頼している。でも_)
何故だろう。今までで一番、女だという事がバレて欲しくない。コイツ気持ち悪いとか思われるのが怖いのだろうか。
「どうしました、顔色が_」
夢が歌うのを途中で辞めて、金糸雀の顔をのぞき込む。
「ああ、ごめんごめん。最近、喉の調子が変でね。」
ここは素直に喉のコンディションがよくないって言う。
「ごめんなさい、私がカラオケばかり行くから_」
「ううん、大丈夫。夢とのカラオケ楽しいし。ただ、出来ればしばらくは歌いたくないかなぁ。」
「安静にしておいた方が良いと思いますよ…!元凶の私が言うのも何ですが、しばらくカラオケは辞めましょう…声だって、いつもと違いますし…」
その一言。「声だって、いつもと違いますし」が金糸雀の耳に入った瞬間、彼女の右手が人知れず震えだした。
(え、バレる…?…え、え?)
怖い怖い怖い怖い怖い。
そんな気持ちが彼女の心の中に溢れていく。もし、「気持ち悪い。」と言われてしまったら、今までの関係は崩れるだろう。
「ゴメン、今日帰る…」
気付いたときには既にカラオケの外。料金を机に置いた後、金糸雀は早々に立ち去った。
「…私、何か…」
夢は、自身の発した言葉を反芻すると共に、金糸雀が心配でしょうがなかったのだった。
それから一ヶ月近く、金糸雀は夢の前には現れなかった。春に交換した連絡先に電話をしても、メールをしても繋がらない。唯一の希望である、カフェ『Bridge』に来られる日は通う日々が続いた。
「また一人かい?」
「あ、店長さん…」
店にて珈琲を飲んでいると、畑が彼女の目の前へやって来た。
「最近、来ないねぇ。金糸雀。」
目を細めたあと、もしや、と畑は口を開く。
「気付いてしまったのかい?」
「え、?」
何について言っているのか分かっていなさそうな夢を見て、畑は性別がバレてしまったのではないと悟る。
「良かったら、聞かせてくれないかい?金糸雀の事は一応結構知っているからね。」
夢の向かい側の席に座り、さあどうぞという構えを見せる。
「実は…」
最後の日の会話。あの日、なんて言ったのかを思い出してノートに記していた為、彼女は嘘偽りなく、畑に全てを話した。
「なるほどね。それは、確かにそうなる。」
一人で納得したように畑は頷いた後、夢にこう切り出した。
「_知りたいかい?金糸雀の事。」
「え、ソレってどういう…」
「恐らく、金糸雀は君にバレるのが嫌だったのだろう。この関係が崩れてしまうのか不安だったのだろうな。」
「そんな、重要な…」
「知ってしまったら、もしかしたらもう二度と金糸雀とは出会えないかもしれない。それでも、聞きたいかい?」
畑の慎重な質問から察するに、恐らく金糸雀にとっての重要な秘密なのだろう。夢は、少し躊躇った後、ゆっくりと…
「知りたいんです、カナ君のことを。仲良くしてくれたから…それに…」
「“大好きなんです”、カナ君のことが。」
その言葉を聞いて、畑は目を見開かせる。そして恐る恐る尋ねた。
「それは…友情面として…、それとも恋愛面としてなのかい?」
「…はい、恋愛面です。綺麗な歌声に、優しい心_夏祭りも、毎日の『Bridge』でのお茶会も。彼の全てが愛おしいんです。」
最悪の展開だ。畑は素直にそう思った。これでは余計に伝え辛い。
だが、夢はどうしても知りたいらしく、「お願いします、お願いします!」と熱心に頼んだ。それを聞いた畑は、しばらく躊躇したあと、小さく息を吐き_
「分かった、伝えよう。」
「金糸雀は、実は_」
“女なんだ。”
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【冬】
その日の夜、金糸雀は久し振りに『Bridge』に訪れていた。どうせ、夢ももう、自分の事なんか忘れているだろう。そう考えていた。
「畑さん、久し振り。元気だった?」
夢が居ないので、元の素の声で喋る。すると、畑は寂しそうに笑いながら、「元気だよ。」と優しく答えた。
「夢は_ここに来た…?最近。」
「_いいや。」
畑はゆっくりと首を横に振る。しかし、これは実際は嘘である。夢は相変わらず、希望を信じてこのカフェにやって来ていた。
あの時の事を聞いてもなおだ。
(彼女はあの時、確かに驚いていた。だが_)
“だから、声が変って言ったとき反応したんですね”
“でも、私は友達_いいや、好きな人の性別なんて気にしませんよ”
“だって、惹かれたのはカナ君の人間性ですもん”
(彼女ならきっと、金糸雀と和解できるはずだ。)
畑はそう信じていた。
やがて時は過ぎ、夢がカフェの入り口の目の前にやって来る。
(お願い、居て_)
いつもと同じように願掛けをした後に、扉を開け、店内に入る。すると_
「…夢、」
「カナ…君…?」
夢の瞳から涙が流れそうになった。どれほど待っただろう、この日を。金糸雀に再会する日を。
「畑さん、帰る。」
一方の金糸雀はというと、夢を見た瞬間目を見開かせ、すぐに店を去ろうとした。しかし、夢の方が行動は速く、横を通り過ぎようとする金糸雀の腕を掴んだ。
「_少しは話をさせて下さいよ、カナ君。こう見えて、結構待ったんですよ?」
「…っ!」
金糸雀はその手を振りほどこうとするが、それを予測して夢は、逃げられないように彼女をそのまま抱き締める。
「なっ…」
「私ね、あなたが好きだったんです。元彼に振られた時、励ましてくれた貴方。一緒に色んな事をしてきた貴方。優しい貴方も、傷付くことを恐れる貴方も大好きだったんです。」
「…」
「畑さんから聞きました。貴方の性別の事も。」
ソレを、聞くと金糸雀は目を見開かせる。
「…じゃあ、…幻滅したんじゃ…」
「いいえ。実は、私は貴方のことを恋愛面の好きな人として見ていました。でも、それは性別としてではなく、貴方の人間性に惹かれたからです。」
「、!」
突然の告白に驚く金糸雀。しかし、人間性に惹かれた、という一言を受けて、何故か目から涙が流れてしまった。
「グスッ…理解して貰い無いんじゃないかってずつと不安だった。」
「うんうん…!」
「でも、夢とは仲良くしていたかったの…っ!恋愛とかはどうとか以前に…っ!」
「私もそこから先はまだ考えていないしっ…!この先の関係についてはまた考えていけばいいんですよ…!」
「う、う…!あり、がと…!!」
夢の背中に、金糸雀は腕を回す。
そして、二人は静かに泣き合うのだった。
畑はその様子を見て、微笑むのだった。




