表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

第6話_忙しい時のパワー飯が私を作る

私は正直、少しだけ限界だった。

頑張った企画で、何度も修正して時間もかけた。


でも……

「全部最初からやりなおし」

タレント本人が気に入らなかった。

——最悪お蔵入り、理由は曖昧。

でも結果はくつがえらない。


ソファの上に重なった外出着と郵便物を見て、ため息をつく。

明日になれば宗谷くんが来る、部屋を……掃除しておかなくちゃ。


——翌日の朝食。

私は久しぶりに料理を失敗した。

全部どこか上の空で、包丁で指を切りそうにもなった。


出来上がったのは食感のない、なんとも言えない一皿。

水ゆでパスタでもちもち食感を目指したのに、水に漬け過ぎてふやけてしまった。

それに味も薄い……

でも、塩を足しても、旨味を足しても、どうにも決まらない。

焦る気持ちだけが空回りする。


いつも通りの時間にやって来た宗谷くんに、私は皿を前にして言ってしまった。


「……ごめんね、失敗しちゃった。

 食べなくて…いいよ」

逃げるみたいに付け足す。

宗谷くんは変わらぬ表情で、黙ってフォークを取った。


一口。

もぐもぐ……


私は見ていられなくて、シンクにたまった汚れ物を洗いにかかった。

そのとき、

「それでもさ」

宗谷くんが口いっぱいにパスタを頬張りながら言った。


「柚子のごはんが一番うれしい」


……え?

思わず顔を上げる。

宗谷くんは無理に笑うみたいに、でも真剣な目で続けた。


「小さい頃」

手を止めずに、ぽつり。

「今日は、ごはんあるかなって、ずっと思ってた」


……え?


私は何も言えなかった。

「だから」

宗谷くんは立ち上がり、コンロに近づく。

フライパンから残りのパスタを皿に取り、立ったままもう一口。

「ほんとは、味がどうとかじゃなくて」


もぐもぐ。


「誰かが作ってくれたってだけで……うれしい」


その瞬間。

胸の奥で何かがはじけた。

私は、考える前に宗谷くんを抱きしめていた。


力いっぱいじゃない。

——守りたい。

——支えたい。

推しへの気持ちが爆発して、自分が壊れそうだ。


でも気付いてる。

これ。

……ほんとの、ガチ恋だ。


宗谷くんは少し驚いて、それからそっと力を抜いた。

「これじゃ食べられないよ」

ふんわりと笑いながら、嫌味にならない仕草で私の腕を解く。

残りを全部たいらげると、いつもの調子で帰って行った。


私……

恥ずかしさより、自分の行動が信じられない……

ガチ恋勢とは距離を置いてたはずなのに。


宗谷くん、びっくりしたよね。

気持ち悪い……とか思われたかも。

もう、来てくれないかもしれない……


そんな考えが頭をめぐって、その後は全く仕事が手に着かなかった。

……正念場なのに、一体私は何をしてるのか。


§


けれど、その日はもう一度インターホンが鳴った。

夜10時を少し回ったあたり、リライトの解決口が見つからないまま、悶々としていた最中。


ドアを開けると、宗谷くんが片手に袋を提げて立っている。

コンビニの白い袋と、もう一つは雑誌でよく見る都内の洋菓子店。

安普請のアパートの手すりでも、めっちゃ絵になる。

ナニコレ。国宝か。


「今、帰りなんだけど。差入れ」

そう言って、当然のように靴を脱ぐ。


「……え?」

やばい、仕事煮詰まっているの、いつの間に気付かれていたのか。

次いで気付く、

もっとやばい、今の私の格好、スエット上下で唇もカサカサ。

ちょっと人目に見せられない状況。

というか、部屋も……!


しかし、気付いた時には宗谷くんはいつものように入り込み、持って来た物をカウンターの上に並べはじめた。

コンビニ袋からは、雑穀おにぎり、ベビーリーフサラダ、ローストチキン、ラムネのお菓子、水2リットル。

買い忘れなのか、カロリーを考えてのことなのか、別売りの小分けドレッシングは入っていない。

紙袋からは、作業中でも食べやすい、ドライフルーツとナッツを閉じ込めたチョコレートバー。

以前、宗谷くんがスタッフへの差し入れにしてるって、界隈で話題になってたやつだ。


……これ、ちゃんと考えて選んでる。

がんばる人のパワー飯だ。

あまりの予期せぬ出来事に、胸がしめつけられる。


「……例の本さ」

宗谷くんが、椅子に腰掛けながら言う。

「まだ直し中?」

私は一瞬、グラスを出す手を止めてから頷いた。

「うん。タレントさん側が気に入らないみたいで」


正直に言うと、結構きつかった。

多分、あのタレントに、考えなんて無いに違いない。

言葉を選びながら、でも愚痴は言いたくないので、その先が続かない。


「その人さ」

宗谷くんが、ペットボトルの蓋を回しながら言う。

「……あ、俺、たまにテレビか出させてもらってるんだけど」

もちろん、知ってます。

……とは言わず、軽くうなずく。

控えめに言っても、テレビで見ない日はないくらい売れっ子ですよね、あなた。


「バラエティで一緒になったことある」

「え、そうなの?」

「うん。バカキャラで出てるけど……めちゃくちゃ考えてる人だよ」


何気ない一言。

でも、ぴしゃっと冷水を浴びせられた気がした。


「全部、計算」

宗谷くんはさらっと言う。

「どこまで見せて、どこから隠すか。視聴者は何を見たいのか、望んでるのか」

私は、キッチンに立ったまま、その言葉を反芻した。


——レシピじゃなくて、この人が素敵って思わせないと。

——ここまで本格的な作り方、要る?。

——作って美味しいのは当たり前。時短とか映えるとか、プラスアルファは無いの?

今までの打ち合わせで浴びた、意味不明な言葉がよみがえる。


「……ありがとう」

思わず言う。

「どういたしまして」

もっと、感謝を伝えたいのに、それ以上言葉が出なかった。


その夜、原稿を開き直した。

全部を書き換えるんじゃない、並びを変えて、タレント性に合わない部分はスパッと切る。

料理の盛り付けで味は変わらない。

でも、食欲を出させるのは工夫次第だ。


数日後、修正案は無事通った。

著者はタレントさん名。

けど、奥付の「料理監修」に私が載った。

お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ