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第5話-2_料理は魔法じゃない

その女性は小さく息を吐いた。

宗谷くんに視線を向けたまま、ぽつりと言う。


「これ……」

お粥、まだほのかに湯気が残っている。

「貴方が作ったの?」


心臓が、どくんと鳴る。

「あ、すみません。

 勝手に上がり込んでしまって」


ここで曖昧にするのは、よくない。

頭が仕事モードに切り替わり、バッグから名刺を取り出し両手で差し出した。

「私、フードライターをしてまして」

Dの形のお皿に、Tのシルエットのフォーク。

私も書いてるWEB媒体、“DailyTable”のロゴを見せながら続ける。


「宗谷さんのフードトレーナーを担当しております」

言い切った。

「本日は急に体調を崩されたとご連絡がありまして。

 食事と水分のご提供だけ、お手伝いさせていただきました」


一瞬、女性の動きが止まり何かつぶやいた。


「……え?」

その声は、私に向けたものじゃなかった。

私も思わず首を傾げる。

女性は、名刺と、キッチンと、ベッドの宗谷くんを交互に見て。

「そう……」

と、ゆっくり息を吐き、整った顔をこちらに向けた。


「申し遅れました。

 わたくし、宗谷のマネージャーをしております田中と申します」


ああ!マネさん!

ファンクラブの会報ではお馴染みで、てっきり男性だと思っていた。

曰く、NØRTHの5人は誰もマネージャーに勝てない。

6人目の裏メンバーは、田中マネだと噂になっていた。

まさか、こんなタイミングでお会いできるとは。

だけど、お返しに田中マネの名刺はもらえなかった。

……切らして、るのかな?


マネさんは言葉を区切って言った。

「……あのお弁当も、あなたね」


——その目線に、背中に冷たいものが走る。

作り置き、何か問題でもあったんだろうか。

もしかして、傷んだお弁当で宗谷くんは体調を崩したとか…?


マネさんは、もう一度、確認するようにお粥と私を見る。

……沈黙が怖い。


そのとき、ベッドの上で宗谷くんが小さく身じろぎした。

「……なんか、飲みたい」

その一言に、私たちは瞬間的に反応した。


ぱっ。

差し出される二つの手。

「ポカリ」田中マネさん。

「ピルクルです」私。


一瞬の間、

宗谷くんは少しだけ驚いた顔で、二つのペットボトルを見比べる。


それから、ピルクルのほうに手を伸ばした。

「……こっち」


ストローをくわえて一口、ほっとしたみたいに息をつく。

「オレさぁ」

かすれた声で。

「ポカリって言ったのに」


——胸の奥が、きゅっとなる。

分かってる。

ちゃんと、分かってる。

でも、私は知ってるんだ。

だってファンだから。

宗谷くん、疲れたときは甘い乳酸菌飲料。

小さい頃から大好きで、コラボカフェの隠しメニューだった。


……まさか、ここで役に立つとは。

田中マネさんはその様子を黙って見ていた。

ふう、と一つため息をついて小さく頷いた。

そして、ほんのわずかに。

本当にわずかに、表情が緩んだ。


「……分かったわ」

私を見る。

「これからも、宗谷のこと、よろしくね」

「……え」

一瞬、言葉が出なかった。

マネさんはそれ以上何も言わず、バッグを肩にかける。


「じゃあ、後は任せるので」

そう言って部屋を出ていった。


……え。

良かったのかな?せっかく来てくれたのに。

私が戸惑っていると、ベッドの上から声。


「あれ、オレの姉」


「……え?」


「兼、マネージャー」


……えええ!?

頭の中が、追いつかない。

彼女じゃなくて、伝説のマネージャーで、しかも、宗谷くんの姉。

情報量が多すぎる。


宗谷くんはピルクルをもう一口飲んで、少しだけ照れたように視線を逸らした。

「……来てくれて、ありがと」


——心臓がリミットを超えそうです。


料理は魔法じゃない。

でも。

好きな人の好きなものを、覚えていることは、

きっと、ちょっと魔法に近い。


§


——翌日。

心配で、私は宗谷くんの部屋に一泊した。

別に男女の関係とかではありません。はい。

(少しは期待しましたけど。だって宗谷くんだって健康な19歳のハズだし…

いや、私はメシ担当としてここに来ているのであって…)

本当にただの看病。

だけど、目が覚めた時、同じ空間に宗谷くんがいるという事実に、やっぱり少し照れる。


ふと、気配がして視線を向けた。

——ベッドの中、毛布を頭まで被った宗谷くんがいた。

……起きたのかな。

次の瞬間、私は信じられないものを見た。


もそもそ。

毛布からにょきっと手が出て、枕元に置かれたスティックパンの袋に手が伸びる。

コンビニでよく見る、6本入りのチョコチップ味。

ぬっと棒状のパンが取り出され、するすると毛布に吸い込まれていく。


もそもそ。

しばらくすると、また毛布から手が伸びる。


……もしかして、毛布の中で隠れて食べてる?

音を立てないように、口に運んで静かに溶かし…

また毛布から手が伸びる。


……え?

「え!?いつも、こんななの?」

思わず声が出た。

「……ん」

宗谷くんは悪びれもせず、もそっと返事をする。


——だめだ。

「だめ!」

私は毛布を勢いよくはいだ。

「ベッドで食べるのは不衛生!それに、菓子パンだけじゃ栄養偏る!」


宗谷くんは、驚いたように私を仰ぎ見て、目を見開いた。

「……いつもこれだから」

「やめて!」

思ったより強い声が出てしまった。

急いでキッチンへ走り、冷蔵庫を開けた。


§


熱は下がっている、顔色も昨日よりいい。

卵入りお粥も全部食べられた。

スティックパンも、今後はベットの中で食べないと約束してくれた。

食習慣アドバイスとして、受け入れてくれたみたい。


スマホが震えたのは、宗谷くんが着替えを終えた頃だった。

「……マネージャーから」

画面を一瞥して短く言う。


「迎えに来たって。今、下。

 じゃあ行くね」

そう言って、宗谷くんは立ち上がった。


——え?

驚きで、声が出ない。

「……まだ休んでた方がいいよ。

 熱、下がったばかりだし。ちゃんと寝てないんじゃない?」

まるで、子どもに言い含めるみたいな口調になる。

「今日くらい、休もう?」


宗谷くんは、立ち止まり少しだけ黙った。

——思いなおして、くれるかな?

でも。

「……行くよ」

静かな声。


「皆んなが、待ってるから」


その言い方があまりに真剣で…宗谷くんのプロ意識が高いのは知ってる。

……それに、私はいちファンだ。

宗谷くんのドラマは待ち遠しい。

活躍してる姿も誇らしい。

でも、それでも、

宗谷くんには、私以外にも大切な人がたくさんいる。

そう言われた気がした。


「無理しないでね」

絞り出すように言う。

「うん」

玄関で靴を履きながら、宗谷くんは振り返った。

「ありがとう」

ドアが閉まる。


——みんなが、まってるから


「皆んな」という言葉が、胸の奥に少しだけ突き刺さる。

唯一じゃないことが、嫌だったわけじゃない。

ただ、ここにいる私は「皆んな」に含まれていないのかな。


特別になってた気がしてたんだ。

知らないうちに、勘違いしてたんだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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