第3話_一人で食べたら太っちゃうから
宗谷くんが指定した場所は、意外にも人通りの多い商店街だった。
点滅するネオン、香辛料の匂い、19人待ちの行列。
「……え?」
立ち尽くす私の前で、黒いキャップにマスクの男が壁にもたれていた。
「……遅い」
宗谷くんだった。
声は低くて、少し元気がない。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん……でも」
視線を逸らして、ぽつり。
「お腹、減りすぎて……この匂い犯罪だよ」
……え?
思わず看板を見上げる。
そこは、手より大きいフライドチキンで有名な、爆盛りB級グルメ店だった。
揚げ物、炭水化物、深夜飲食。
全部、アイドルなら“鬼門の食事”。
「ここって……」
「一人で食べたら、太っちゃうから」
そう言って、宗谷くんはちらっと私を見る。
「柚子なら、いいかなって」
……それは、私なら何でも何時でも何処でも、好き嫌い無く食べそうだからと、そういうお考えですか?
乙女心とは裏腹に、推しに呼び出されたという状況に頬がゆるむ。
“無理”って、大食いメニューを食べきれないって、そういう意味でしたか。
「……半分こします?」
私がそう言うと、宗谷くんはいたずらっ子の顔で笑った。
「それ、おねがい」
店内は、油の音で満ちていた。
鉄鍋の中で跳ねる衣。
香ばしい匂いが胃袋と鼻をつかむ。
「……並盛り、だよね?」
運ばれてきた皿を見て、思わず聞き返した。
どう考えても、山。いや、チョモランマ。
衣をまとった肉が、重なり合っている。
「うん、並」
宗谷くんはそう言いながら、目を輝かせている。
嘘でしょ。
“カップルなら一品シェアOK。
その代わり、ドリンクはおひとり様一杯ずつお願いします”
入口に貼られた、あの一文が頭をよぎる。
私は黒ウーロン。
宗谷くんも黒ウーロン。
油と戦う覚悟で、黒いビニール手袋を身に着けた。
手づかみで口に運ぶと、さくっという音が、気持ちいいくらいに鳴った。
衣の中から、熱々の肉。
噛んだ瞬間、肉汁がじゅわっと溢れる。
……あ。
ダメだ、これ。
脳汁出る、圧倒的な背徳感。
「意外といけちゃいそう」
思わず声が漏れた。
宗谷くんは、私を見ながら躊躇していた。
手にフライドチキン、皿を見て、私を見て。
それから、意を決したみたいに一口。
さくっ
目が見開かれる。
「……あ」
ああこの宗谷くんの顔、本当にキたときの顔だ。
激レア、うう…写真撮りたいよ……
黒ウーロンで流し込んでも脂は消えない。
口の中に残る、重さと甘さ。
それなのに、あの食感をもう一度試したくて、もう一口が欲しくなる。
手が止まらない。
半分このはずが、いつの間にか追加注文をしていた。
気付けは、油まみれの手拭きナプキンと空の皿が重なっていた。
「やったね」
宗谷くんが子どもみたいに言う。
「やっちゃいましたね」
二人で顔を見合わせ、笑ってしまった。
達成感、妙な一体感。
——これ、完全に。
“スタッフと美味しくいただきました”ってやつだ。
ふと、昨日配信の動画を思い出した。
NØRTHのライブのために、体づくりを徹底してるって言ってた。
食事制限が限界だったのかもしれない。
でも、今は無理に聞かない。
宗谷くんは楽しそうにしている、それが何よりだ。
食べ終わった後、宗谷くんは少しだけテンションが高かった。
「この店やばくない?」
「やばいです」
「また来たい」
……また。
宗谷くんは食べ終わると、すぐ次の食事の話をする。
そういう会話術……なのかな?
そのとき、
店の入口のほうで、誰かがこちらを見た。
探るような視線。
宗谷くんが、ぴくっと反応する。
「……やばい」
帽子を深く被って、私の腕を引く。
「出よう」
会計を済ませて、ほとんど走るように店を出る。
夜の空気が、ひんやりと頬を撫でた。
まだ誰か、追いかけてくるような気がする。
私達は、人の肩にぶつかりながら商店街を出た。
そのまま足早に進み、近くの幹線道路にかかる陸橋を駆け登った。
振り返っても追手はいない。
お店の視線は……気にし過ぎだったのかも。
でも、アイドルなら用心するよね。
宗谷くんは、くるっと振り返って笑った。
「ふふっ」
声を殺して、はしゃぐみたいに。
さすが国民的アイドル、何気ない身のこなしも絵になる。
「そう言えば、メシ担当として聞いておきたい事が」
宗谷くんが、なに?という表情でこちらを見る。
「嫌いなものある?アレルギーとか」
一拍置いて、付け足す。
「あと、今までどんなもの食べてきたの?」
宗谷くんは、フェンスにもたれかかったまま、しばらく何も言わなかった。
スマホを見るわけでもなく、宙を見るわけでもなく。
ただ、瞳に流れる車のテールランプが映る。
……あれ?
聞き方、まずかったかな。
質問の仕方を変えようとした、その前に。
「何でも食べるよ」
感情の乗らないその声に、なぜか胸がざわっとした。
宗谷くんには、ファンでも知らない何かがある。
お読みいただき、ありがとうございます。




