第2話_朝ランに向けパクつく推しが尊すぎる件
私の仕事は、朝食提供。
朝のランニング後、宗谷くんがやって来る。
起きたては、あんまり食欲ないんだって。
——なるほど。
それなら、体を驚かせないように、先ずは朝ごはんに「慣れて」もらおう。
宗谷くんは、料理を前にしても、すぐには箸を持たない。
背筋を伸ばして、手を膝に置いたまま、こちらを見る。
「いただきます」
テレビで見ていた通り、お行儀がいいなと思う。
育ちが良すぎって、メンバーにいじられてたっけ。
何を食べてもらおう。
そう考える時間は、楽しくもあって、ちょっぴり緊張もする。
宗谷くんの体をつくるもの。
宗谷くんの、手、髪……首元。
……ぜんぶ綺麗だったな。
おっと、料理に集中しなくちゃ。
腰エプロンの紐をキュッと結ぶ。
リネンに憧れて、大人っぽくて購入したシャツはアイロンが大変だから諦めた。
代わりに、直線のみのエプロンだけは続けてる。
キッチンに立つ前のちょっとした儀式。
それだけで少しだけスイッチが入る。
——よし、やろう。
あらかた出来上がり、シンクを洗うと土の匂いが水に流れていく。
そこへチャイムが鳴り、ドアが開く音。
「おはよう、今日はなに?」
……やばい。
本当に来た。
昨日のあれ、夢じゃなかった。
「お、おはようございます!」
心臓の音を胸の奥に押し込めて、私は作業を続ける。
姿を見ると、包丁が滑って指を切りそうなので振り返らない。
カウンターに、湯気の立つ器を並べた。
雑穀ごはん。
具だくさんの味噌汁。
宗谷くんが、立ち上る湯気を嗅いで、ふっと目を細めた。
……知ってる。
これ、嬉しいときの顔。
長年のファンですから。
本心が出た時の一瞬の表情、見逃しません。
それに、みんな好きだよね、だしの匂い。
じゃがいも、わかめ、玉ねぎ、そしてお揚げ。
ほくっとした甘みと、ゴボウの歯ごたえのある滋味深い味。
最後に、ごま油をほんの少し。
宗谷くんの苦手な食材も、もちろん把握済み。
パクチーは、絶対に出しません。
「どうぞ」
そう言うと、宗谷くんは箸を取って味噌汁をひと口含んだ。
「……うま」
低い声で、ぽつり。
雑穀ごはんをひと口。
噛むほどに、ぷちぷちとした食感と米の甘みが広がる。
ちゃんとした、朝のごはんだ。
「柚子は?」
……え。
「食べない?」
「……え?一緒に?」
「うん」
なに、その言い方。
私の方が年上のはずなのに、緊張してる。
「じゃ、じゃあ……」
予備の器にごはんをよそって、私はカウンターの隣に腰掛けた。
良かった。
テーブルで正面だったら、視線に耐えられなかった。
横並び。
同じ方向を向いて、同じものを食べる。
味噌汁をすすると、体の奥からじんわり温まる。
「朝さ」
宗谷くんが、箸を止めずに言う。
「こういうの、助かる。
あったかくて、ちゃんと体に入る感じ」
——それを、目指した。
「朝は胃も体もまだ寝てるから」
私は味噌汁をすくいながら答える。
「まずは、体を温かくして、噛んで頭を起こしてくれる食材がいいんです」
「確かに、目が覚めてきた」
宗谷くんは、うん、と頷いてまた一口。
黙々と食べてる。
それだけで胸がいっぱいになる。
最後の味噌汁を飲み干して、宗谷くんは時計を見た。
「……やば」
立ち上がる動きが、もう仕事モード。
「明日もお願いしていい?」
「え、あ、はい……」
返事を待つ間もなく、スニーカーを履きながら振り返る。
「明日が楽しみ」
そう言って、嵐みたいに帰って行った。
玄関のドアが閉まって、部屋が静かになる。
……今の、何?
朝ごはん作って、
一緒に食べて、
「明日が楽しみ」って言われて。
心臓が、まだ落ち着かない。
推しのメシ担。
私が?
キッチンを片付けながら、ふわふわした気持ちのまま午前中が過ぎていった。
§
——その日の夜。
スマホが震えた。
表示された名前に息が止まる。
嫌な予感がした。
「……宗谷くん?」
『今すぐ来て。場所、送るから』
苦しそうな声、明らかにおかしい。
「え!?何です?」
『……ちょっと、無理』
短く、それだけで通話が切れた。
……え?
無理って、なに。怪我?体調?
今朝は元気だったのに。
頭が真っ白のまま、私は上着を掴んで家を飛び出した。




