ヴァンパイアのカナと魔女のエリス【AI作品】
ビルの前で拓海が立ち止まった。栞も足を止める。二人は並んで夜の街を見ている。
「じゃあ、また明日」
栞が軽く手を振った。拓海は頷く。でも足が動かない。栞が歩き出す。その背中を見つめる。
振り向きたい。何か言いたい。
拓海が身体を半分だけ回した。口が開きかける。でも声は出ない。指先が震える。
やっぱり無理だ。
拓海は踵を返した。反対方向へ歩き出す。
路地裏の影から、カナが様子を見ていた。小柄な身体を壁に寄せる。黒いコートが闇に溶け込む。
面白そう。
拓海が角を曲がる。カナも後を追う。足音を消して近づく。人通りが減る。街灯が途切れる。
今だ。
カナが拓海の腕を掴んだ。路地裏へ引き込む。拓海の目が見開かれる。
「え、あの」
拓海の顔が赤くなった。期待した表情。でもカナは首筋に顔を近づける。
「ちょっと待っ」
牙が肌を貫いた。血が喉を流れる。温かい。少し甘い。拓海の身体から力が抜ける。
ヴィジョンが流れ込んできた。
栞の笑顔。会議室での横顔。ランチタイムの会話。デスクでの仕事ぶり。全てが鮮明。拓海の記憶が映像となって広がる。
好きだ。ずっと前から。でも言えない。もし断られたら。もし関係が壊れたら。
恐怖が胸を締め付ける。同時に温かい感情も溢れている。彼女の笑顔を見るだけで幸せ。それだけでいい。いや、本当はそれだけじゃ足りない。
カナは牙を抜いた。拓海がよろめく。壁に手をついて身体を支える。
「何が」
拓海の視線が定まらない。ぼんやりとカナを見る。でも焦点が合わない。
「大丈夫。ちょっと貧血になっただけ」
カナは軽く手を振った。拓海が首を傾げる。考えようとしている。でも思考がまとまらない。
「気をつけて帰ってね」
カナは背を向けた。路地裏の奥へ消える。拓海の呼ぶ声が聞こえる。でも追ってこない。
翌日の夕方。カナは同じビルの前にいた。
栞が出てくる。一人で歩いている。拓海の姿はない。
チャンス。
カナは人混みに紛れた。栞の後を追う。角を曲がる。人が減る。
カナが声をかけた。
「すみません」
栞が振り向く。カナが微笑む。
「道を教えて」
栞が近づいてくる。カナの手が伸びる。栞の腕を掴む。
「え?」
路地裏へ引き込んだ。栞が声を上げようとする。でもカナの方が速い。首筋に牙を立てる。
血が流れる。ヴィジョンが広がる。
拓海の笑顔。真面目な表情。困った顔。全部が愛おしい。栞の感情が波のように押し寄せる。
好き。誰よりも。でも伝えられない。彼はどう思っているんだろう。私のことなんて見ていないかもしれない。
不安と希望が入り混じる。諦めたい気持ちと諦めきれない気持ち。どちらも強く激しい。
カナは牙を抜いた。栞がふらつく。
「気をつけてね」
カナは背を向けた。栞の呼ぶ声。でも追ってこない。
路地裏を抜けて、カナは夜空を見上げた。
両想いじゃん。
完璧に両想い。なのに二人とも気づいていない。もったいない。すごくもったいない。
何とかしてあげたい。
カナは空へ飛び上がった。街の灯りが眼下に広がる。目的地は決まっている。
森の奥。古い塔が立っている。窓から紫色の光が漏れている。
カナは窓辺に降り立った。ノックする。
「入って」
低い声が聞こえた。カナは窓を開ける。部屋の中は薬草の匂いで満ちている。
エリスが振り返った。銀髪が揺れる。紫のローブを着ている。机の上には瓶や乾燥した植物が並んでいる。
「久しぶり」
エリスが微笑んだ。カナは部屋に入る。
「お願いがあるの」
「また?」
エリスが椅子に座った。カナも隣の椅子に腰を下ろす。
「今度はね」
カナは身を乗り出した。エリスが興味深そうにこちらを見る。
「両想いのカップルがいるんだけど、二人とも気づいてないの」
「よくある話ね」
「だから何とかしてあげたくて」
「おせっかい」
エリスが笑った。でも嫌そうではない。むしろ楽しそう。
「本音を言わせる薬って作れる?」
カナが尋ねた。エリスの目が細くなる。
「作れるわ。でも効果は一時的よ」
「十分。その瞬間に本音を言えれば、後は二人の問題だから」
エリスは立ち上がった。棚から瓶を取り出す。粉末を混ぜ始める。
「どうやって飲ませるの?」
「それは」
カナは腕を組んだ。
「これから考える」
「無計画ね」
エリスが呆れたように言った。でも手は止まらない。液体が紫色に変わる。それを小瓶に注ぐ。
「できた」
エリスが小瓶を差し出した。カナが受け取る。
「ありがとう」
「うまくいくといいわね」
エリスが窓辺に立った。空を見上げる。
「また遊びに来て」
「絶対」
カナは小瓶をポケットにしまった。窓から飛び出す。風が頬を撫でる。
さあ、どうやって飲ませよう。
カナは夜空を飛びながら考えた。作戦を練る。失敗してもいい。何度でも試せばいい。
二人が幸せになるまで。
* * *
翌日の夕方。カナはビルの前に立っていた。グレーの作業服を着ている。頭には帽子。手には台車。
清掃員の格好。完璧。
拓海と栞が出てくる。いつもの場所で立ち話を始める。
今だ。
カナは台車を押して近づいた。二人の前で立ち止まる。ポケットから小瓶を取り出す。中身を二つの紙コップに注ぐ。お茶を足す。
「お疲れ様です」
カナが笑顔で差し出した。拓海が首を傾げる。
「え?」
「いつもお疲れ様です。どうぞ」
栞が困った顔をした。拓海と顔を見合わせる。
「いえ、大丈夫です」
拓海が手を振った。
「遠慮しないで」
カナは一歩近づく。でも二人は後ずさる。
「本当に大丈夫です」
栞も断った。視線が台車に向く。不審そうな表情。
まずい。
カナは笑顔を保つ。でも二人はもう歩き出している。
「失礼します」
拓海が頭を下げた。栞も同じように頭を下げる。二人は足早に去っていく。
カナは立ち尽くした。紙コップを見る。
失敗。完全に失敗。
翌日。カナは作戦を変えた。
ファーストフード店の制服を着ている。赤と黄色の派手な色。帽子を深く被る。
拓海と栞がいつもの場所で話している。
カナは店の袋を持って近づいた。笑顔を作る。
「お客様」
二人が振り向く。カナが袋を差し出す。
「ご注文の品です」
拓海が眉をひそめた。
「注文してないけど」
「いえ、確かにご注文いただきました」
カナは袋を押し付けようとする。でも拓海は受け取らない。
「注文してない」
拓海がはっきり言った。栞も頷く。
「そうです。私たちじゃありません」
どうしよう。
カナは必死に笑顔を保つ。
「でも」
「間違いです」
拓海が遮った。栞が申し訳なさそうな顔をする。
「他のお客様だと思います」
「そう、ですか」
カナは袋を引っ込めた。二人は歩き出す。
またダメだ。
カナは袋を抱えたまま立っていた。通行人が不思議そうにこちらを見る。
夜。カナはエリスの塔を訪れた。
窓を叩く。エリスが開けてくれる。
「どうだった?」
エリスが尋ねた。カナは部屋に入る。椅子に座り込む。
「ダメだった」
「やっぱり」
エリスが笑った。カナは顔を上げる。
「笑わないで」
「だって予想通り」
エリスは机に寄りかかった。腕を組む。
「見知らぬ人から飲み物をもらう?普通は警戒するわ」
「分かってるけど」
カナは頭を抱えた。
「他に方法ないかな」
エリスが立ち上がった。カナの耳元に口を寄せる。
「ゴニョゴニョゴニョ」
小声で何かを囁く。カナの目が見開かれた。
「それって」
「そうよ」
エリスが微笑んだ。カナは椅子から立ち上がる。
「流石に強引すぎない?」
「他に方法ある?」
エリスが尋ねた。カナは黙り込む。
ない。全然ない。
「分かった」
カナは深く息を吸った。
「やるしかない」
「手伝うわ」
エリスが微笑む。
「いいの?」
「面白そうだから」
エリスが棚から何かを取り出した。準備を始める。
「いつ決行する?」
「明日」
カナが答えた。
「早いわね」
「だって」
カナは窓の外を見た。星が瞬いている。
「早く二人を幸せにしたい」
エリスは何も言わなかった。ただ微笑むだけ。
翌日の夕方。カナとエリスは路地裏に隠れていた。
拓海と栞がビルから出てくる。いつもの場所で立ち話を始める。
エリスが何かを構えている。カナはその横顔を見る。
まさか本当にやるの?
エリスが狙いを定めた。拓海の首筋。
待って。
でももう遅い。エリスが息を吹いた。何かが空を切る。拓海の首に刺さる。
「え?」
拓海が首に手を当てた。でももう遅い。膝が崩れる。地面に倒れる。
「拓海さん!」
栞が駆け寄る。拓海を揺する。
エリスがもう一度構えた。栞の首筋を狙う。
やめて。
カナの心の叫び。でもエリスは吹いた。
栞の首に刺さる。
「あ」
栞も崩れ落ちた。拓海の隣に倒れる。
周りの人々が気づいた。
「大丈夫ですか?」
誰かが叫ぶ。人が集まり始める。
「救急車!」
「警察も!」
エリスがカナを見た。
「今よ」
二人は路地裏から飛び出した。人混みに紛れる。二人の元へ近づく。
カナが拓海の口を開ける。小瓶の液体を流し込む。エリスも栞に同じことをする。
「何してるんだ!」
男の声が聞こえた。走ってくる足音。
「逃げるわよ」
エリスが囁いた。二人は路地裏へ戻る。
間に合った。たぶん。
カナは息を整えた。心臓が激しく打っている。
「見てて」
エリスが言った。カナも路地裏から二人を見る。
拓海が目を開けた。身体を起こす。栞も目覚める。
周りの人が近づいてくる。でも二人は立ち上がる。
「栞」
拓海が言った。声が震えている。
「好きだ。ずっと前から」
栞の目が見開かれる。
「私も」
栞が答えた。涙が頬を伝う。
「私もずっと好きだった」
二人は抱き合った。周りの人々が呆然と見ている。
「やった」
カナが小声で言った。エリスがほくそ笑む。
「うまくいったわね」
遠くからサイレンの音が聞こえた。
「行くわよ」
エリスが空へ飛び上がる。カナも続く。
地上の喧騒が遠ざかる。二人の幸せそうな顔が小さくなる。
よかった。本当によかった。
カナは夜空を見上げた。星が優しく瞬いている。
(完)




