第三話:偽りの婚姻、逆流する胎動
「おめでとう、麻友さん。やっとこの日が来たね」
数日後の休日。水谷家のリビングには、部外者であるはずの男、佐々木明が当然のような顔でソファに座っていた。
その隣には、どこか虚ろな表情を浮かべた麻友が、操り人形のように寄り添っている。
俺、聡は、キッチンで拳を握りしめていた。
昨夜、俺たちが肌を重ね、互いの存在を確かめ合ったあの熱い夜は、もはや俺一人の白昼夢にされようとしている。
「聡君、何を突っ立っているんだい? 姉さんの婚約者にお茶の一杯も出せないのかい?」
佐々木が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「婚約……? 冗談だろ。麻友は俺の――」
「聡!」
麻友が鋭い声で俺を遮った。
その瞳には、かつて俺に向けられた深い情愛はなく、代わりに冷たい拒絶の光が宿っている。
「佐々木さんは、私のお腹の子の父親なのよ。いい加減、現実を見て。あなたは私の『可愛い弟』でしょ?」
心臓が氷結する。界はついに、麻友の記憶の最深部までを書き換えたのだ。
―侵食される寝室
その夜、嵐のような雨が窓を叩いていた。
佐々木が帰り、麻友が自室(今は俺たちの寝室ではなく、彼女の個室となっている)へ戻った後、俺は耐えきれずに彼女の部屋へ押し入った。
「出て行って、聡。弟が姉の寝室に無断で入るなんて、異常よ」
「異常なのはこの世界の方だ! 麻友、思い出せ。この腹の子は、俺との子だ。ここで何度も、俺たちは愛し合っただろう!」
俺は彼女をベッドに押し倒した。
拒絶しようとする彼女の両手を押さえつけ、無理やり唇を奪う。
最初は抵抗していた麻友だったが、俺の舌が彼女の口内を蹂躙し、首筋に熱い痕を刻みつけると、その肢体から力が抜けていった。
「あ……、やめ……、聡……っ」
彼女の拒絶は、次第に甘い喘ぎへと変わっていく。
肉体が覚えているのだ。
書き換えられた偽りの記憶よりも深く、俺という男が刻み込んだ「快楽の刻印」を。
俺は彼女のパジャマを引き裂き、露わになった豊かな胸を貪った。
妊娠によって張り始めた乳房は、俺にしか分からない特有の甘い香りを放っている。
「思い出したか? 佐々木にこんな風に触られたことがあるのか? 答えてみろ!」
「……っ、ない……そんなの……されたこと、ない……」
麻友の瞳に、わずかながらに「女」の熱が戻る。
俺は彼女の脚を割り、潤みきった秘所へと自身を突き立てた。
「あああああっ!」
麻友が背中を反らせ、叫ぶ。
それは苦痛ではなく、魂が強制的に「真実」へと引き戻される時の歓喜の悲鳴だった。
激しく腰を振るたび、彼女の胎内が俺を強く締め付ける。
「聡……聡! 私、どうしちゃったの……。お腹の中に、あなたが……、あなたがいっぱい……満ちてくる……」
汗にまみれた結合部から、淫らな音が部屋に響き渡る。
俺は彼女の中に、溢れるほどの愛を、そしてこの歪んだ世界への呪いを吐き出した。
―崩壊する平穏
だが、事後の余韻を切り裂いたのは、枕元で鳴り響く麻友のスマートフォンの通知音だった。
画面には、藤田紗江から届いた写真が表示されている。
そこには、俺が眠っている間に撮られたらしい、紗江と俺が全裸で絡み合っている合成写真――いや、この「書き換えられた世界」においては真実とされる写真が写っていた。
『お姉さん、聡さんは私のものです。そのお腹の子、本当に誰の子か分かっていますか?』
「……嘘よ」
麻友の顔から急速に血の気が引いていく。
「違う、麻友、これは罠だ。世界が俺たちを疑心暗鬼にさせようとしているんだ!」
その時、麻友が突然、激しい腹痛に悶え始めた。
「あ……っ、お腹が……! 聡、赤ちゃんが……!」
彼女の股間から、鮮血が流れ出す。
三ヶ月になるはずの胎児が、世界の拒絶反応によって「なかったこと」にされようとしている。
俺は慌てて彼女を抱きかかえた。
だが、廊下に出た俺たちの前に、なぜか佐々木と、そして藤田紗江が並んで立っていた。
「残念だよ、聡君。君が『異常』を捨てきれないから、この子は消えることになった」
佐々木が冷酷に言い放つ。
「先輩、もう諦めましょう? 私と正しい幸せを掴みましょうよ」
紗江が、蛇のような笑みを浮かべて一歩近づく。
俺たちの周囲の壁が、パラパラと灰のように崩れ始めていた。
マンションの廊下の先は、見たこともない深い闇へと繋がっている。
「ふざけるな……。俺たちが、何をしたっていうんだ……!」
俺は麻友を抱きしめたまま、崩れゆく現実の淵に立っていた。




