09護身
レーナがハイローウルフを一撃で倒したことで、一難は去ったかのように思えたが、
「「「ゲギャアア!!」」」
周囲から複数の魔物の唸り声が発せられる。
僕が辺りを見渡すと、背の高い茂みから、次々と緑色をした小柄の怪物…ゴブリンが出てくる。
どうやら、さっきのレーナがハイローウルフに放った正拳突きによる音を聞きつけて、ゴブリン数十体が寄ってきたのだ。
ゴブリンとは、魔物の中でも最弱と言われている。
しかし、それは正解でもあり、不正解であったりもする。
どういう事か、説明すると、ゴブリンは体格や筋力、知能は幼い子供と同じである。
なので、ゴブリン単体ならば、最弱である。
しかし、問題なのは、ゴブリンは徒党を組むことである。
ゴブリンは繁殖力が強く、短期間で鼠算式で増えるのだ。
しかも、知能は幼い子供ほどしかないが、逆に言えば、幼い子供レベルには、あると言う事だ。
今みたいに、数十体で徒党を組んだゴブリンは、木を削って作ったナイフや棍棒、石を使った斧など簡易的な武器を持って、敵を襲う。
簡易的な武器と入っても、何の防具もしていない人にとっては、十分な脅威。
急所にでも当たれば、極めて危険。
「「「ギギギ!!」」」
武器を持った数十体のゴブリンは、僕とレーナ…特に、レーナを見て、顔をニヤケさせ、口からは涎を吐いている。
差し詰め、ゴブリンは少女であるレーナを、ただの獲物としか見ていないようだ。
完全に油断している。
確かに、僕もゴブリンの立場だったら、こんなに綺麗なレーナを見たら、油断するのは必然。
でも、レーナもレーナで、出てきたゴブリンを、
「ふふ…丁度いい、相手が来ましたね。『魔闘術』の勘を取り戻すには、打って付けです」
同じく獲物としか見ていなかった。
レーナは半身になり、腕を上げ、構える。
その動作は、格闘術素人の僕でも、洗練されていると分かる。
一瞬だけ、ゴブリン達とレーナとの間で静寂を訪れる。
だが、次の瞬間。
シュン!
一陣のミッドナイトブルーの風が駆け抜ける。
「「「ギギャア?!」」」
ダン!!
何かを吹っ飛ばす音と、響き渡るゴブリンたちの悲鳴。
脆弱な僕の動体視力では、何が起きたのか一部始終を確認出来なかった。
確認できたのは、さっきまで数十体のゴブリンの一団が、左右に綺麗に分かれ、その分かれた中央に、ミッドナイトブルーの長い髪を棚引かせたレーナがいること。
先程までレーナがいた場所の地面に大きく抉れた跡がある。
ここから予想するに、レーナは人間離れした脚力を使い、凄まじい速度でゴブリンの一団に接近、そして体当たりして、ゴブリンの一団の一部を吹き飛ばしのだろう。
二メートルの背丈を持つハイローウルフを正拳突きの一撃で後ろの大木まで吹き飛ばし、激昂したシンギュラル公爵が、僕に向かって〈ファイヤーボール〉を放った時にも、即座に高速移動をして僕の前に立ち、〈ファイヤーボール〉を素手で消してくれたレーナにだけ出来ることだ。
それからは、一方的な戦い……と言うか、蹂躙だった。
「は!ふ!せぁ!」
ゴブリンの集団に飛び込んだレーナは、得意の『魔闘術』で、ゴブリンを倒していく。
拳で突いて、脚で蹴る。
ただ、それだけなのに、レーナが一撃を繰り出すたびに、血飛沫が飛び交う。
単純に、レーナの打撃は威力があり過ぎて、拳で突いただけでゴブリンの頭はかち割れ、脚で蹴るだけでゴブリンの内臓が飛び散る。
レーナの強さを初めから分かっていても、恐怖の現場である。
貧弱な僕が、レーナの打撃を一撃でも食らったら、ゴブリンのようにグチャグチャになる自信がある。
それにしても、レーナの『魔闘術』は無駄な動きが一切なく、惚れ惚れする。
「「ギギャア!」」
「おっと」
レーナの『魔闘術』に見とれていると、気づけば、二体のゴブリンが僕に迫っていた。
レーナには絶対に勝てないと思ったゴブリンが、今度は僕を標的にしたみたいだ。
まぁ…間違いではないし、寧ろ正解だ。
僕なんて、レーナに比べれば、驚異の「きょ」の字も無いからな。
でも、僕だって、ただやられるだけじゃない。
「ギャギャ!」
「っ!」
二体のうち、一体のゴブリンが棍棒を振り下ろすが、僕をそれをギリギリで躱し、
「は!」
「ギギ?!」
回避しつつ、反撃にゴブリンの鼻に、蹴りを入れる。
とは言っても、所詮…『格闘家』や『武術家』と言った【ジョブ】を持っていない貧弱な僕の蹴りなので、レーナのように一撃で倒すことなど出来ず、地面に倒れさせるだけだ。
「ふん!」
「ギギャ?!」
続いて、二体目のゴブリンが、僕に木のナイフで刺そうとしてくる。
それを僕は、しっかりと右の腕で弾いて、お返しに左の拳でゴブリンの腹に突きを入れる。
僕の突きを食らったゴブリンは木のナイフを落として、腹を抑えて悶絶していた。
ゴブリンも内心驚いているだろう。
まさか、貧弱な僕に攻撃をされるなんて。
ゴブリンは貧弱な僕を見て、油断しているが、僕だって護身ぐらいできる。
タン!
そこへ、僕のそばに一瞬でやって来て、二体のゴブリンに素手で止めを刺すレーナ。
二体以外のゴブリンの集団は勿論、全滅である。
「お疲れ様、レーナ」
僕はレーナに労いの言葉を掛ける。
「ええ、リックも…私が教えた体術を、しっかりと使えていますわ」
そう…レーナの言った通り、僕がゴブリンに対して、素手である程度戦えるのは、少し前にレーナから体術を教わったからである。
一年前に、レーナが『魔闘術』を使って、魔物を群れを倒す光景を目撃してから、僕はレーナから体術を教えて貰っていたのだ。
それはレーナが貧弱な僕を思って、せめて最低限の護身術を身に着けた方が良いと言う好意からだった。
と言っても僕自身、レーナの体術には、興味があったのだ。
レーナに比べれば、体術の練度なんて、雲泥の差だけど。




