06謝罪
兄のペルシャは、スカイドラゴンから一旦降り、スカイドラゴンの体に括りつけられている袋を外す。
それは僕とレーナの食料が入った袋だった。
「ほら、受け取れ。これがお前たちの食料だ」
ドシ。
重い音を立てて、大きめの袋に入った食料が地面に落とされる。
実質死刑宣告であるが、一応は追放処分であるので、食料だけでも得られることは出来た。
とは言って、僕とレーナ含めて、一日分しかない。
一日分だけ何て、直ぐに尽きてしまう。
いや、食料が尽きるまで生きられれば良い方か。
下手をすれば、食糧を食べきる前に魔物に殺されるかもしれない。
貧弱な僕なんて、魔物の手にかかれば、一捻りどころか、半捻りで十分だろう。
僕は地面に落とされた食料の入った袋を拾う。
一日分しかないとはいえ、これは僕とレーナの生命線だ。
「俺は、もう行く。念のために言っておくが、追放処分を受けたお前たちが、間違ってもアーカイブ辺境伯領に戻ろうとするなよ。そうなれば、俺や父がアーカイブ辺境伯家の名誉にかけて、お前たちを討伐する」
兄が釘を差す。
万が一、僕とレーナが追放処分を無視して、アーカイブ辺境伯領に戻ろうとしても、無駄だという事だ。
「まぁ…『漆黒の森』の方を進んでも、死が待っているだけだがな。どう足掻いたところで、『漆黒の森』に追放されて、生き抜ける者などいない。つまり、お前たちは今日で最後と言う訳だ」
もうここに要は無いと言わんばかりに、兄は僕とレーナを一瞥し、再びスカイドラゴンに跨る。
「お別れだ。出来損ないの弟よ」
そう吐き捨てて、兄はスカイドラゴンで飛び立とうとする。
それに対して、僕は、
「兄さんも、体には気をつけてね。立派な領主になってね」
そう言った。
我ながら、『漆黒の森』という危険な場所に追放された者とは思えない言葉だろう。
普通、こういった場合、命乞いをするものだろう。
まさか、労いの言葉を掛けられるなんても、誰も思わない。
僕だって、正直言うと、兄のことは好きではない。
だけど、嫌いと言うほどでもない。
兄は僕を嫌っている様だけど、自ら進んで僕を貶したり、傷つけるようなことはしなかった。
兄は、貧弱な僕と違って、体格に恵まれていたが、努力を惜しまない人だった。
僕に対して、日頃から辛辣な態度を取るのは、裏打ちされた努力があってのものであると考えている。
だから、最後だけでも、僕は兄に労いの言葉を掛けたのだ。
案の定、言われた兄は、一気に怪訝な顔を僕に向けた。
「……………お前、最後の言葉がそれか?」
兄は僕と同じ金色の髪を掻く。
顔には、理解不能と言った感情が乗せられている。
そして、兄は舌打ちをする。
「つくづく、お前は出来損ないだ」
そう吐き捨てて、スカイドラゴンの手綱を引っ張る。
スカイドラゴンは、兄の指示に応じて、空に舞い上がろうとする。
「”スピア”も!元気でね!」
最後の最後に、僕は兄の騎竜であるスカイドラゴン………スピアに向かって、言葉を投げる。
兄が乗るスカイドラゴンには、実は名前がある。
スピアと言う名前が。
ああ、見えて女の子なのだ。
スピアは、僕を一瞥する。
しかし、そこで、
『~~~~~~~~リック』
「え?」
その時、僕の耳に聞きなれない言葉のような音が入る。
清らかな風の様な声量。
何かの言葉に聞こえた。
それも女性の様な。
殆どは何を言っているのか、聞き取れなかったけど、最後のリックと言う僕の名前だけは聞き取れた。
僕は幻聴かと思い、周囲を見渡すが、周囲にはレーナ以外誰もいない。
「レーナ、何か言った?」
「はい?何も言いませんでしたよ」
レーナは首を傾げながら、否定する。
となると、他に言葉を発する人は、兄のペルシャ?
いや、無いかな。
失礼だけど、兄はあのような清らかな声を出さない。
バサ!バサ!バサ!
そうして、僕が声を主を探している中、兄はスピアと共に、空へと羽ばたき、行ってしまう。
本当に一瞬だ。
流石は、飛行に特化したスカイドラゴン。
気づけば、はるか遠くに飛び去ってしまった。
残ったのは、僕とレーナだけ。
僕は、兄とスピアが見えなくなるまで、空を眺めていた。
何だか………………飛んでも無く馬鹿らしいが、あの清らかな声は、スカイドラゴンのスピアの物だったのではないかと思う。
本当に馬鹿らしいけど。
あの言葉に意味は、僕には分からなかったけど、何だか、
『貴方も元気でね、リック』
そう言っている様な気がするのだ。
はは…本当に僕は大丈夫か?
ドラゴンが喋る訳が無いのに。
不遇職と追放のショックで、頭が可笑しくなったのか。
まぁ…どれだけショックを受けても現実は変わらないが。
「さてと…………」
僕はレーナに向き直る。
そして、
「ごめん!レーナ!!!」
「へ?!リ、リック?!」
驚くレーナ。
何故なら、僕はレーナに対して、いきなり土下座をしたのだから。
「ど、どうしました?!」
土下座する僕には、レーナは困惑していた。
だけど、僕にはレーナに謝罪すべきことがある。
僕は地面に付けていた顔を上げる。
「僕がもっと、しっかりしていれば、不遇職なんてものが貰わなかったら、レーナが追放されずに済んだんだ!僕と一緒に、レーナも追放されるはずなんて無かった!」
今回、『漆黒の森』にレーナと二人揃って、追放処分となったが、そもそも僕が不遇職を得ていなけば、回避できたのではないだろうかと、僕は思ってしまうのだ。
結果的に、レーナも不遇職を得て、シンギュラル公爵の逆鱗に触れたが、婚約者の僕がちゃんとした【ジョブ】を得ていれば、もっとやり様はあったのではないかと。
出来損ないの僕ならまだしも、優しいレーナが追放される謂れはない。
「本当に、ごめん!!!」
勿論、謝ったからと言って、許されるものではない。
こうなったからには、僕が責任を取るしかない。
だけど、まず謝りたかった。
「………」
レーナは黙って、僕の謝罪を聞いていたが、やがて体を屈ませて、僕の頬に手を沿える。
「リック、気にしないでください。私の方こそ、リックに謝らないといけません」
「え?レーナが?」
「はい。私がもし、不遇職ではなく、ちゃんとした【ジョブ】を授かっていれば、お父様に頼んで、リックの追放を取り消しに出来たかもしれません」
「は?そ、そんなことは………」
「まぁ…今更、過去の話を蒸し返しても、状況は変わりませんよ」
そう言って、レーナは僕を立たせる。
「私は追放など、全く気にしていませんよ、リックさえいてくれれば」
「レーナ………」
僕は目尻に涙が溜まるのを感じる。
ああ…やっぱり、レーナは僕なんて、勿体ない程の優しい人だ。
「それに、いずれにせよ…私はシンギュラル公爵から追い出されると思ってました。お父様………………いえ、あの男は私を嫌っていましたし。一度も、私を名前で呼んだことはありません」
そう言えば、そうだ。
僕とレーナは婚約者と言う関係上、良く会う。
そして、レーナの父親であるシンギュラル公爵とも。
だけど、シンギュラル公爵は僕の記憶上、一度もレーナをちゃんと名前で呼んだことは無かった。
「行きましょう、リック」
レーナは手を差し出す。
「行くって、何処に?」
「決まっています。向こうです」
レーナは手を差し出した反対の手で、『漆黒の森』を指さす。
「やっぱり行くんだね」
「ええ、どの道追放処分を受けた私たちはアーカイブ領に戻ることは許されません。ならば、私達に残っている選択は、この『漆黒の森』を進む他ありません」
「そうか………でも、怖いな」
「大丈夫です。私も怖いです。でも、リックとなら怖くありません」
レーナの顔には、迷いが無かった。
ならば、僕も迷いを捨てないといけない。
レーナが差し出した手を僕は、食糧の入った袋を持っている反対の手で、しっかり握る。
「うん、レーナ。二人なら、大丈夫だよね」
「ええ、二人なら大丈夫です」
そうして、僕達は手を握ったまま、『漆黒の森』の中に進むのであった。
レーナと一緒なら大丈夫だと、僕が安堵してしまうほど、レーナの手は、とても柔らかく、温かかった。




