05漆黒の森
『漆黒の森』…それはセイクリッド王国の最西端に位置するアーカイブ辺境伯領の国境を越えた、さらに西にある森の名前。
だが、勿論ただの森ではない。
数え切れないほどの強力な魔物や危険な生き物が生息する人が踏み入れてはいけない森なのだ。
そもそもの話。
アーカイブ辺境伯領がセイクリッド王国の最西端に位置している理由。
それはアーカイブ辺境伯領自体が、西にある『漆黒の森』からの脅威を守るために存在しているからだ。
辺境伯家とは本来、国境沿いに備えて、隣国からの脅威に対処するためのものだが、アーカイブ辺境伯の場合、それが『漆黒の森』からの守護になっているのだ。
アーカイブ辺境伯領の最も西側には、『漆黒の森』から魔物の襲来に対して、長く堅牢な壁が築かれており、要所要所に魔物除けの要石が置かれている。
さらには、交代制で騎士たちを常に、壁の付近に待機させ、『漆黒の森』からの魔物の監視と駆除を行っている。
それほどの防衛力が無いと、『漆黒の森』の脅威から領民を守れないのだ。
バサ…バサ…バサ…。
そんな場所である『漆黒の森』へと、僕とレーナが向かわされていたのだった。
兄のペルシャ・アーカイブの騎竜に乗せられて。
ペルシャの【ジョブ】は『竜騎士』。
魔物中でも、最強種と言われている竜、つまりドラゴンを調教し、自身の足として乗りこなす【ジョブ】だ。
『竜騎士』の【ジョブ】を授かっただけで、人間離れした身体能力を手に入れ、剣や槍といった様々な武器術の適正を得る。
僕も欲を言えば、こう言った【ジョブ】が欲しかった。
まぁ…無い物ねだりしても仕方がないが。
今、僕とレーナが乗せられている騎竜は、「スカイドラゴン」という竜だ。
スカイドラゴンと言う名前の通り、空を飛ぶことに特化した竜。
竜種の中では最速の飛翔速度を誇る。
飛翔に特化しているが故に、体は細く、僕や兄、レーナを乗せる程大きいが、見た目に反して身軽である。
背中から翼にかけての青白い鱗が、朝日に反射して輝いている。
ところで、僕とレーナが、兄の騎竜に乗せられたまま、『漆黒の森』に運ばれている理由は、昨日のシンギュラル公爵の発言にある。
昨日に開かれたアーカイブ辺境伯家が所有する屋敷の大広間でのパーティ。
その最後を飾る僕とレーナの【ジョブ】の儀式にて、僕とレーナ二人共揃って不遇職を得てしまった。
その事実に激怒したレーナの父であるシンギュラル公爵は、僕とレーナを『漆黒の森』に追放することを命じたのである。
だけど、それは追放とは名ばかりの、事実上の死刑宣告である。
僕は必死にシンギュラル公爵と父であるベルガーに再三に渡って懇願した。
レーナだけでも追放は止めて欲しいと。
だけど、シンギュラル公爵の考えは勿論変わらなかったし、シンギュラル公爵に従う父も、追放を止めなかった。
なので、追放処分を受けた僕とレーナは早速、【ジョブ】の儀式のあった昨日の夜から一夜明けた早朝…つまり、今日追放となる。
先程も行ったが、『漆黒の森』はセイクリッド王国の最西端にあるアーカイブ辺境伯領の、さらに西にある強力な魔物が数え切れないぐらい生息する森。
その森に追放されるんだ、僕とレーナでは一日持つかどうかも怪しい。
「…………もうすぐ、『漆黒の森』だな」
兄のペルシャが小さく呟く。
兄はスカイドラゴンの首元に跨って、取り付けられている手綱を持って、スカイドラゴンに真っすぐ前を飛ぶように指示している。
僕とレーナと言うと、兄の騎竜であるスカイドラゴンの背中に乗って、振り落とされないように、しがみ付いている。
と言っても、高速で飛ぶスカイドラゴンの背中で貧弱な僕が、ずっとしがみ付いているのは難しいので、僕の後ろにいるレーナに支えて貰っている。
本当に、レーナには頭が上がらない。
「綺麗な景色」
僕の後ろにいるレーナが目下の景色を見て、そう言う。
心なしか、レーナは上から見る景色に、嬉しさを顔に伴っていた。
「そ、そうだね」
何とか、僕も頷く。
レーナは楽しそうだ。
これから危険地帯である『漆黒の森』に追放される人の様子とは思えない。
今日中に死ぬかもしれないのに。
………………いや、レーナだけなら大丈夫か。
彼女なら、魔物何て簡単に倒せるだろう。
レーナは貧弱な僕と違って、とても強いから。
不遇職を得ていても、関係ない。
レーナは始めから強いのだ。
程なくして、僕たちを乗せた兄の騎竜であるスカイドラゴンは、『漆黒の森』の付近に到着する。
流石は、飛翔に長けたスカイドラゴン。
僕の屋敷から、あっと言う間に着いた。
僕とレーナは、スカイドラゴンから降り、地面に立つ。
後ろには、『漆黒の森』から民を守るために建設された高い壁がある。
今、僕達がいるのは『漆黒の森』から見て、壁の内側。
アーカイブ辺境伯領から見て、この壁は『漆黒の森』から来る魔物の襲撃を防ぐ砦だ。
しかし、逆に『漆黒の森』から見れば、この壁は『漆黒の森』から出る事を許さぬ牢獄の檻と化す。
僕とレーナの目の前には、鬱蒼とした森…『漆黒の森』が広がっていた。
「っ?!」
僕は恐怖で息を飲む。
何も知らない者でも、一目で不気味な森であることが分かる。
まだ『漆黒の森』に入っていないのに、僕は既に恐怖が込み上げてきていた。
朝日が昇っているのに、樹木の葉が黒く、木と木が余りにも密集して生えているせいか、森の中は僅かな日の光しか入ってこず、夜の中みたいだ。
まさに、『漆黒の森』という名前の通り、漆黒の闇が森に満ちていた。
僕とレーナは、今日を持って…この『漆黒の森』に追放されるのだ。




