10アースドラゴン
「レーナ…随分、汚れちゃったね」
『魔闘術』を使い、ゴブリン達を素手で一掃したレーナのドレスには、至る場所にゴブリンの血が付いていた。
素手なので、当然だが、腕と足回りのドレスの布に血が多く付着している。
レーナには悪いが、少しだけ匂う。
「そうですね。もう…これは取っちゃいましょうか」
ビリ…ビリビリ。
自身の身体に付いたゴブリンの血を見て、顔を顰めたレーナは、腕と足回りのドレスを引き千切り始まる。
「これで少しは動きやすくなりますね」
レーナは何も無いところに突きや蹴りを出し、手足を簡単に動かす。
肩の先と膝先のドレス部分を破ったため、レーナのほっそりして、綺麗な手足が晒される。
「これも要りませんね」
そう言って、履いている靴も脱ぎ、裸足になる。
レーナの霞一つない素足が地面につく。
「裸足なんて、痛く無いの?」
漆黒の森の地面は、至る場所に角張った石や尖った根っこが地面から生えているので、裸足だと痛そうだ。
「ええ、大丈夫です。靴があると、逆に蹴りの威力が下がります。リックが知っている通り、私…身体は"頑丈"ですから」
「……うん、確かにね」
僕は概ね同意する。
レーナは頑丈だ。
比喩でも何でもない。
文字通り、頑丈なのだ。
これは、レーナ自身が”普通の人間では無い”ことに起因する。
僕だけが知っているレーナの秘密。
ハイローウルフを倒し、ゴブリンの集団も倒した僕達(倒したのは、レーナだけだけど)は、また先に進む。
と言っても、進む目標は無い。
ただ、アーカイブ領がある西側から離れようと、反対の東に進んでいるだけだ。
僕とレーナはアーカイブ領から追放され、アーカイブ領の西の国境沿いにある「漆黒の森」に連れられた。
ならば、別の場所を目指して、東に進む以外道は無い。
「「「ウガアアア!!」」」
だが、当然ながら…進めば進む程、魔物の襲撃に頻繁に遭う。
僕とレーナの前には、身の丈三メートルにも及ぶ、二本の角が生えた怪物が三体いた。
コイツは、オーガ。
まさに、さっき遭遇したゴブリンを巨大にして、厳つくした見た目だ。
見た目通りの怪力を持っており、その皮膚は下手な剣ぐらい弾くほどの耐久性を持っている。
一体一体が、ゴブリンを三十体足した分よりも強い。
つまり、三体のオーガは、ゴブリン百体近くに匹敵する。
一つの騎士団が出動するレベル。
そんなオーガたちは、僕とレーナを見て、まず僕に襲い掛かる。
正しい判断だ。
僕とレーナなら、圧倒的に弱いのは、僕。
弱い方を狙うのは、自然の摂理。
「はぁ!」
けれど、僕を庇うように、レーナは怖気を感じさせることなく、オーガに向かっていく。
駿馬のように駆けるレーナ。
自らから向かってきたレーナに、三体の内の一体が、拳を握り締め、腕を振るう。
その拳で固められたパンチは、普通の人が食らえば、頭がそのまま吹き飛んでしまう。
そんな威力だ。
それをレーナは、
「ふっ!」
左の片腕で受け流し、一気に懐に潜り込む。
ドン!
無防備なオーガの鳩尾に、右拳の正拳突き。
鉄と鉄がぶつかり合ったような鈍い音が聞こえる。
そして、吹っ飛ぶオーガ。
本当に、レーナは人間離れした……と言うか、人ならざる腕力を持っている。
味方がレーナに吹っ飛ばされるのを見て、残り二体のオーガは、雄たけびを上げながら、レーナを取り囲む。
二体が一斉に、レーナに両拳を振り下ろす。
それをレーナは、華麗に躱す。
それだけでなく、躱したことで、地面に叩きつけられた二体のオーガの拳を踏み台にして、上に飛ぶ。
飛んだ高さは三メートル。
丁度二体のオーガの頭の位置がある箇所である。
「せあ!」
まず、レーナは片方のオーガの下顎に、肘打ちで打撃を加える。
脳震盪を起こすオーガ。
さらに、こめかみへ膝蹴りをお見舞いする。
下顎で頭を揺さぶられ、トドメとして、こめかみに強烈な攻撃を受けたオーガは、白目になり、崩れ落ちる。
うん、死んだね…あれは。
「ほ!」
そして、レーナは続け様に、もう一方のオーガに攻撃を仕掛ける。
さっきのオーガのように両拳を合わせて、オーガの頭の天辺に振り下ろし、それと同時に、オーガの顎を蹴り上げるように、膝蹴りを放つ。
顎と頭の両方から強烈な打撃を受けたオーガは、泡を吹いて、倒れる。
あれも死んだな。
「ガアァ!!」
ここで、初めにレーナの正拳突きで吹っ飛ばされた一体目のオーガが、憤慨した顔で迫る。
仲間の仇を取るつもりだろう。
「は!ふ!はぁ!」
そんな最後のオーガに、レーナは連続正拳突きを叩き込む。
ダダダダダダン!!!
重低音が響き渡る。
一つ一つがレーナの正拳突きが、オーガに衝突した音だ。
目にも止まらぬ速さの連続突きで、オーガは身体中の骨を砕かれる。
最後のオーガが瞬く間に事切れたのは、誰にでも予想できることだった。
こうして、三体のオーガは、呆気なく撃破される。
僕はレーナに駆け寄る。
「ありがとう、レーナ。また助けられたね」
「構いませんよ。服は少し汚れましたが……………」
レーナが服に着いた砂を払い落としていた…その時、
「ガガガガアアア!!」
天に届きそうな程の唸り声が鼓膜に入る。
その余りにも大音量な唸り声に、僕は瞬時に耳を塞ぐ。
塞いでいても、鼓膜が痛い。
レーナも眉根を寄せる。
明らかに、警戒している。
今度は何が来たんだ。
そう思い、周囲を見渡す。
すると…バキバキバキ。
次々と、木々が薙ぎ倒される音がする。
ズシズシズシ。
次に、大きなものが地面を踏み鳴らす音。
それは何か巨大な物が木々を倒しながら、こちらに近づいてくる音である。
暫しして、その巨大な物が木々の間から現れる。
「…………そんな」
僕は絶句する。
そして、恐怖から数歩後退りする。
それほど、僕の視線に先には、強力な魔物がいたのだ。
それは、四足歩行の巨大な亀に近い生き物。
亀に近いとは言っても、姿形だけで、その姿から漂う圧力は、さっきまでのハイローウルフやゴブリン、オーガとは比較にもならない。
黒光りする鱗が目立ち、前足後ろ足は丸太を削って作られたみたいに太い。
口から見える牙は、僕なんて簡単に噛み砕けるほどに鋭い。
その眼光は睨まれただけで、竦んでしまう。
この圧倒的強者を思わせる魔物には、見覚えがある。
「アースドラゴン!」
僕が魔物の名を呼ぶ。
それはドラゴンだった。
最強種と呼ばれるドラゴンの、お出ましである。




