身に覚えの無い修羅場
ーギュッ!ー
「いでっ!」
ヴィルの腕に痛みが走った。見ると誰かに腕を抓られている。
そしてその犯人は……
「ヴィルさん。そちらの方はどなたですか?」
お風呂上がりのアリーナだった。彼女はジト目でヴィルと彼に抱きついているカミラを交互に見ている。
「あら〜、貴方はヴィルのパーティーの娘ね? 彼がいつも言ってるわよ。真面目で融通の利かない聖女様のお守りは大変だって〜」
カミラがヴィルに抱きついたままアリーナにある事無い事吹聴し始めた。
「それ……本当ですか……?」
カミラの言葉にアリーナは下を向いて俯きながら恐ろしく低い声でヴィルに尋ねてきた。
「い、言う訳ないだろ。この人出鱈目言ってるだけだ……!」
少なくともヴィルの記憶には無い。ヴィルヴェルヴィントの頃に言っていたとすれば、今のヴィルにはお手上げだ。
顔を上げたアリーナはニッコリ笑うと
ーギュウウゥゥ!ー
「いででっ!」
ヴィルを抓る指にさらなる力を加えてきた。そして
「私達はギルドに行ってます! お二人はどうぞごゆっくり!」
アリーナはトドメとばかりに抓る指を思い切り捻ってヴィルに背を向けて行ってしまった。そんな彼女の後を
「ク〜ン……」
「キャッキャッ!」
「クェ〜……」
クロ達三匹もヴィルを置いて追いかけて行ってしまった。
「アリーナ、待ってくれ! これは誤解で俺は……」
いつに無いアリーナの迫力に背筋が凍るモノを感じたヴィルは彼女の後を追おうとするが
ーギュウウゥゥ!ー
「逃さないわよ〜? 今日、お店に来てくれるって約束してくれるまで話さないから!」
相変わらず捕食者に捕らわれているヴィルに逃げる選択肢は残されていなかった。
「あ、あ〜……ギルド行かなきゃ手持ちが無いからさ。は、離してくれないか?」
金の切れ目が縁の切れ目。今はお金が無い事を理由にヴィルは逃げ出そうとする。しかし
「あら〜ん、水臭い事言わないで〜。貴方一人くらい養ってあげられるんだから♪」
カミラの言葉にヴィルは心の底から震え上がった。真の恐怖と決定的な虜囚の運命に。
「あ、え〜これから王様んトコ行かなきゃならないんだ。だからそれが済むまで待ってくれないか?」
恐ろしさと絶望に半泣きになりながら、ヴィルはこの国の最高権力者に縋りついた。
「仕方ないわね〜。そんな用事早く済ませてお店来てね? 待たせたら承知しないわよ」
カミラはそう言うとようやくヴィルを解放して王都の人波に紛れて消えていった。
「はあああぁ〜!」
ようやく解放されたヴィルは緊張の糸が切れたのかその場にガックリと崩れ落ちた。
(王都に長居は無用だな。とりあえずさっさと逃げないと……)
我が身に貞操の危機が振りかかるとは毛ほども考えていなかったヴィルだが、王都に長居すればする程カミラに襲われる可能性は指数関数的に跳ね上がる。
ヨロヨロと立ち上がったヴィルは冒険者ギルドに向かうため王都の大通りを歩き出すのだった。
(ここだここだ……)
大通りを微かな記憶を頼りに歩いてきたヴィルはようやく冒険者ギルドに辿り着く事が出来た。
(とりあえずは冒険者登録の確認からか……?)
ーギギイィィ……ー
冒険者ギルド正面の両開き扉を開けながら、ヴィルが今後の予定を考えていると
「ぬあああっ!」
ードゴッ!ー
「おわっ!」
何かに体当りされたヴィルは対処も出来ずに吹き飛ばされた。何回か地面にバウンドしてようやく止まったヴィルが身体を起こすと
「ご、ゴリラ女が居るなんて聞いてねぇぞ〜!」
「おい、引き上げるぞ!」
「た、助けてくれ〜!」
冒険者ギルドから逃げるように飛び出してきた何人かの冒険者達が逃げていく光景が繰り広げられていた。
「うちの女の子達に手を出すなんて十年遅いぞ〜!」
ギルドの入り口で腰に手を当てて威嚇しているのは、ヴィルのパーティーの保護者枠クレアだった。
何があったのかを秒で悟ったヴィルはヨロヨロと立ち上がると仁王立ちをしているクレアに
「姐さん。程々にお願いしますよ」
トラブルはゴメンとばかりにヴィルがクレアを嗜める。すると
「少年! お前が油売ってるからだろう! アリーナから聞いたぞ! お前というヤツはぁ〜!」
クレアはヴィルの頭を小脇に抱えるとそのまま首を絞め上げ始めた。
「ぐえっ! 待って……し、死ぬ……!」
完全に油断していたところにヘッドロックの奇襲である。勇者ヴィルと言えどもこれには耐えられない。
ーバタバタ!ー
「た、助け……て……いででで……」
自由の利く両手でギブアップをなんとか伝えようとするがクレアの力は弱まる事鳴くヴィルは冒険者ギルドの中に連れ込まれていく。
「姐さん、離して……下さい。し、死んで……しまいます」
首がキメられているヴィルが必死にギブアップをクレアに伝えようと両手をバタつかせていると
ームニュ!ー
何が柔らかいモノに当たる感触が手から感じられた。次の瞬間、クレアの腕の拘束が緩んだと思ったその時
「何をしとるか! 貴様はぁ!」
ードゴオッ!ー
「んがっ!」
ヴィルの頭に鈍い衝撃が走った。まるで肘打ちか膝蹴りでもされたかの様な……
(い、痛ぇ……)
あまりの痛さにヴィルは自身が昏倒していくのを自覚しながら倒れていったのだった。




