王都到着
一週間弱の旅を終えたヴィル達はようやく王都グランフェルムへ到着した。
旅の間、細かい敵に襲われはしたものの、人数と練度で一定の水準があったヴィル達が危険に陥る事は無かった。
城壁に囲まれた円形の王都に昼過ぎに到着したヴィル達は女性陣達の意向でお風呂屋に向かっていたのだった。
「何週間も風呂に入ってないんだ。身体を清潔にしたいのは乙女の嗜みだぞ!」
朝から何も食べていないヴィルを黙らせたのはクレアの一言だった。
正直、食事処か冒険者ギルドに向かいたかったヴィルはあっさり黙らされてしまっていた。
ちなみにクロ達三匹はクレアに大人しく平伏しており、王都への旅の間にすっかり分からされてしまっていた様だった。
「それじゃ、また後でな。少年達」
クレアとアリーナ、そしてアッシュのパーティー女性陣達は楽しそうに公衆浴場の女湯へと消えて行ってしまった。
「ク〜ン……」
若干寂しそうに鳴くクロの物悲しい声が響く中
「よし、俺達は男湯に行くとしようぜ」
ヴィルはアッシュとクロ達三匹に声を掛ける。ここで女湯を覗きに行こうという昭和な発想が出ない辺りヴィルもアッシュも品行方正な性格である事が窺える。
さて、そんなヴィル達が男湯に入ろうとしたところ
「あ〜、ダメダメ! うちはペット禁止だよ!」
あっさりクロ達三匹が入館拒否されてしまった。一応、ペットと見なされていて魔物と見られては居ない様なのが不幸中の幸いではあったが……。
「こいつらだけここに置いていくのもなぁ……」
公衆浴場の入り口にてクロ達と顔を見合わせながらヴィルはひとしきり悩んでいた。
仮にも魔物達を放置して風呂に入る豪胆さはヴィルは持ち合わせていない。
クロ達はあくまで魔物であり、長い年月を掛けて人に飼われる生活に馴染んだ犬や猫とは違うのだ。
もし道行く通行人に粗相などしてしまえば保護責任者としての監督責任を問われかねない。
「アッシュ、俺達には気にしないでさっぱりしてきてくれ」
ヴィルはアッシュを男湯に送り出し、自分は寒空の下で留守番する事にするのだった。
「すみません。それじゃ行ってきます」
申し訳なさそうに公衆浴場に入っていくアッシュを見送りながらヴィルの長い一日が始まるのだった。
一人と三匹で皆を待つヴィルには長い困難が続いていた。まず、空腹。今日の旅始めに食べたパン以来、水くらいしか口にしていない。
どこからともなく漂ってくる、屋台の焼肉らしき匂いは
「ク〜ン……」
鼻の良いクロをソワソワさせるには十分だった。また、屋台のみならず市場もある様で
「キィ……」
ほのかに漂ってくるフルーツの甘味にモン吉が一人で歩いていきそうなのを必死に抑えなければならなかった。
「クェ〜……」
市場に吸い寄せられているのはペン太も同じで、彼はヴィルの目を盗んで地中を掘り進めて逃亡を図ろうとするなど、ただ待つだけで重労働な時間が続いていた。
「お前ら、いい加減大人しくしろ!」
逃げようとするモン吉の手を握り、地面に潜ろうとするペン太の足を摑んで彼等をなんとか抑えるヴィルには彼等を好きにさせてはならない理由があった。
屋台で何か食べさせたりなんかしたら、当然出るものが出てくるものだ。
アリーナが入浴中で浄化魔法が使えない、シャベルや袋も手元に無い今のヴィルが三匹の粗相に直面してしまえばヴィルの社会的な死は確定的に明らかである。
ましてや、多数の人々が行き交う王都のド真ん中。そんな場所で間違いを犯す訳にはいかないのだ。
しかし、食欲に支配されている動物を抑えるのは中々に骨が折れる。
「クロ、お前モン吉抑えろ。俺はペン太を捕まえとく」
比較的理性が勝っているクロにヴィルが助けを求めると
「……ワン」
明らかに気乗りしてない返事が返ってきた。クロはやれやれと言った感じでモン吉の片腕を甘噛みするとそのまま拘束に入った。
「よし、お前も……大人しくしろ!」
両手が使える様になったヴィルは地面を掘り進めていたペン太を抱え上げるとジタバタと抵抗するペン太をようやく押さえ込んだ。
「やれやれ……」
当面の危機を回避できたヴィルがようやくひと息ついていると
「アラ〜、誰かと思えば!」
ヴィルの背後から纏わりつくような猫撫で声の女性の声が聞こえてきた。思わず振り向いたヴィルが何かをする前に
ーギュウッ!ー
声を掛けてきた女性が抱きついてきたのが分かった。金髪に強めの香水の匂いにヴィルの記憶が蘇り始める。
「え〜と、カミラ……さん?」
今のヴィル自身に直接的な記憶は無いが、彼女はヴィルヴェルヴィントとして彼がブイブイ言わせていた頃に王都で娼館通いしていた時のお気に入りの女性の一人だ。
「あらあら〜、暫く見ない間に随分礼儀正しくなっちゃってぇ〜」
風俗嬢の攻勢にヴィルは硬直し二の句が告げずにいた。そんなヴィルの様子にカミラは
「貴方、ホントにヴィル?」
一旦、抱きついていた体を離してマジマジとヴィルの顔を凝視する。これでやっと解放されるとヴィルが安堵したのも束の間
「やっぱりヴィルじゃな〜い! も〜脅かさないでよ〜」
ーギュウウゥゥ!ー
「ぐえっ!」
一度捕まえた獲物は逃さないとばかりな捕食者のそれでカミラは再び力任せにヴィルを抱き締めてきた。
公衆の面前で抱きつかれている事実にヴィルは退散したい気持ちで一杯だった。
カミラは見た感じ二十代後半に見える。化粧で化けてはいるがクレアより明らかに年上だ。
単なる嬢と客という間柄以上な何かを感じ始めたヴィルは、
「あ〜、すいません。一応人の目があるので……その辺で……」
直立不動なヴィルがカミラに解放を申し出るが
「何よ〜! 貴方が来ない間寂しかったんだから〜! またお店来てくれるって約束してくれるまで離さないゾ!」
まるっきり捕食者に襲われたヴィルに逃げる選択肢は残されていなかった。大魔王からは逃げられない!そんなファンタジーの確かな現実がヴィルの頭をよぎり始めたその時




