背面
「お前達、勇者達は間もなくやってくる! 待ち伏せに出したゴブリン達はやられているのだろう……だが、少しは手傷を負わせているハズ! この戦、勝てるぞ!」
勇者ヴィル達が目指しているハスヴィルの村、その村の中央では勇者パーティーの来訪に備えて部下の魔物達に激を飛ばしている一人の魔族の姿があった。
彼女の背丈は低く人間であるなら十代半ばと言ったところ、赤いおかっぱな髪に青白い肌、赤い瞳は典型的な魔族の特徴だ。
やや丸まった二本のヤギの角、背中の大きな悪魔羽根と尻尾。水着と勘違いされかねない黒い衣装など、明らかに魔王の関係者としか見られない容姿の少女である。
「ルナフィオラさま〜、ホントにこれで大丈夫なんっスかぁ?」
勇者パーティーへの迎撃作戦の準備を任されてたであろう魔族の兵士が、魔族の少女に声を掛ける。
「たわけめ! この布陣で勇者がどう出ようと我等の勝ちは揺るがぬ、見ろ!」
ルナフィオラと呼ばれた少女は村の入り口方向を指し示す。
そこは森の街道に続く村の入り口、住居に囲まれた通りにはトロールやサイクロプス、オーガ達が戦列を築いてそれぞれが棍棒や斧で武装し勇者達の到着を待ちわびている。
通りに隙間は無く、ルナフィオラの所に来るには少なくない消耗が勇者達には強いられるだろう。
また、通りの建物の陰などにはゴブリンやオーク達を潜ませており、オーガの戦列に足が止まれば直ちに挟撃する運びとなっている。
「でも、そんな都合良く勇者が突っ込んできますかねぇ?」
魔族の兵士はもっともらしい意見を口にするが……
「チッチッチ……このルナフィオラ様を侮るでない。既に手は打ってある、何のためにあやつ等を放っておいたと思う?」
ルナフィオラは口元に指を立て舌を鳴らしてみせながら、通りの反対側にある街道からも丸見えな村の唯一の石造りの建物……女神を称える教会を指し示した。その建物からは
「くそっ、魔物共めー! 俺達をどうする気だ!」
「来るなら来てみろ! 我々は覚悟は出来てるんだ!」
そこに逃げ込んだであろう村人達の悲痛な声が聞こえてきている。
「あやつ等をみれば、単純な勇者の事、猪突猛進しかして来ぬわ。アッハッハッハッハッ!」
そんなルナフィオラが勝利を確信して高笑いをしている頃……
「皆、準備は良いか?」
村の裏手に既に入り込んでいたヴィル達勇者一行は、実を低くして建物の陰で作戦会議を開いていた。
「敵の殆どは村の通りに集まってるわ。魔法の良い的ね」
こっそり威力偵察を終えてきたエルフィルにより、魔王軍のハスヴィル村における布陣は、既にあらかた筒抜けになっていた。
「ファイアーストームなら殲滅出来るけど……それで良いなら」
ミリジアが全員に使う魔法の確認を行う。後方から放たれる魔法の性質が分かっていれば前線に立つヴィル達も注意しやすい。
「俺とミノさんであの大笑いしてる魔族に斬りかかる。エルフィルは迂回して村の正面入口からオーガ共に矢を射掛けてくれ」
ヴィル達からルナフィオラの位置までは見通しの良い通りしか無いが、近くまでは建物を陰に近寄る事は出来る。その間にエルフィルには陽動として村の正面入口から注意を引いて貰おうと言う作戦だ。
「ミリジアは俺達と一緒に来て、タイミングを見てオーガ共を魔法で吹き飛ばしてくれ。アリーナとトマスはここで待機だ。トマス、お前はアリーナをちゃんと守れよ?」
残るメンバーにもそれぞれに役割りと段取りを伝えていく。ヴィル達の攻撃は完全な奇襲となる為、作戦は成功の見込みがかなり高い。
「よし、じゃあ行くか。建物を陰にあの笑ってる魔族に近付くぞ。エルフィルもいいな?」
ヴィルの言葉に全員が頷き、勇者パーティーによる奇襲作戦が開始された。一方のルナフィオラはと言えば……
「勇者達はまだ来ぬのか? 姿が見えたら知らせろ。人間共をビビらせなければならぬからな」
ルナフィオラが立っているのは教会を背にした村の中央にあるT字路だ。万が一別方向から敵が来ようと自分からは丸見えであるから問題は何も無いと絶対の自信を持っていた。
教会の入り口は正面のみ、そしてそこを自分で押さえている。勇者達に対する切り札を確保しているルナフィオラはじきにやってくるであろう勇者達の到着を待ちわびていた。
ヴィル達がそれぞれ予定した地点に付いた頃、戦闘に直接参加する予定の無いアリーナとトマスは引き続き建物の陰に隠れていたのだが……
「僕達でも皆の役に立てるんじゃないかな?」
息を潜めてじっとしているアリーナにトマスが問い掛ける。
「僕達が大声を上げて注意を引けば、皆の仕事もやりやすくなると思うんだ。どうかな?」
トマスは自分に出来る事を考えて模索している様だが……
「ヴィルさんには何も言われてはいません。私達だけでは身を護る術すらありませんから、大人しくしていましょう」
アリーナはヴィルからの指示が特に無い事を理由に現状のまま身を隠しているつもりだ。しかし
「僕、敵の様子を探ってくる。行くぞ、お前達!」
「あ、駄目ですよトマスさん! 待って……!」
何もせずにジッとしているのが暇になったのか戦功を立てたいという若者特有の焦りからか。
トマスはアリーナが止めるのも聞かず、三匹の配下を連れ独断で村の中へと入っていくのだった。