森の精霊との交渉
「この度は貴女様の森に魔物が居ないかとお伺いをさせて頂きました。現在、近隣の村が魔王軍に襲われているとの知らせを受けまして私共としましても早急な対応を求められています」
ヴィルが話す言葉をエルフィルが一字一句正確に復唱する様に森の精霊に呼び掛けていく。
「大変心苦しいのですが貴女様の街道沿いの森に適宜ファイアーボールにて魔物の炙り出しを行わせて頂きます事をご了承お願い致します」
ヴィルの言葉を復唱しながら不安しか感じないエルフィルの呼び掛けは続く。
「炙り出しの実行は十のカウントダウン終了後適宜速やかに行わせて頂きます」
ここまで素直に復唱してきたエルフィルだったが、ここで初めて『ん?』と疑問を抱き始めた。
そんな彼女を他所にヴィルは言葉を続ける。
「要望等ございましたらカウントダウン終了までの間にご返答をよろしくお願い致します」
「要望等ございましたらカウントダウン終了までの……てぇ、おぉい! ちょっと待たんかーい!」
ここまで復唱してきてようやく我に返ったエルフィルはヴィルに抗議を始める。
「こんなのただの脅迫じゃない! 私の声だってちゃんと届いてんのか分からないしさ……」
「でも、いきなりファイアーボールブッパする訳じゃないし、呼び掛けしてるだけマシだろ? まぁ、続けてくれよ」
問答無用じゃないだけマシと言うのがヴィルの言い分な訳だが……。
とりあえずはエルフィルによってカウントダウンまでの呼び掛けは何事も無く終了したが……
「反応無いわね。んじゃ……」
一行は森の入り口まで近寄り、ミリジアが早速魔法の準備に入る。
「とりあえず五十くらいの奥に撃ち込んでくれ」
距離の希望がヴィルから希望が告げられる。森の近くまで来てみたが、見通しが利かなくなるのがその辺りだからだ。
ーブウウウンー
足元に魔法陣を出現させたミリジアによって更に魔力を集めた魔法が精錬されていく。そして
「全てを焼き尽くす炎となせ……ファイアーボール!」
ーゴオオオオッ!ー
ミリジアが手にしていた魔術師の杖から火の球が森に向けて放たれた。
左右に三発づつ、計六発放たれた火球はヴィルの指定通り森の奥へと飛んでいき
ードドドドオオオォォォン!ー
「ギャアアッ!」
「ギエエェェッ!」
「ギャッギャアッ!」
森の奥から少なくないゴブリン達の悲鳴が聞こえてきた。
彼等の声が徐々に遠ざかっていくのを聞く限り、近く待ち伏せていたゴブリンは逃げていったらしい。
「やっぱり潜んでいやがったか。よし、邪魔者は消えた、先を急ぐぞ」
ヴィルが先頭に立って森の先へと歩みを進めだすと
「大丈夫そうね、行きましょう」
彼の後に続いて、ミリジア、エルフィルとパーティーメンバーが次々と後に続き街道を歩き始めた。
ヴィル達が森の中の街道を進み始めると、森の奥に植物の妻に絡め取られた少なくないゴブリン達の姿が見えてきた。
「なんだありゃ?」
ヴィルが疑問を口にすると
「もしかして……森の精霊様が私達の声を聞き届けてくれたのかも……」
エルフィルも自分の考えを口にする。
「な〜んだ。聞こえてるならファイアーボール撃たなくてもよかったかなぁ?」
ミリジアがそんな事を口にしていたその時
ーシュルシュルシュル……ー
パーティーの後ろから植物の歌が後を追いかけてきている事に気付いた者はいなかった。
「これならすぐに村に着けそうだな」
ヴィルが街道の先を見て先の見通しを口にしたその時
ービシッ!ー
「きゃっ!」
アリーナの足に植物の蔦が絡みつき、彼女は抵抗する間もなく転ばされた。
ーザアアアアッ!ー
「ヴィルさん、いやあぁぁぁっ!」
ヴィルがアリーナの悲鳴に気付いた時には彼女は蔦に引き摺られて森の中へと連れ去られていくその時だった。
「アリーナ! くそっ!」
ヴィルは小剣を抜くとアリーナを追って森の中に飛び込んでいく。
「ちょっと、ヴィル!」
続いてエルフィルもヴィルの後を追っていく。
「私達も……行きましょうか」
ミリジアの意見にミノさんも頷くと、残った三人も森の中に入っていくのであった。
草木を掻き分けながらアリーナの悲鳴を頼りに森の中を進んでいたヴィルの目の前に
ーボウッー
「そこで止まりなさい」
緑色に光る女性の姿に形作られた霊体の様な何かが現れた。
「誰だ?」
相手が何者か分からないヴィルが端的に疑問を口にするが
「ドライアード様……! ヴィル、その方森の精霊!」
ヴィルを追ってきたエルフィルから正解が告げられた。
「あなた方、私の森に火の魔法で攻撃しましたね?」
そう話すドライアードは自分の近くに逆さ吊りになったアリーナを引き寄せる。
「この蛮行……どう償って頂けるのでしょうか?」
丁寧語ではあるが明らかに怒っている様子のドライアードに対し、ヴィルは少し考えると
「この先の村を救援に行く為に急ぐ必要があった。事前に呼び掛けもしたんだ、聞いてなかったのか?」
出来る事はやったと主張していくつもりらしい。
「十秒で判断付く訳無いでしょ! 短すぎるのよ!」
ドライアードの態度が変わってきた。ミステリアスな森の精霊というキャラが面倒くさくなって素が出てしまったのかもしれない。
「いや……、こっちも急ぎだったし……何だったら一声掛けてくれたって……」
腑に落ちないヴィルは肩を竦めながら答える。
「私もこの森付きっきりじゃないの! 森は沢山あるの! 分かる?」
ドライアードはどうもこの森に常駐という訳では無いらしい。エルフィルの呼び掛けも途中からしか聞けて無かったのかもしれない。
「俺達も性急過ぎたし……言葉足らずだったかもしれないけど、アリーナ連れ去らなくても……」
「こうでもしないとあなた達ここに来ないでしょ! ゴブリン捕まえてあげたのに謝罪の言葉も無しなんて不躾よ! 常識がなってないわよ常識が!」
ヴィルの弁解もドライアードには届いていない。彼女は結構なおこである様だ。