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「ヴィルさん。貴方はトマスさんに下剋上されない様に魔王を倒して下さい」
シルヴェリスが語る内容はヴィルにとっての元々の目標だった。しかし
「ですが、それはただの通過点であり最低限達成しなければならないハードルでしかありません」
シルヴェリスはまだ枕投げをしているヴィル達の部屋を見上げながら言葉を続ける。
「ヴィルさん、貴方はあの子達の行く末も幸せなモノへと導かなければなりません」
シルヴェリスからの言葉はヴィルには予想外過ぎる内容だった。
「ちょっと待ってくれ。俺一人の未来だけでも精一杯なのに、あいつらの人生まで面倒見ろってのか?」
トマスに関する話だけでも胃が痛いのに、さらにエルフィル、ミリジア、アリーナの三人にも気を使えと言われてしまっては流石にキャパオーバー感は否めない。
そんなヴィルの問いにシルヴェリスは若干微笑みながら
「そうは言っていません。少なくとも魔王戦で犠牲者を出さなければとりあえずは大丈夫です」
最低限の目標だけを告げる。しかし、冷静に考えれば人類の仇敵とも言える魔王相手に、損害ゼロで勝てと言うのだから無茶振りにも程がある。
「アリーナさんが存命であれば治癒魔法である程度は回復出来るはず。それでなくともエリクサーを何本かお持ちなのでしょう?」
シルヴェリスの言う通り、ヴィル達はラストダンジョンに挑む直前なだけあって、アイテム類は非常に充実している。
相当なポカさえしなければ、魔王も倒すのに不安はないなずだが……
「トマスの奴、大丈夫なのか……? 土壇場で変な事しなけりゃ良いんだが……」
不安要素があるとすれば行動の先が読めないトマスというトラブルメーカーの存在があるが……
「少しの間走り込みで鍛えさせましたから、魔王城に行くに問題は無いでしょう」
「なぁ、アンタ女神なら何とか出来るんじゃないのか? 女神様の奇跡とかでなんとかならねぇのか?」
シルヴェリスの言葉にヴィルが最もな事を口にする。目の前の彼女が本当に女神であるのなら奇跡とかで特別な能力で何とかなりそうではある。しかし
「私は貴方をお手伝いする訳にはいかないんです。今の私は魔界の悪魔の代理という役目で降りてますので」
シルヴェリスが話すには、自身は天界の女神フィーナであるとの事。
だが、今は魔界の悪魔から頼まれており、ピンチヒッターという事で無理矢理魔王軍の四魔将リリスとして役目を果たしているのだそう。
基本的に魔王の顔を立てる為に手伝っているだけで、グリンブルスティもトーデスエンゲルも、勇者が魔王城に行くのを遅らせる為にこの街近辺で嫌がらせに従事しているのだ。
ヴィル達がこのまま魔王城に着いても、魔王と戦うだげで他には障害らしい障害は無いらしい。
「そんな簡単に魔王倒しちまって良いのかよ?」
シルヴェリス……四魔将に化けているフィーナに問うヴィルの疑問は最もだが……
「今の時間軸の魔王が滅ぼされるだけで、いずれ遠い未来に魔王は再び転生するでしょう」
シルヴェリスはやや遠い目をしながらこの異世界の行く末を語る。
「この時間軸が人間達の勝利で終わる結末を迎えるだけの話、それは魔王も織り込み済みです」
「それじゃ、俺達がやってる事は無駄って事か?」
ヴィルのそんな問いにシルヴェリスは自嘲気味に僅かに微笑むと
「そうかもしれません。ですが、魔王を倒せば今後数百年はこの異世界は平和になります。それは決して無駄ではありません」
ヴィルを元気付ける様にして彼の両肩に手を置き
「とにかく、貴方は自身の人生が幸せになる様に努力して下さい。それがひいては世界の幸せにも繋がるのです」
そう話すシルヴェリスとヴィルの距離が縮まったその時
ージャリ……ー
物音に振り返った二人の視線の先には
「あ、あの……お二人共ここで何を……」
心配そうな物憂げな表情で様子を覗うアリーナがこちらを見ていた。
「あ……」
ヴィルがシルヴェリスとの距離が近い事に気まずさを感じたその時
ードンッ!ー
シルヴェリスがヴィルを力任せに突き飛ばし
「ええい! あと少しの所で邪魔が入ったか!」
ーシュウウウゥゥ……ー
シルヴェリスは背中に悪魔の羽根を出現させると、若干棒読み気味な大根役者な演技を続ける。
「勇者ヴィルヴェルヴィントよ! 魔王様を恐れぬのなら乗り込んで来るが良いわ! この四魔将のリリスが存分にもてなしてやろうぞ! フハハハハハッ!」
そう啖呵を切ったシルヴェリスは
ーバサッバサッバサッ!ー
高笑いと共に何処かへと飛び去っていった。
「ヴィルさん、大丈夫ですか!」
アリーナが突き飛ばされたヴィルの元に駆け寄ってきた。
「あ、ああ……。大丈夫だ。あ〜、その……アイツが魔王軍の幹部だとは思わなかったけどな」
ヴィルは、シルヴェリスが気を使ってアリーナとの仲がおかしくならない様にしてくれた彼女の演技に乗っかる事にした。そんな彼の様子に
「よかった、ヴィルさんが無事で……。それにしてもシルヴェリスさんが魔王軍の人だったなんて……」
ここ数日を一緒に過ごしてきたシルヴェリスが四魔将だった事にアリーナはショックを受けている様だ。
ヴィルはそんな彼女を元気付ける様にアリーナの肩に手を乗せると
「まぁ、気にするなよ。皆無事だったんだ。アリーナのおかげで俺も助けられたしな。さ、宿に戻ろうぜ」
彼女と宿に帰る事にするのだった。