音痴
「エルフィル、お前実家ってドコだっけ? 確か雑貨屋だったか? 知り合いに青狸とか居たっけ?」
ヴィルはどうにかしてエルフィルの気を引こうとしたが、彼女の音痴が脳裏に固定されてしまった影響か取り留めのない話題を口走るのみでしかない。
「なーに? いきなり。実家に挨拶しに行こうっての? そんなん魔王軍に焼かれちゃって残ってないわよ。私、アンタに詳しく話したっけ?」
微妙な食いつきを見せたエルフィルに手応えを感じたヴィルは
「どうだったかな。でも、お互いをよく知っておくのは重要だと思うからな」
会話を掘り下げてみる事にするのだった。何しろ過去のヴィルは仲間達に対しては来るものは拒まず、去る者は追わずのスタンスでしか無かった。というよりは悪い意味で全くの無関心であった様だ。
彼にとっての関心事は報酬と娼館通い、それ以外には自身の障害にならなければどうでも良いという考え方であった。
しかし、そんな勇者ヴィルヴェルヴィントであっても仲間が集うくらいの最低限の人望はあったのだ。
剣技と最低限の社交性を維持していたこれまでのヴェルヴェルヴィントに感謝しつつヴィルはエルフィルに話を振る。
「エルフィルの両親ってどんな人だったんだ?」
「勝手に殺すんじゃないわよ。普通に避難先で生きてるっての。パパは手先が器用でママが使う弓矢とかよく手入れしてたわね。私の戦い方はママ譲りなのよ」
両親の話を振ってみたヴィルだが、話が重苦しくならなくて内心ホッとしていた。
エルフィルが勇者パーティーに入ったのは故郷を滅ぼした魔王軍に落とし前をつけさせる……で、間違いなさそうだ。
肉親絡みの復讐等の重い話にならないのはヴィルとしてはありがたかった。
そういった背景があるのは勇者パーティーの中ではトマスだけとなる。意外と因縁のある者は少ない。
ヴィル自身も冒険者になってから剣聖となり勇者として抜擢された口であって、やはり魔王軍に対する因縁はそれほど無い。
アリーナは生まれ育った北にあるルミナスフォールが魔王軍に四天王の一人に攻め入られていた為、少なからず思うところはあるのかもしれないが……。
トマスが連れている三匹の魔物達に対しても優しく接している辺り魔王軍に対する恨みとかでは無く、新しく不幸になる人を増やしたくないという前向きな気持ちで参加してくれている様に思える。
今、後輩達に熱心に指導に当たっているのも不幸になる冒険者を増やしたくないという想いから来るものだろう。
そう考えると……やはり出来るだけ早く魔王城に攻め込み、魔王を討ち取った方が良いように思えてきた。
「エルフィル、ミリジア達が帰ってきたらさっさと魔王城に攻め込むぞ」
「……はい?」
両親の話から一気に魔王討伐の話題に飛んだ事にエルフィルは呆気に取られていた。
「いや、はい?じゃなくて。少なくとも四魔将の二人は魔王城に今は居ない訳だろ? 鬼の居ぬ間に洗濯じゃないが攻め込む好機じゃないか」
「それは分かったけど……話の流れ違くない? いきなり両親の話しされたら家に来たいのかと思うじゃない」
そんな事を話すエルフィルはヴィルから視線を逸らしながら頬を朱に染めている。
「なんで俺がエルフィルの両親に会う必要があるんだ? 特に魔物の脅威とかある訳じゃないだろ?」
ーバキィッ!ー
「ぶべっ!」
ヴィルの察しが悪いキョトン顔に心底ムカついたのかエルフィルは彼の顔に裏拳を叩き込んでいた。
「さぁ、あなた達〜、次の訓練は勇者様だけじゃなく私も加わるわよ? 後ろからコレ撃ち込んであげるから頑張りなさいよ?」
エルフィルはそう言うと、矢尻の代わりにコルク栓を突き刺した訓練用の矢を見せびらかしてきた。
ゴブリンの中には投石器や短弓を使う者も居る。エルフィルはそれらを実戦形式で訓練しようというのだろう。
「お前、手加減はしろよ? 訓練用ったって顔面に当たったら怪我じゃ済まないんだ……いでっ!」
裏拳の衝撃から立ち上がったヴィルの後頭部にエルフィルから訓練用の矢が当てられた。
結構な衝撃に頭をさするヴィル目掛け、エルフィルから訓練用の矢が連続で射掛けられる。
ーバシバシバシバシバシ!ー
「いでっ! いでででで! お前マジ止めろ! 本当に痛ぇから……」
訓練用の矢の痛みを実演させられるヴィルの姿を目の当たりにした新人のハーマンとメイリンの二人は勇者パーティーの恐ろしさを胸にしっかりと刻み込むのであった。
その後、実際に行われた四人での模擬訓練に臨む彼等二人の意気込みが真剣そのものとなったのは言うまでもない。
日が傾き始めた頃、ヴィル達による訓練もお開きという流れになってきた。
一日中模擬戦をやっていたハーマンもメイリンも、終わる頃にはお互いに声を掛け合っており、始めの頃の様な危なっかしさは無くなってきていた。
アリーナが教えていたベルナデッタとカッツの二人は大きな声で連携する大事さを教え込んでいた様で、二人とも大きな声を出す事に慣れてきた様だった。
一方のトマスはシルヴェリス指導の元、厳しい走り込みを続けさせられていたらしく、日暮れには生まれたばかりの子鹿の様に足腰がガクガクなトマスの姿がそこにあった。
「お疲れさまでした。今日はゆっくりお休み下さい。明日は今日より厳しくいきますからね」
そう話すシルヴェリスだったが、彼女の中では明日もトマスの訓練をする事で決定しているらしい。
明日がどうなるか、ヴィル自身にも分からないでいたのだが……
(ミリジアとミノさんの二人が帰ってくるまではこの調子で良いか)
特に何か優先しなければならない事がある訳でもなく、ヴィルはこの調子の毎日を続ける事に決めるのだった。