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豊穣の女神

 ミサが滞り無く行われていた教会にてそれは何の前触れも無く発現した。


ーパアアァァー


会場の中央、壇上で教義に基づいた教えを説く司祭の後ろに置かれていた女神像。

 その女神像に天上のドームからスポットライトの様に光が降り注いだのだった。

「な、なんだ……?」

「あんなの見た事ないぞ」

「何の光ぃ……?」

 異世界ではまずありえない強い光に信徒達は皆、ざわつき始めた。

 何より間近でその光を見る司祭や進行役の神官ですら初めての事態にオロオロとするばかりであった。そして

「お集まりの信徒の皆様、私は豊穣の女神レアです」

 まさかの公衆纏めての呼びかけにヴィルは面食らっていた。

 アリーナに少し助言みたいな感じでこっそりやるのかと思っていただけにここまで大々的に派手派手な演出でやるとは思わなかった。

「今日はあなた方に、伝えおくべき事をお伝えします。神はあなた方が生きるために摂るべき行動を何ら制限するものではありません」

 レアは遠回しに肉食解禁を伝えているが……果たして会場の信徒達に伝わっているだろうか?

 ヴィルが試しに隣のアリーナを見てみると……目の前の奇跡に心を奪われている様だ。

「し、しかし女神レア様。教会の教義によりますれば殺生は等しく禁じられるべき……と」

 うまい具合に進行役の神官が疑問を示してくれた。そんな神官に女神レアは

「世界の全ての生き物は他者の命の上に成り立っています。大事なのは生命の循環であってそれらは等しく行われるべき自然の摂理です」

 レアは豊穣の女神としての矜持らしい自説を語っている。

「あなた方は肉食を禁じている様ですが私はその様な教えを説いた事はありません。もちろん無益な殺生は慎まれるべきですが……」

 相変わらず女神の石像が光で照らされている為、観衆の注目は自然と石像と神官とのやり取りに集められている。

「あの生き物は殺して良いがこの生き物は駄目……というのは神に対しても不遜な考え方でしょう。私はあなた方にその判断を下す権限は与えていないのですから」

 女神レアの話は続く。彼女が伝えたいのは自然の調和であり一部生物の優遇では無いと言う事だ。

 例えるから、クジラを保護して他の海洋資源を枯渇させてしまう様な近視眼的考え方を批判している訳である。

 異世界で言うなら、牛や馬、猪の様な肉食を禁じるのは、彼等が増える事で起きる草原地帯の消失や農作物への被害など……歪な禁止事項が世界に与える影響がいかほどか。

 そこまで考えた上での教義であるのかを進行役の神官に対しレアは理詰めで行っていた。

(うわぁ……)

 現代知識のあるヴィルからすれば、それは一種の公開処刑でしか無く、一番偉いであろう司祭が大人しく黙っている辺り、彼は解っているであろう人間である事が窺える。

「種族が絶滅するまで狩り尽くすのは咎められる行為です。しかし、人が生きる為、他者の命を頂くのは……憚られる行為ではありません」

 レアは乱獲は抑制しながらも生き物を殺す事そのものは否定せず

「生きとし生ける者の役目は未来に命を繋ぐ事、それこそが自然の摂理なのです」

 世界の在り方と神様としての見解を示して神託を終えるのだった。


ーパチ……パチパチ……ー


 最初はまばらだった拍手が次第に大きくなり


ーパチパチパチパチパチパチ!ー


「女神様だ、女神様が神託をお与え下さった!」

「なんとお綺麗なお声か……!」

「さすがはオラが国の女神様だ!」

 会場の信徒達、皆でスタンディングオベーションだった。そんな沸き立つ会場の中、ヴィルが隣のアリーナを見ると

「え、め……女神様……! わ、私なんかに直接神託をお授け下さるなんて……」

 レアが直接彼女に語り掛けている様だった。彼女は上司からの電話を受けた会社員の様に通話とお辞儀を繰り返している。

「でも、教会の教えでは……はぁ……え? そうなのですか! はい、ありがとうございます!」

 隣で聞いてるだけのヴィルには会話内容は分からないが、まぁ食生活の改善に繋がる話題で間違いは無いだろう。

 これで彼女が健康的な生活を送れる様になるなら万々歳だが……ヴィルが何となく反対側の席に座るエルフィルに目をやると

「人間は大変よね〜! 私はエルフで良かった〜!」

 女神が神託を下ろした事実も教会の教義に一石が投じられたのもまるで興味が無い様だった。

 今日は彼女の歌が壊滅的である事が判明してしまったが……こうして教会に連れてこなければそうそう歌う機会は無いだろう。

「ヴィルさん! あの……今日はありがとうございました。女神様がヴィルさんが私の事を心配されてたからって……ご心配お掛けしました!」

 女神レアとの会話が終わったらしいアリーナがヴィルにお礼を伝えてきた。

 今日は女神に食生活の事について尋ねに教会に来たというのは彼女も知っているハズだが……

「あ、あぁ……良かったな」

 アリーナと女神がどんな会話をしていたのか分からないヴィルは、アリーナの話をやんわりと肯定するに留めるのであった。

 とにかく彼女もこれで今日からは望まぬ菜食主義からは脱却出来るという訳だ。

 魔王軍と戦う以上パーティーメンバーの健康管理は疎かには出来ない。

 心配事の一つが終わったヴィルは晴れやかな気分で教会のミサの残りを過ごすのだった。

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