新たな側面
ヴィル達が過ごす冒険者ギルドでのモーニングは穏やかな時間が流れていた。
「んで、今日の予定は?」
スクランブルエッグをスプーンでかきこみながらエルフィルがヴィルに尋ねる。
「トマスのヤツを探さないと始まらないんだよな。このままじゃ今のまんまで魔王城行くハメになるからな」
ヴィルとしてはそれは避けたい選択肢だった。ただの荷物持ちに徹してくれば良いのだが。
しかし、ハスヴィル村での時の様にトマスに土壇場で独断専行されてはたまったものでは無い。
何より、四魔将という明らかに強キャラなメンツが増えた今の魔王軍相手にお荷物を連れ歩いている余裕は無い。
「そんじゃ、皆でトマスの奴を探すしかないわね」
皆での朝食を終えた後、エルフィルが皆でトマスを探す事を改めて再確認する。これで話が終わる流れになったのだが
「あ、俺達はちょっと教会に用事があってな。それ済ませてから捜すよ」
「はぁ〜? 何、アンタらやっぱりデキてるワケぇ〜? 人が仕事してる間に二人でしっぽりしてたんでしょうしねぇ!」
ヴィルがアリーナと行動しようとするとエルフィルが突っかかって来る。これまでこんな事は……そもそもアリーナと二人で行動する事自体無かったのだが……
「じゃあ、エルフィルも来るか? 単に教会に行って女神様に質問して来るだけだぞ?」
エルフィルが怒っている意味が分からないヴィルは教会行きに彼女も誘うが
「え〜、なんだか辛気臭い。人間の教会って堅苦しくて嫌なのよね〜」
誘っても誘わなくても文句言われる雰囲気に呆れたヴィルは
「なら、良いだろ」
「そーいう問題じゃ無い! つまんなそーだけど私も一緒に行くからね!」
なんだかんだ文句を言いながら結局エルフィルは教会行きに付いてくる様だ。パーティーの今日の方向性が決まったところで
「あ、食器お下げしますね」
「あら、ありがと〜!」
アリーナが皆が食べ終えたモーニングの食器を片付け始める。三人分の皿とフォークだから、彼女が一人で作業するのに大丈夫ではあるのだが
「あ、俺も手伝うよ。いっつもやって貰うの悪いし……」
ヴィルは三人と同じ様に食事を終えた三匹の魔物達の食器の片付けに取り掛かる。
「あ、ヴィルさん。そちらの食器は返却する時に浄化の魔法が必要なんです。ですから……」
ペット用の食器が用意されている訳でも無い冒険者ギルドで魔物用に食事を用意して貰うのには、色々と配慮が必要であった様だ。
皆が知らないところでアリーナには色々と気を使わせていたらしい。
「それじゃ、こっちの食器は俺が返してくるよ。そっち、頼むな」
「は、はい! ありがとうございます!」
アリーナが纏めていた食器を持ったヴィルは代わりに魔物達三匹の食器を彼女に手渡す。
そんな二人のやり取りが癪に障ったのか
「くぉらぁっ! アンタみたいな娼館狂い、聖女様に手を出そうなんて百年遅いんだからね!」
ヴィルヴェルヴィントのこれまでの素行を踏まえたエルフィルから警告が入れられる。
しかし、身に覚えも無く女神様の奇跡で一応の病気関係は清められているヴィルにとっては腑に落ちない話ではある。
「俺はもうそーいうのは止めたんだ。これからはちゃんと本業に腰を入れなきゃならないからな」
そう言ってヴィルはアリーナと食器の返却口に向かおうとするが
ーバサアッ!ー
「私が片付けてきてあげるわよ。アリーナ、行きましょ?」
エルフィルは一足飛びでヴィルの横まで飛んで来ると、彼が手にしていた食器を強引に奪い取ってしまった。
「お、おい……」
普段の彼女らしからぬ行動に、ヴィルは呆気に取られたまま、二人の後ろ姿を眺める事しか出来なかった。
「さて、教会に向かうとするか」
冒険者ギルドのある街の通りに出たヴィルが皆に行き先を告げる。
ちなみにギルベット達とのイザコザについてはヴィル達が無実を申し出るより前に、その一連のやり取りを見ていた目撃者の証言によってヴィル達の無実は証明されていた。
目撃者の証言がヴィル達の有利に傾いたのは紛れも無くアリーナの存在が大きいだろう。
ヴィル一人では三匹が屋台街のド真ん中で粗相をしてしまった時点で詰んでしまっており、どう言い訳しようが、ヴィルの評判は地の底に落ちてしまったハズだ。
今更ながらにアリーナの日頃の行いには頭が上がらない。
(…………)
そんな事を考えながらヴィルが隣を歩いているアリーナを見ると
「? ……どうしました?」
微笑んで首を傾げて見せる彼女は紛れも無い聖女だった。一見、完璧に見えるアリーナだが……今朝の宿屋での一件がヴィルの脳裏に蘇る。
(パパ……行かないで……)
宿屋で縋るように手を握ってきた涙ぐむアリーナの姿は……普段からは想像も出来ない弱々しい彼女だった。
(アリーナ……無理してなきゃ良いんだが)
普段からは微塵もそんな一面を感じさせないからこそ心配にはなる。
ヴィルはこれまでの人生を振り返りながら、パーティーメンバー達のフォローに心を砕く事を自身に誓うのだった。