暴力エルフ
街の通りで早朝から踵落としを食らっていたヴィルはなんとか冒険者ギルドにやってきていた。
「悪かった……。でも、問答無用でやりすぎじゃねーか?」
そう話すのは冒険者ギルドのテーブルに着いた顔面ボコボコに処されたヴィルだ。
「なんだアレ……」
「さぁな、見た感じ痴話喧嘩みたいだけどな……」
「迂闊な事、言わない方が良いぜ」
「くわぱらくわばら……」
「リア充爆発しろ」
青アザまみれになった彼の顔は痛々しく嫌でも周りからの注目を集めている。
「ヴィルさん……」
すぐにでも彼を治療したいアリーナだったが、目の前のエルフィルが睨みを利かせている為に動くに動けずに居た。
「それで……私が魔王城でピンチになってた間、アンタは何やってたワケぇ?」
エルフィルが睨み付けている対象はヴィルだけであり、アリーナの存在は意図的に外されていた。
「俺は……この街でトマスの教育を何とかしたいと思ってた。一応、レクチャーしようとしたんだが……あいつ逃げちまってな」
ヴィルはこの数日の自身の行動をエルフィルに語る。もっともアリーナとの宿屋での一件まで話す訳にもいかず……。
エルフィルに話しながらヴィルはトマスが居ないかと冒険者ギルド内をキョロキョロと見回す。
「で? トマス、少しは変わった?」
「いや、だからあいつどっか行っちまったって。今日はスリングのやり方教えようかと思ってたんだが……」
ヴィルは自身の頭から赤いバンダナを解くと、それに木の実を包んで
ーブンブンブン……ー
遠心力を利用した投石器の真似事を始めた。投石器自体は非力なゴブリンでも使える投擲武器である。
小柄なトマスにも十分使えるハズの武器なのだが、もちろん命中させるには練習が必要だ。
今日にでもトマスに練習させようと考えていたのだが、肝心の彼が居なければ話にもならない。
「それで麗しきエルフィル様におかれましては魔王城で何を成されてあそばされたのでしょうか?」
ヴィルはこれ以上暴力を振るわれたくない一心でエルフィルにへりくだって見せた。
彼のわざとらしい持ち上げにエルフィルは気を悪くする事は無く
「あんたの予想通り、四魔将ってのは実在したわ。そいつらは……」
エルフィルはやや得意気に自身が調達してきた魔王軍の情報を詳しく語り始めた。
死神のトーデスエンゲル、悪魔のグリンブルスティ、そして女悪魔のリリス。
大物感漂う魔王軍の新たな重鎮達の存在に、ヴィルの顔には落胆の色が濃くなり始めた。
「そうか。それじゃ、迂闊に攻め込むのは無謀だな……エルフィル、ありがとう」
ここで初めてヴィルは危険を冒して情報を奪取してきたエルフィルに礼の言葉を述べる。
「やっと私の働きを褒める気になった訳? まぁ、私じゃなかったら出来ない話なんだけど〜♪」
エルフィルはヴィルからの感謝の言葉を待っていたのか、アリーナに目線で彼の治療についてのOKサインを送る。それに気付いたアリーナは
ーパアアァァー
痛々しかったヴィルの顔面の青アザを綺麗に直していく。ほんの数十秒で元のイケメン顔を取り戻せたヴィルは
「ミリジアとミノさんの二人は王都で調べ物するって行っちまった。後一週間もすれば帰ってくるとは思うが……」
別行動中のミリジアとミノさんについて、何も知らないはずのエルフィルに簡単に説明する。
「なんで別行動なんてメンドーな事を……、皆で王都に戻れば良かったのに」
エルフィルが単純にパーティーを分離した事に対する疑問を口にすると
「エルフィルさんが魔王城に出ているのに皆で王都に行くのはどうかと、ヴィルさんが……」
アリーナがフォローを入れてきた。しかし、ヴィル自身にそんな事を言った記憶は無い。トマスへの教育の為にこの街に留まるつもりではいたのだが……
「そ、そう……? そこまで心配される程の仕事じゃなかったけどね〜!」
アリーナのファインプレーによりエルフィルの機嫌は大分良くなってきた。
「そういや、エルフィルも飯食うだろ? 今日は俺が奢ってやるよ」
ヴィルもチャンスをふいにするつもりは無く、エルフィルへの接待を成功させるべく思い付く限りの手を打ち始めた。
「わ、私……注文してきます」
アリーナも空気を察したのか率先してヴィルの手伝いを始めていた。
朝だけに食事も凝ったものは提供されずに冒険者ギルド特製のモーニングセットがあるだけである。
「お、お待たせしました」
ーコトッー
「あら、ありがとう。気が利くじゃない」
料理を頼みに行ったアリーナがすぐに戻って来る辺り、冒険者の扱いに長けたギルドだけの事はある。
なにしろ、冒険者の朝は早い。遠方に出掛けたり護衛の仕事を受けたりと、依頼者の都合に左右される職業なだけに時間にはシビアなのだ。
ワンプレートにスクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、バゲットが乗せられた一般的な朝食である。
魔王城で仕事してた為食事も取れずに居たエルフィルを静かにさせるには十分なメニューだ。
「いっただっきま〜す♪」
空腹に耐えかねたのかエルフィルはモーニングセットを美味しそうに頬張り始めた。
食事を始めた途端に上機嫌になったエルフィルを見るに、もしかしたら空腹で気が立っていただけなのかも……そんな単純な答えがヴィルの頭に過ぎるのだった。