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朝チュン

 街の宿屋にて一泊を過ごしたヴィルとアリーナの二人+三匹。同じ部屋で何も起こらないのは異世界の宿屋としてはごく自然な流れだった。

 冒険者が多く泊まるだけあり。また、男女混合のパーティーが多い冒険者相手の商売だけに宿屋側も無策で営業してる訳でも無いのだ。

 街の宿屋も男女に配慮した部屋作りをしているのが一般的で就寝スペースは個室の様になっていたり、最低でもパーテーションで区切られているのが当たり前なのだ。

 ヴィル達が泊まった部屋も例外では無く、寝室はきちんと別れた過ごしやすい大部屋だった。

「チュンチュン!」

 何やら窓の外から小鳥の鳴く声が聞こえてきている。ヴィルは寝ぼけた頭を掻きつつ自分が横たわるベッドから感じられる圧迫感に戸惑っていた。

「昨日は……確か……」

 物静かなせいか、会話が中々弾まなかったアリーナとの食事の気まずさを払拭する為にヴィルは途中から酒を入れたのだった。

 彼女は酒が弱かった様ですぐに寝てしまい、ヴィルがアリーナをお姫様抱っこでベッドに運ぶとかはしたはずだが……そこからはあまり覚えていない。

 何気なく視線を下に移すとそこには

(んなっ……!)

 声を上げそうになった自分の口を慌てて塞ぐ。ヴィルが見た自分の寝ているベッドの先には青い髪を覗かせている就寝中のアリーナの姿があった。

「すぅ……すぅ……」

 彼女は自分に寄り添うようにして静かな寝息を立てている。

(待て待て待て! 俺は昨日……)

 昨日の事は覚えている。ほろ酔い気分まで呑んだ辺りでアリーナがダウンし彼女をベッドに移動させた事も。

(それから……)

 確か夕食を片付けて自分も就寝したはずで間違いなど無い。ヴィルが恐る恐る自分とアリーナに掛かっているシーツをめくると……

(ふぅ……)

 彼女はいつものブラウスとスカート姿で寝ている。ロングブーツは流石に脱がせておいた記憶がある。

 流石に酔った勢いで間違いを起こした後で寝ている彼女に服を着せるなんて器用な芸当ヴィルに出来るはずも無い。

(え〜と……)

 ヴィルが辺りを見回すと、自分の装備一式が真実の隅に置いてあるのが見えた。

 これでとりあえず自分がアリーナの寝室に入り込んだ訳では無い事が証明された訳だ。

 しかし、この状況をそのままにしておいて無事で済むはずが無い。

 いくら自分の寝室にアリーナが入ってきたからと言っても、彼女の性格から責任を感じて深く落ち込んでしまうのは火を見るより明らかだ。

(こうなったら……)

 少し危険だが、アリーナを彼女の寝室まで運んで何食わぬ顔している他は無い。


ーグッ!ー


 思い付いたら即行動とばかりにヴィルは寝ているアリーナを抱き抱え上げた。

 彼女をお姫様抱っこしたヴィルは抜き足差し足で慎重に隣のスペースに移動する。

 途中には三匹の彼等が寝ている共用スペースを通らねばならないが、ヴィルは天の女神に祈りながら歩を進める。

 シャツとトランクス姿の自分が女の子を抱えている今の光景を観られたら言い逃れは不可能である。その時


ーギシッ!ー


「クエックエッ!」

慎重に歩いていたヴィルが木の床を軋ませた途端、ペン太が反射的に羽根をばたつかせながら鳴き始めた。

(しーっ! 良い子だからしーっ!)

 両手がお姫様抱っこで塞がっているヴィルは顔面で必死に静かにする様ペン太に訴える。

「クエェ゙……」

 奇跡的にもヴィルの必死な想いが通じたのか、ペン太はすぐに横になって眠り始めた。

 とんだハプニングも起きたがヴィルがアリーナを彼女の就寝スペースに運び入れ、慎重にベッドに寝かせる。

(ふぅ……)

 後はシーツを掛けて静かに出ていけばそれで終わりだ。


ースッ……ー


 白いシーツをアリーナの首元にまでヴィルが掛けたその時


ーギュッ!ー


(へ……?)

 シーツを掛けているヴィルの手をアリーナが握ってきた。

 ここまで順調だったのにここで目を覚まされたらヴィルは言い逃れが出来なくなってしまう。

 完全に女性の寝所に忍び込んだ不純な動機の不届き者である。しかも、相手は清楚で心優しい聖女様である。

 そんな事が世間に知れ渡ってしまえば元々高くもないヴィルの勇者としての名声は地の底に落ち込んでしまうだろう。

(起きないでくれよ……)

 ヴィルがアリーナの手を離させようと彼女の細い指を解きほぐそうとしたその時

「パパ……」

 寝ているアリーナが不意に呟いた。起きてはいない様だが……夢を見ているのだろうか?彼女はうっすらと眼に涙を浮かべている。

(アリーナ……)

 ヴィルが知っているアリーナの経歴は出身が北の聖都ルミナスフォールの教会である事と、彼女が赤ん坊の頃に教会のシスターに拾われたらしいという事である。

 彼女にも当然父親は居るはずだが、どんな人物なのかは今のヴィルには知る由もない。

「パパ……行かないで……」


ーギュウッー


 アリーナは更にヴィルの手を強く握ってきた。そんな今にも泣き出しそうな悲痛な寝顔の彼女に


ースッ……ー


「どこにも行かないさ。心配しないでゆっくり休むんだ」

 ヴィルは眠るアリーナの頭に手を添えると優しく撫で始める。

 すると、彼女のヴィルの手を掴む力が次第に弱くなっていくのが分かった。

「…………」

 ヴィルはアリーナの手をシーツの中に入れ、彼女が落ち着いたのを確認して彼女の寝室から退出していくのだった。



 すっかり目が冴えてしまったヴィルはきちんと服を着ると、共用スペースの椅子に腰を下ろした。そして

(俺はパーティーの皆の事を何も知らなかったんだな……)

 今のヴィルが覚醒する前のヴィルヴェルヴィントだった頃の彼は、ただ魔王軍を追い払う事だけを追求し、仲間はその目的を共にするだけの……悪い意味での他人でしか無かった。

 冒険者は命懸けであり、友達ごっこなどしていられる環境では無い。あくまで仕事仲間でしか無いのだが……。

 年齢的には学生やっていてもおかしくない間柄ではある。この世界では大凡十五が成人年齢とされてはいるが……。

(皆が安心して働けるパーティーに出来たら良いんだがな……)

 パーティーのリーダーであり、転生前は社会人もしていた今のヴィルは精神的には成熟した大人ではある。

 ミノさんやエルフィルを除けば多分自分は年長な方であるのはまず間違い無い。

(大人なんだから少しは周りに気を配らないとな……)

 ヴィルは意外な一面を見せたアリーナの事が少し気になっていた。

(後で……それとなく聞いてみるか)

 トマスの事だけでもまだまだ手付かずに等しいのに、アリーナのケアまで抱え込めるのだろうか……?

 ヴィルは先行きに取り留めのない不安を感じながら夜明けを迎えるのだった。

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