宿屋
屋台街を後にしたヴィルとアリーナ+三匹だったが、ギルベット達とイザコザを起こしたばかりで冒険者ギルドに帰る訳にもいかなかった。
「仕方ない。今日は宿でやり過ごすか」
ヴィルが諦めた様に呟くと
「え、あの……私達だけで……ですか?」
アリーナが慌てたように戸惑い始めた。王都なら個室の宿もあるだろうが、ここは地方の多少大きな街でしかない。
「明日になったら冒険者ギルドにギルベット達に絡まれた事を申し出るさ。きょうはもう遅いしな」
日は既に落ち、街は仕事を終えた冒険者達の喧騒で賑わい始めていた。
今の時間からだと宿を取れるかどうかも怪しいが……。ヴィルは顔を赤くしているアリーナに疑問を持ちながらもある一軒の宿にお邪魔するのであった。
「いらっしゃいませ〜!」
宿に入ると食事の提供をしている店員さんが元気な声を掛けてきた。
「大人二人と動物三匹なんだが……泊まれるか?」
半ばダメ元でヴィルが店員に尋ねると……
「う〜ん、躾がきちんと出来てるなら……割増になりますけど、それでもよろしければ」
意外にもOKの返事が返ってきた。そんなヴィル達に充てがわれたのは二人では十分過ぎる広さの大部屋だった。
「お食事はいかがなさいますか?」
店員の問いに少し考えたヴィルは
「部屋で摂りたい。できるか?」
ギルベット達とイザコザを起こしているだけにあまり人目に付きたくないヴィルは自室での食事を選択する。アリーナにも希望はあるかと聞こうとはしたのだが……
「あの、私は特に何もありませんので……ヴィルさんお決めになって下さい」
彼女からは全権委任の様な格好になってしまった。
結局、ギルドで頼んでいる様ないつもの食事を頼む事で落ち着いてしまった。
宿屋の食事は串焼肉に温野菜と野菜サラダ。簡単なトマトスープに固パンというメジャーな組み合わせだった。
三匹にはそれぞれ生肉、果物、生魚がアリーナの提案で彼等に供された。
三匹に食事を摂らせ始めたところでヴィルとアリーナの二人はテーブルに着いた。
「まぁ、遠慮はしないでくれ。俺のせいで付き合わせちまってすまない」
料理の乗せられたテーブルの反対側に座るアリーナにヴィルは頭を下げる。
「い、いえ……。私の方こそ宿屋代もお食事代も出して頂いてしまって……申し訳ありません」
頭を下げるヴィルに恐縮しアリーナもペコペコと何度も頭を下げる。
こうして二人で食事を始めたヴィルとアリーナだったが、どちらかと言えば物静かなアリーナとの会話は若干途切れがちだった。
「アリーナ、料理遠慮しなくて良いんだぞ?」
サラダとスープとバンを食べているアリーナが遠慮して串焼肉を食べない様にしているのかとヴィルが彼女に勧めてみる。
「い、いえ……。教会の教えで動物を食べるのは良くないと……」
そういえば、アリーナはサラダや野菜スープをよく食べていて、肉や魚を食べているのを見た覚えが無い。
「でも、流石に俺一人じゃ食べ切れない量があるからな。肉が食べられない訳じゃないんだろ?」
エルフの様に元から動物性タンパク質を避ける種族で無いのであれば、肉や魚は生きるのに必要不可欠な栄養素だ。
ましてや代替食品がある訳でもない異世界で摂るべき栄養を摂らないのは、将来的なアリーナ自身の健康にも影響が出てしまいかねない。
「少しで良いから手伝って貰えると助かる。それでも駄目か?」
「あ……。女神様の教えに背いてしまっては……」
ヴィルの問いにアリーナは首を縦には振らない。その根底には教会による教え……。神への純粋な信仰心にある様だ。
「それじゃ、明日の朝イチにでも教会に行って、女神様に懺悔と教義について詳しい話聞いてくるさ。それなら良いだろ?」
「そ、そこまでヴィルさんがなさらなくても……教会へは私が…懺悔に参りますから……」
食事一つで大事にしたくないとアリーナはヴィルの意見を遠慮するが……そんな折
「ワンッ!」
「キキッ!」
「クエッ!」
食事を終えたクロ、モン吉、ベン太の三匹が食事を終えましたと二人に知らせてきた。
「あ、待って下さい。今片付けますから……」
三匹の食器を片付けにアリーナが席を立つ。そんな彼女にヴィルは
「いや、信徒に無理な教義強いてるなら一言、言いたくなってな。健康を犠牲にさせてまで守らせる教義があるのかってな」
軽い感じで自身の考えを語る。ヴィルの考えは現代人寄りだが、中身が転生者なだけに仕方が無い。
アリーナが健康を害していく位なら自分から汚れ役を買って出る思いはあるのだ。
そんなヴィルの気持ちが伝わったのか、再び席に着いたアリーナも遠慮がちにだが少しずつ肉類に手を出し始めるのだった。
ーモグモグ……ー
「こ、これ……美味しいんですね……!」
串焼肉を口にした彼女が驚きの声を上げる。もしかしたら、こんな風に肉を食べたのも初めてなのかもしれない。
「まぁ、ギルドとかの人前じゃまだ食べ辛いがもしれないが……宿とかだったらいつでも付き合うぜ」
聖女としての周囲からの視線に気を使うアリーナを気遣ったヴィルは、彼なりに考えて彼女に声を掛ける。
「ご心配お掛けしてごめんなさい。ヴィルさん……ありがとうございます」
アリーナはヴィルに頭を下げて自身の境遇による不便を陳謝すると共に、感謝の言葉と微笑みを彼に表すのだった。




