苦労人
「あなた達の事はよーく分かったわ! 私達にとって油断出来ない相手だってね!」
ーバッ!ー
エルフィルは後ろに飛び退くと腰に装備していた鞄から一枚のスクロールを取り出してそれを魔王の座する玉座の方向に向けた。
「これには、火炎竜巻の魔法が込められているわ。ちょっとでも動いたら全員消し炭だからね!」
確かにエルフィルの言う通り、蝋の封印を解いてスクロールを広げたら、ミリジアの火炎竜巻が発現してしまう。
そしてその言葉がハッタリでない事は彼女の見せる表情からも明らかだった。
まず第一に無事にこの状況から逃げ出す事、それが出来なければ刺し違えてでも魔王達を道連れにしてやろうという気迫である。
「見損なうな、エルフの娘よ。主に危害を加えるつもりなら既にそうしている」
魔王ケイオスブラッドはエルフィルの行動に動じる様子は無い。
(お前達、不用意に動くなよ?)
一方のルナフィオラも部下の魔族兵士達に下手に動かない様に目で合図を送る。双方とも睨み合いと言った状況に落ち着くかと思われたその時
ーバァァァン!ー
「ウオオオォォォーッ!」
「キャキャーッ!」
「ギャアギャッ!」
エルフィルの後ろの謁見の間の扉が突然開かれ多数のゴブリンとサイクロプスが雪崩込んできた。
魔王軍と言えど全ての魔物が指示通りにしか動かないという事は無く、状況次第ではいくらでも本能のままに動く獣になり得る。
今回は彼等の獲物として上玉のエルフであるエルフィルを捕縛したいという本能が勝った様だ。
「くっ!」
ーシュルルッ……バッ!ー
スクロールを手に構えて後ろに下がっていたエルフィルが反射的にスクロールの封印を破って広げてしまったのも無理からぬ話であった。
ーゴオオオオオオッ!ー
瞬時に熱気を纏った凄まじい風が謁見の間の中を吹き荒れ始めた。誰もが自分達の命が今燃え尽きると覚悟した次の瞬間
ーパアアァァ!ー
「これは……聖女の防御の魔法……一体誰が?」
スクロールによって解き放たれた炎の竜巻を囲む様に光り輝く壁が現れた。
思わず室内を見回したが、室内に聖女の姿は無い。しかし、四魔将のリリスが翳した右手から光を放っているのが見えた。
「悪魔が光の防御魔法を……?」
エルフィルが目の前の状況に混乱する間にも、全面を光の壁に囲まれた炎の竜巻は次第に衰え光の中で焼失していく。更に
ーパアアァァー
「な、何これ……?」
眩い光がエルフィルを包みその光のあまりの眩しさにエルフィルは目を閉じる事しか出来なかった。
エルフィルが魔王城で四魔将達と対面していたその頃、プリムフォードの街に帰っていたヴィル達勇者パーティー一行はそれぞれの行動に移っていた。
リーダーであるヴィルとアリーナ、トマスと動物達三匹は冒険者ギルドのホールにて食事を摂りながらトマスへの仕事の改善案の提示が行われていた。
従来であれば針の筵であっただろうトマスへの仕事のダメ出しは中身が変わったヴィルと優しいアリーナの二人と言う事もあり、従来の頭ごなしの全否定は無くなった。とは言うものの……
(とりあえず甘やかしても良い事は無いからな。だが、あまり追い詰めすぎない様にもしないとな)
腕を組んでトマスを見据えているヴィルだが、内心は非常に複雑であった。
ミリジアとミノさんの二人は魔王軍の情報収集と王女様の安否の為に王都に向かっており、向こう二週間程度は帰って来ないだろう。
一人偵察に出たエルフィルも数日は戻らないだろうから、そんな短い間のうちにトマスを役立つ様にしなければならない。
(せめて、足手まといにはならない様にしとかないとな……)
頭の中で色々と考えを巡らせるが、彼を一朝一夕に見違える様に成長させられる気はしない。しかし……
「トマス、せめて今日からはそいつらの下の世話に責任持って処理しろ」
最初は彼の配下の動物達のトイレ事情に責任を持たせる事にした。
「処理って……どうすれば良いのさ?」
テイマーという職業自体が珍しい事もあってか冒険者ギルドにも教育ノウハウが無く、また先輩に当たる様なベテランも滅多に居ないのだ。
「ちっちゃいシャベルでも買って、人気の無い場所に埋めるしか無いだろ。くれぐれもその辺に放置とかすんじゃねーぞ」
ヴィルもテイマーには詳しくは無いがやはり毎日の事だからなるべく負担にならない様な改善案を提示したつもりであった。だが
「なんだよ! 僕だって好きでテイマーになった訳じゃないのになんで僕ばっかり!」
今初めて知った事だがトマスはテイマー……魔物使いという職業に愛着や誇りと言った感情は無いらしい。
彼に付き従っている三匹に対しても、付いてきてるから一緒に居る位の感覚である様だ。
(…………)
しかし、ペン太は分からないがヘルハウンドのクロとヤミキザルのモン吉は成長すれば初心者冒険者であれば躊躇する位の戦力にはなる。
それらを意のままに操れるのであれば彼も役に立てる芽はあるはず……まぁ、役に立って経験値を得られたら本末転倒ではあるのだが。
だが、トマスが使えないままでは遅かれ早かれパーティーは瓦解してしまうだろう。
「そいつらを見てみろ。お前を信頼して懐いてるじゃねーか。これまでも少なからずお前の為にって頑張ってきたそいつらを見捨てられるのか?」
ヴィルの視線の先にはトマスの三匹のお供が静かにギルドの床に座っている姿があった。