回想話
「ここは……」
青年が目覚めたのは周囲がどこまでも真っ白な空間だった。自分が何かに座らされているらしい事に気付いた青年の前には
「ようこそいらっしゃいました。ここは天界の異世界転生係、異世界への転生をご案内する場所となっています」
白いドレスを着た金髪碧眼の女性が座っており、彼女は青年に穏やかに話し掛けてきた。
「あの〜、転生って事は俺はやっぱり死んだんですか? それに貴女って……」
彼女の話を聞いた青年は疑問をそのまま口にする。そんな彼の疑問に彼女は
「私はこの異世界転生係の女神、フィーナと申します。よろしくお願いします」
目の前の少女が自ら女神と名乗っている以上、この状況も勘案するとやはり自分は死んでしまったと考えた方が良さそうだ。
「あの……それで、女神様は俺に何を?」
「貴方には異世界に転生して頂いて、転生先の人生に変化を齎して頂きたいのです」
女神であるフィーナが話すには、自分の様な転生者には異世界に転生して貰って転生先の人物の人生を変えて欲しいらしい。
そして、それは当人の為だけというだけでは無く、人々が神を讃える様になればそれは彼女達にとっても望ましい事であるそうなのだ。
「貴方にはこちらの人生が選択肢として用意されています。如何でしょうか?」
女神フィーナは一枚の書類を青年の前のテーブルに提示してきた。
青年が書類を手にとって目を通し始めるとそこには
【ヴィルヴェルヴィント】
剣聖のスキルを持つ冒険者であり、周囲からは勇者と呼ばれている男。
世界を救う一歩手前まで到達した折、パーティーメンバーのトマスを追放した事がキッカケで転落人生を歩み始める。
最終的にはトマスに下僕扱いされて尊厳破壊の後に人生を終える。
上記の様なざまぁな末路が記されていた。簡単に書かれていたその内容に疑問を抱いた青年は
「あの、なんで勇者なのに簡単に下僕に成り下がっちゃうんですか? それにこんな人生どうやって立て直せば……」
どう見ても負け確な人生に改善の見込みがあるのか青年は女神に尋ねる。そんな彼に対する答えは
「そうですね。資料によりますと、このヴィルさんは最初からトマスさんへの当たりが大変厳しかったとあります」
書類を読みながら女神フィーナはそんな事を口にした。そして
「彼との関係を穏やかにしておけば恨まれる事は無いのではないでしょうか?」
確かにトマスは資料を読む限りは誰彼構わず牙を剥く危険人物では無い。
事前に知ってさえおけば何も問題は無さそうな気はする。
「それじゃ、そのトマスってのをどうしてそのヴィルなんとかってのは厳しく当たってたんですか?」
「それは……」
以上が青年がこの身体に転生する前に女神から聞いた話の内容の顛末だった。しかし
(なんで俺が目を覚ますのがこんなギリギリ土壇場なんだよ! こんなキラーパスされてどうしろってんだ!)
想像以上にピンチな有り様にヴィルは内心でツッコんでいる。
ツッコむ対象は定かではないが、やり場のない怒りをただぶつけていた。
女神の話しぶりでは今のこの状況に至る前に青年が自我を取り戻している想定だったはず。
まさかトマスに追放の『ほ』まで言い掛けた時点で覚醒するなんて想定外なはずに違いない。
「なぁ、ヴィル……言いたい事があるならハッキリ言ってくれよ! 僕だって覚悟はしてるんだ!」
すっかり自身の考えに没頭していたヴィルにトマスが迫ってきた。
これ以上、自分が無言でいるのは状況的によろしくないと判断したヴィルは
「い、一応再確認させて貰う! 全員冒険者リングを見せろ!」
ヴィルの言葉にパーティーメンバーの全員が腕に巻いているブレスレットの様なモノに手を添える。
ブレスレットに埋め込まれている赤い宝石を上に向け、ホログラムの様な映像を空中に映し出した。
ーカチッー
ヴィルも自分の冒険者リングを操作するとそこには
【ヴィルヴェルヴィント】
レベル 52
職業 勇者
技能 剣聖
経験値 16258
簡単な一覧が直ぐに確認出来る様になっている。
この支給品のお陰で冒険者は他人との力関係が分かり、パーティーを組む際の目安に出来る訳なのだが
「ほら、やっぱり。アンタはもう無理なの。アンタだけレベル2なんだから」
大魔術師のミリジアがトマスのステータスを見て彼にダメ出しをしている。
そんな大魔術師ミリジアに限らず、トマス以外のメンバーは押し並べてレベル50近辺である。
「そうよね〜、荷物持ちさせとくのもアイテム係も限界だし〜? 経験値だって溜まるばっかりで意味無いしさぁ〜?」
次はエルフィルからのトマスへのダメ出しがなされる。女性陣は神官のアリーナ以外、トマスへ不満を募らせている様だ。
(こいつら、何も知らないで気楽に言いやがって……)
しかしトマスのステータスを見るヴィルは、内心かなり焦りを感じていた。何故ならトマスのステータスは
【トマス】
レベル 2
職業 テイマー
技能 動物に好かれる
経験値 65534
(なんなんだよこの経験値は! 普通低レベル帯なら刻むだろ! 中学生が途中でエターなったツクーロRPGかよ!)
ヴィル自身理系では無いが、前世の知識として16ビットの最大の数字が65535というのは何となく知っている。
つまり、トマスが久しぶりにレベルアップを迎える寸前である可能性が高く、今の彼が何かしらの経験値を得てしまえばレベルアップしてしまうという事だ。
そして、それは喜ばしい事でも無く女神からの情報では追放した後すぐにヴィルにはざまぁが待っているらしい。
(確かざまぁされる時のトマスのスキルが……)
頭を抱えながら問題を再確認するヴィルの脳裏に、女神からの注意事項が蘇る。
「いいですか? 全種族絶対隷属、このスキルを彼が手にしたらアウトなんです。気を付けて下さい」
この全種族絶対隷属というスキルが無茶苦茶なもので、文字通り全ての種族を従わせてしまう協力なものであるらしい。
それは魔物だけでは無く、人間、エルフ、魔族に至るまで文字通りの全種族である。
(勘弁してくれよ……。能力設定明らかに間違えてるじゃねーか! 途中まで作って調整投げてんじゃねぇよ!)
ヴィルは誰にともなく心の中で悪態を付く。