四魔将
エルフィルが魔王城の大きな扉の近くで様子を覗い始めて数時間、全く釣果の無いまま時間だけが過ぎていった。
姿を消して物陰に身を潜めているとは言え、何の成果も無いまま時間だけが過ぎていく現実に、エルフィルが徒労感を感じていても不思議は無かった。
(あまりにも誰も通らな過ぎるわね……。ここ、魔王の部屋じゃないのかしら?)
魔王に面会に来る者が居ないのでは無く、根本的に場所が違っているのでは?という疑念が頭に過ぎり始めていた。そんな時
「ルナフィオラ四天王代理様! ご指示の件、全て滞り無く手配して参りました!」
誰かが誰かに報告をする声が聞こえてきた。
「口に気をつけろ馬鹿者。妾は魔王軍参謀長、四魔将のルナフィオラであるぞ。壁に耳あり硝子に目ありと……」
その時、ルナフィオラが姿を消して状況を見ているだけのエルフィルの方に視線を向けてきた。
(み、見えてるはずは……?)
エルフィルが慌てて自分の姿に目を遣るが自分ではインビジビリティが有効かどうかは分からない。
あくまで第三者に向けての光の屈折の調整な為、自身では見えなくなっているか視認での確認は出来ないのだ。
しかし、ウィル・オー・ウィスプとは長い信頼関係を築いてきている。これまでの経験から彼がミスを犯しているとは考えにくい。
ーコッコッコッコッ……ー
ルナフィオラかヒールの高い靴を鳴らしながらルナフィオラの元に近付いてくる。
エルフィルは手元にナイフを準備し最悪の事態に備える。万が一にも相手の勘違いという可能性があるからだ。しかし……
「出て参れ。何者かは知らぬが豪胆な奴よ」
ルナフィオラはエルフィルの近くまで来ると辺りに視線を移しながら語り掛けてきた。
もしかしたらエルフィルの正確な居場所は分かっていないのかもしれない。
(今なら……!)
ーピュン!ー
エルフィルはルナフィオラが自身から視線を外した隙を見逃さずにナイフを彼女の頭部目掛けて投げ付けた。
距離とタイミングからナイフは確実にルナフィオラの頭部に突き刺さるはずだった。しかし……
ーキイィィィン!ー
「姿は隠していても獣は匂いで分かりまするわよ?」
ルナフィオラはナイフを左手の二本の指で難なく受け止めてしまった。彼女はナイフの弾道の起点であるエルフィルの居場所を正確に見据えている。
「ルナフィオラ参謀長、何事ですか!」
「侵入者ですか! 急ぎ魔王様に御報告を……!」
得意気なルナフィオラと駆けつけてきた魔族の兵士達を前に、エルフィルは観念して彼女らの前に姿を現さずにはいかなかった。
ーブウウウゥゥン……ー
インビジビリティを解除したエルフィルは物陰からゆっくりとルナフィオラの前に出て行く。
「こいつは勇者パーティーの……!」
「捕まえろ! こいつは大金星だ!」
魔族の兵士達はすぐさまエルフィルを捕縛しようとするが……
「まぁ、待て。その前に聞きたい事がある」
ルナフィオラが彼等の行動を制止する。
「お主は勇者パーティーのエルフだな? 見たところ単独な様だが見上げた度胸だ」
ルナフィオラは受け止めたナイフをエルフィルにピラピラと見せつけながら言葉を続ける。
「お前は何をしにここへ来た? まさか物見遊山に来たと言うつもりでもあるまい?」
彼女が知りたいのはエルフィルが魔王城に来た目的であるらしい。
(う〜ん……)
現状、エルフィルはピンチな立場である。それならばと彼女は正直に魔王城にやってきた目的を話す事にした。
「偵察に来たのよ。四魔将ってのがどんな連中なのか探りにね」
エルフィルからの返答を聞いたルナフィオラは
「ほう、わざわざそんな事の為に危険を冒しにやってきた訳が! ハハハ! 好奇心旺盛な点は褒めてやろう!」
テンションが一気に爆上がりになっていた。まさか、口から出任せの四魔将設定が勇者パーティーにとっての懸念材料になるとは……。
期待はしていたものの、うまい事策にハマった感じがしたルナフィオラはしてやったりとハイテンションになっていた。そんな彼女にエルフィルが
「あの〜、ちょっと聞きたいんだけど……良い?」
質問があるらしく遠慮がちに口を開く。
「ほう、何なりと言ってみよ! 魔王軍参謀長で四魔将の一人でもある妾が答えてやろう! ハッハッハッ!」
相変わらず上機嫌なルナフィオラは自分の考えたロールが勇者パーティーに受け入れられている事が嬉しくなっていた。そんな彼女に
「他の四魔将の名前、教えて貰っても良い?」
ーギクッ!ー
「な、名前? 他の奴等の名前か……え〜と……」
何気ない質問がエルフィルからルナフィオラに投げ掛けられた。
架空の存在でしか無い四魔将の設定すら固めていないのに、名前など聞かれたところでノープランなルナフィオラに答えられるハズも無い。
「他の三人の名前はだな……あ〜……」
全く予想してなかったエルフィルからの質問にルナフィオラは完全にフリーズしてしまったのだった。
「ち、ちょっと待ってろ! 魔王様に確認してくるから! お前達、このエルフか逃げない様に見張ってろ!」
ルナフィオラは何を思いついたのか魔王に名前を聞いてくると言い出したのだ。
「いいな! 私が戻るまでどっか行ったりするんじゃないぞ!」
バタバタとその場を後にして慌ただしく去っていくルナフィオラをエルフィルは何となく逃げる気にもなれず大人しくその場で待つ事にするのだった。