女神様
教会の前に戻ったヴィルとアリーナは三匹をトマスに返すと
「トマス。お前、アリーナにこいつらの面倒見て貰ってんだろ? きちんとお礼言っとけ」
そんなヴィルからの言葉にトマスは
「なんだよ、それアリーナがやってくれるって言い出したんだぞ。ヴィルには関係無いだろ!」
素直にヴィルの言う事を聞こうともしない。そんなトマスにヴィルは
「それは、お前があまりにも世話をしないから見かねて申し出ただけだ。それ幸いとお前は何もしなくなった」
このままだとアリーナにも精神的負担が大きいと感じたヴィルがトマスを注意する。
「アリーナだって聖女って言ったって人間なんだ。何かしらしてもらったんならお礼の一つくらいしろ。行動で示せ」
「わ、分かったよ……」
少し説教臭くなってしまったが仕方が無い。これくらいは言わないとトマスは改善しないだろう。
「俺、ちょっと神様にお祈りしてくるわ」
皆が食事をする中、ヴィルが口に出した言葉に
「えっ?」
「はあっ?」
「…………」
エルフィル、ミリジア、ミノさんの三人が三者三様綺麗な二度見を披露した。
ヴィルとしては行き先を伝える以上の意味は無かったのだが……三人からすれば天地がひっくり返る勢いの異常事態であったらしく
「ちょっとヴィル! あんた何かに取り憑かれてんじゃない?」
「ここにマインドポーションあるけど……飲む?」
「明日、嵐……ヴィル、おかしい」
彼等はスープを食す手を止め、ヴィルの異常に慌てふためいている。
「ヴィルさん、お体の調子が優れないみたいで……女神様にお力をお借りしたいみたいなんです」
アリーナはヴィルを気遣って教会内へと誘おうとしている。
(言わなきゃ良かったか……)
ヴィルは何の気なしに口にした、行き先を皆に告げておくという行動を少し後悔していた。
「ヴィルさん、こちらへ……祭壇の前で跪かれると女神様にお声が届きやすくなると言われてますから」
ヴィルはアリーナに手を引かれ教会の中にある祭壇に近付いていく。
アリーナがどことなく嬉しそうな顔をしているのは、自身の信じる神への信仰が増える事への喜びなのだろう。
「こ、ここで良いのか?」
ヴィルは神父不在の教会の祭壇にやってくると慣れない動作で膝を付き
(女神様……どうか不幸な俺にチャンスを下さい。自分の知らないとこで貰った病気で苦しみたく無いです。神様、仏様、女神様……)
ヴィルは隣のアリーナの見様見真似で一心不乱に祈り始めた。
(女神様、そもそも土壇場で人格変わるとか無理ゲー過ぎないッスか?)
祈りはするものの、推奨される文言を知っている訳では無いヴィルは自身の境遇を愚痴っぽく訴えている。
(なんとか頑張ってる俺に救いと慈悲を下さいませ〜。え〜と、女神フィーナ様……)
祈り続けてもウンともスンとも言わない神様に、ヴィルは自分が見知った女神の名前を思い浮かべたその時
ーパアアァァー
教会の祭壇に空ならの光が差し込んできた。光はヴィルを包むと彼の脳内に何処からか語り掛ける声が聞こえてきた。
(え〜と、勇者ヴィルヴェルヴィントさん? 貴方の声は確かにこちらに届きました。貴方の悩み、聞いてあげましょう)
声は女性のもので間違いないが……なんとなくフィーナでは無い様な気がする。可愛い声では無く大人びた雰囲気がする声だからだ。
どことなく自信たっぷりな雰囲気の女神に対しヴィルは
(あの〜、性病とか貰ってたら治して貰いたいんですけど……実は……)
ヴィルは自分の置かれた状況を掻い摘んで女神に説明する事にした。
自分が転生者である事からつい最近目覚めて、前任者の後始末に四苦八苦している事など全て……。
(あら、貴方フィーナちゃんから紹介の転生者さん?)
ヴィルから一通り話を聞いた女神は少し驚いた様子で聞き返してきた。やはり声の主はフィーナでは無い様だ。
(私は異世界を統べる豊穣の女神レア。一つ聞きたいんだけど……貴方前世の記憶取り戻しちゃったパターンかしら?)
レアと名乗る女神はヴィルに具体的な事を聞いてきた。
(は、はぁ……まぁ。大した事は覚えてませんけどそれがなにか?)
特に隠す理由も無いと、正直に打ち明けるヴィルに対しレアは
(現世の知見はこの異世界ではそれだけで規格外のものなの。それは解るかしら?)
レアはヴィルに現代知識をひけらかしたり、現代知識による無双的な事をやらからないか心配している様だ。
長い歴史によって積み重ねられた知識の蓄積はそれだけでオーバーテクノロジーと言える。
そんのものを転生者一個人の判断で流布されては困るというのが女神レアの主張である。
(いや、俺特にそういうの興味無いんで……それよりその……性病貰ってないか不安で……)
ヴィルとしてはかなり切実な悩みを打ち明けた。すると
ーパアアァァー
(ほら、ちゃんと健康体にしといてあげたから安心なさい。それと、今後私達に何か聞きたい事があったら教会に祈りに来なさい。フィーナちゃんにも話を通しといてあげるから)
レアはすんなりとヴィルの悩みを解消してしまった。それに、女神との確実な連絡手段の提供というおまけ付きである。
(あ、ありがとうございます)
(こちらとしては、貴方がしっかり信仰心を集めるキッカケになってくれるならそれが良いの。魔王討伐しっかりね)
ヴィルの礼に女神レアから一応の激励が告げられた後、天からの光は静かに消えていった。