後処理
「俺達は大丈夫だ。それよりトマスの奴を見てやってくれ。俺が見に行ったら怒鳴っちまいそうだ」
ヴィルは道具入れを背負ってやってきたアリーナに、教会近くに放置されているトマスの面倒を頼む事にした。
今のヴィルがトマスと組んで仕事をするのは初めてとなるが、皆がトマスに愛想を尽かせているのを自身でも改めて実感していた。
記憶としては覚えていても流石に直に体験するのとは違う。
指示していない事を勝手にやらかす人間がこれほど厄介だとは……
(はぁ……とりあえず安全確認してくるか)
ヴィルは重い足取りで村の見回りに出て行くのであった。
村の見回りに出たヴィルが村の中に異常が無い事を確認しつつ歩いていると
「ねぇ、トマスのあいつ何とかなんないの?」
同じく村の見回りをしていたエルフィルが駆け寄ってきた。
「なんとかって言われてもな。まさかあんな状況で見境なく動くなんて思わないだろ」
ヴィルは指示さえしっかりしておけば大丈夫じゃないかと甘く見ていた自分をぶん殴りたい気持ちだった。
「もう、アイツパーティーから外さない? これから魔王と戦うってのに、こんなんじゃ命が幾つあっても足りないわよ」
エルフィルが語気を強めてトマスのクビを提案してきた。
「も、もう少し様子を見てやらないか? 今更別のポーター探すのも手間だしな」
心情的にはエルフィルに賛成なヴィルだが、彼にはトマスを絶対に外してはならない理由がある。
しかし、その理由を話せない……多分話しても信じてはもらえないであろうヴィルは荷物持ちとしてトマスの存在理由の正当性をエルフィルに説くのだった。
「う〜ん、それはそうだけど……」
さすがに重量物を運んで旅をするのは嫌らしく、エルフィルは渋々トマスの残留を了承する。
「まぁ、ホント再教育してやらないとマズそうだけどな。エルフィル、お前に頼めるか?」
ヴィルは苦笑しながらやや不機嫌そうなエルフィルに話し掛ける。
「わたしにやらせたらかわいがりになるんだけど、良いの?」
エルフィルは本気とも冗談とも取れない返事をしてきた。彼女の言うかわいがりが何を指すかは神でなければ分からないだろう。
「いや、街に戻ったら俺がやるわ」
エルフィルによる教育に不安を覚えたヴィルは、溜め息を吐きつつ自身でトマスに再教育する事を決める。そんな彼の姿にエルフィルは
「あんた……変わったわね〜。暇になったら娼館行くしかしないあんたが教育ねぇ」
驚いた様な様子でヴィルを見ている。そして
「ま、何かあったら手伝いくらいならしてあげるから、頑張りなさいよ」
エルフィルはそう言うと、再び村の見回りに戻っていくのだった。
最初の不満気な感じは消え、機嫌を取り戻して帰っていくエルフィルを見送りながらヴィルは
(何とかなったな……。てか俺って娼館通いなんかしてたのかよ)
自分がヴィルとして目覚める前のヴィルヴェルヴィントがどんな人生を送ってきたのか……。
あらかた知っているとは言え、そんなプライベートな話までは知らなかったヴィルには新たな悩みが発生するのだった。
村をひと回りして魔物の影が無い事を確認したヴィルが村の中央にある教会の前に戻ると
「おおーっ! 流石は聖女様じゃ! ありがたやありがたや……」
「やっぱりスゲぇな、聖女様は!」
「聖女様! この子も診て下さい!」
教会から出てきた村人達による人集りが出来ているのが見えた。彼等の真ん中に居るのはもちろん
「順番通りに拝見しますから……慌てないで下さい」
神官のアリーナだった。彼女は怪我をした村人や教会での長期間の籠城により体調が悪くなった村人の治療に当たっていた。
優しく人の良い彼女の周りにはいつも人が集まる。勇者としてのヴィルの今があるのも彼女の存在による恩恵によるところが大きい。
イケメンであっても厚顔不遜、娼館通いの傍若無人な勇者では世間からの評価は、扱い難い魔物キラー止まりでしか無かった。
そんなアリーナの元にヴィルが近付いて行くと
ーサーッー
まるでモーゼの十戒の様に人集りが左右に引けていく。
「おい、勇者様だぞ……」
「ジロジロ見るんじゃねぇ、何されるか分からんぞ……」
「ママぁ〜、勇者怖い〜!」
やはりヴィルは何をするか分からない危険な人間だと認識されている様だ。
「あ、邪魔してすまない。アリーナ、後で聞きたい事があるんだが……終わったらで良いから」
ヴィルは要件だけ告げると、完全アウェーなその場からそそくさと立ち去るのだった。
村の中央には見回りを終えたミリジア、ミノさん、エルフィル、そして正座させられているトマスと、彼に寄り添う三匹の配下の魔物達の姿があった。
「トマス! あんた、何言われるか分かってるわよね?」
ミリジアが両手を腰に当てトマスを見下ろす様にして怒鳴りつけている。
(あ、やべ……!)
今後の展開の予想がついたヴィルは足早に彼等の元に向かう。
「おいおい、ここでの説教は一旦止めよう。な、一旦」
ヴィルは軽く砕けた感じでミリジアに話し掛ける。しかし
「なに甘い事言ってんの! 今回、一歩間違ったら私達が全滅……もしかしたら、村の人達だってタダじゃ済まなかったのかもしれないのよ!」
ミリジアの言い分はもっともだった。今回のヴィル達は奇襲を優先する為に敢えて少数での分散行動という賭けに出ていたのだ。
もちろん意図が敵に露見されてしまえば各個撃破の憂き目に遭う事は可能性としては高かった。