暗躍する皇帝
「どうして皇帝……陛下が私の事を……?」
帝国にも皇帝にも狙われるフシなど皆目見当が付かないアリーナは独り言の様に呟いた。
「そんなのねぇ。それなりの年齢の皇帝が貴方みたいな小娘に用があるってなったら理由は一つでしょうに」
黒マントのオカマはアリーナの元までやってくると
ーガシッ!ー
「きゃっ!」
彼女の髪を無造作に摑んで部屋の一角へと引き摺り始めた。
「い、痛い……離して!」
「煩いわね! 静かにおし!」
ーガチャー
黒マントのオカマは床に手を伸ばすと床下の収納スペースらしき扉を開けた。
「ここで大人しくしてるのね。騒いだって無駄よ? どーせ人なんか通りゃしないんだから」
ーギュッ!ー
「まったく、手間が掛かるんだから……」
黒マントのオカマは手足が縛られたままのアリーナに更に目隠しと猿轡を手早く済ませ彼女から自由を完全に奪ってしまった。
「んぐっ、んんんーっ!」
そしてオカマは嫌がるアリーナを更に力任せに引っ張り続け
ードサッ!ー
「んぐぅっ!」
アリーナを床下の収納スペースに強引に押し込んでしまったのだった。
収納スペースは狭く、床に背中を付けて逆さまに近い姿勢から体勢を変える事すらままならない位には狭く、後ろ手に縛られた両手では何も出来そうにない。
縛られた両足も上に伸ばしたままか引き寄せて小さく丸まる位しか選択肢が無く、自力での脱出は到底叶いそうには無かった。
(どうしよう……)
暗闇の閉鎖空間に置かれ身動き一つ出来ず助けを呼ぶ事も出来ないアリーナは絶望に支配されていた。
頭上から物音すら聞こえず、黒マントのオカマが居るのかどうかすら分からない。他に人の気配など感じられるはずも無く、そこにあるのはいつまで続くのかも分からない孤独だった。
光の無い地下の狭い空間では時間の感覚など維持出来るはずも無く、ましてや目隠しまでされていては周囲の状況など分かりようも無かった。
(ヴィルさん……助けに来てくれる……でしょうか?)
自分が戻らなければ流石に不審に思って探しに来てくれる……そう願うアリーナだったが……
(私、ヴィルさんに酷い事言っちゃって……)
冒険者ギルドで彼が話していた自分がヴィルに釣り合わないと言っていたから思わず大きな声で怒鳴ってしまった。
どうしてあの時、声を荒げてしまったのだろう……?もっとちゃんと話し合えば良かったのに……。
(…………)
ヴィルの好みは大人の女性で彼にとっての自分は妹の様な存在でしか無いのだろうか?
パーティーの中でも自分はどちらかと言えば成人したばかりでまだまだ大人の色気といったモノには縁が無い。
アリーナが暗闇の地下でそんな事を考えていると……
ーコツッコツッー
収納空間の板壁に何かがぶつかる音が聞こえてきた。
(な、何……?)
聞き間違いか何かかと思って耳を澄ませてみると……
ーカツッカツッー
何かが木に当たる音が確かに聞こえてくる。そして
「クエェ〜……」
疲れが溜まってひと息ついた様な溜めのある声も聞こえてきた。多分、木の板の向こうから……それはアリーナの頭上の板壁の辺りになる。
(もしかして……ペン太さん……! わ、私ここです!)
猿轡で喋る事も出来ないアリーナが必死に声を出そうとすると
「うるさいわね! 静かにおしっ!」
上からオカマ黒マントの怒り声が跳んできた。その声に身体をビクッと震わせたアリーナが思わず声を潜めると
「クエェ〜……」
ーコツッコツッコツッー
ペン太の声と、木が何かに叩かれる音が返ってきた。
(ペン太さん……? もしかして助けに……)
助けに来てくれたペン太の声に目隠しの裏でアリーナの目に涙が滲む。
それから、木を叩く音はしばらく聞こえていたが
「クェ〜……」
叩き疲れたペン太の声が聞こえてからはすっかり静かになってしまった。
どれくらいの時間が過ぎただろう。今がいつなのか時間の感覚すら分からなくなってしまったアリーナが一人暗闇に怯えていると
ーガチャー
「お待たせ〜。やっと迎えが来たわよ」
収納スペースの床板が開かれ、黒マントオカマの声と共にアリーナは無造作に床下から引っ張り上げられた。
しかし、目隠しされているアリーナには自分がどうなっているのか分かりようも無い。
ードシャー
「んぅ!」
持ち上げられていた感覚は終わり、身体が何かに寝かされた感じがした。
「じゃ、大人しくしときなさいよ」
ーバタン!ー
黒マントの声と共に何かが閉められた音と暗闇、極端な閉塞感がアリーナに襲い掛かってきた。
「ん、んんーっ!」
ーガッー
身体を動かそうとしても、上も横も全方向から感じる圧迫感にアリーナは
(い、嫌っ! 出して……助けて!)
あまりの恐怖に懸命に身体を動かそうと抵抗を始めた。しかし、両腕を後ろ手に縛られ両足も足首で縛られている彼女には出来る事は無い。
あまりの狭さに上体を動かす事はおろか寝返りすら打てない状況だった。
「こいつを帝国まで運んできゃ良いんだな?」
「そうよ。さっさと運び出しちゃって頂戴」
外からは知らない男の声と黒マントオカマの話し声が聞こえてくる。
やはり彼等は自分をベルンシュバイツ帝国に連れて行かれてしまうのだろう。
(ヴィルさん……助けて、ヴィルさん……!)
アリーナは自分が何処かへ運ばれている感覚に、ヴィルに助けを願う事しか出来なかった。




