犬にも好き嫌いはある
「俺達は皆、魔物や魔王軍に襲われた村の出身なんです。皆、出身は別々なんですが……」
アッシュはジョッキを傾ける手を止めて冒険者として働き出した経緯を語り始めた。
今では魔王も倒し魔族達の活動も目立たなくなっているが、当然魔物達が跋扈していた苦しい時代はあったはずでアッシュ達の様な魔王軍に反骨心を抱く若者達が現れ出しても不思議は無い。
「だから皆で困っている人達の助けになろうって、そういう仕事をやっていく事に決めたんです」
まるっきり聖人君子で勇者思考なアッシュの神々しさに現勇者のヴィルは若干の後ろめたさを感じていた。
(女神様……人選間違えたんじゃねぇか……?)
正に理想の勇者像と言えるアッシュの前で隙あらば娼館通いをしていたヴィルヴェルヴィントの頃を思い出し、ヴィルは半分他人事ながら居た堪れなくなっていた。
年齢的にも経歴的にも世間様から期待される勇者は眼の前に居るアッシュこそが相応しい様に思える。
「いや〜、でも実際にヴィルさんの戦いぶりを見たら俺なんかまだまだで……」
(……け、謙虚!)
ゴブリンの洞窟の一件からこの王都に来るまでヴィルとアッシュのパーティーは共同で旅を続けてきた。
その間、ヴィルが一応の纏め役として全体に指示は出していた。まぁ、アッシュのパーティーのパルミラ除く女性陣からは一線引かれていたのでヴィルはアッシュを通して支持せざるを得なかった訳だが。
しかし、その行程で無駄なく敵を退け目立ったピンチすら招かなかったヴィルのリーダーシップはアッシュに少なくない畏敬の念を抱かせていた……のかもしれない。
「やっぱり彼女さんと息ピッタリでしたからね! 阿吽の呼吸って言うんですか? そういうのやっぱり憧れますよ」
アッシュがヴィルを持ち上げる接待が続く。酒が多少回っているヴィルは一旦聞き間違いかと聞き流す事にするのだった。
「特にヴィルさんが大技を放った後の僅かな隙、そこを狙い澄ましたかの様な狙撃を防ぐなんて流石彼女さんですよ! 神聖魔法の防御魔法なんて先読みしなきゃ出来ないのに……」
(やべぇ……)
これは流石に放置は出来ないとヴィルは思案を重ね始めた。アッシュの中では自分とアリーナが恋人同士であると確定している様だ。
ヴィルとしてはアリーナの気持ちが第一だし、何より自分と彼女とでは釣り合いが取れていない様にしか思えない。
清楚で清純、可愛らしい聖女様と女性関係に爛れた自分とでは月とスッポン……いや、比較対象にする事自体がおこがましかった。
アリーナにはきっと彼女に相応しい誠実な男性が現れる……ヴィルは中身が二十代半ばなせいか、アリーナを恋愛対象では無く庇護対象……年の離れた妹の様な存在として見ていたのだった。
「ちょ……ちょっと待ってくれ。俺とアリーナはそんなんじゃなくてな……」
アッシュの話を遮る様にしてヴィルは語り始める。そんな彼の意外な反応にアッシュはややボカンとしている。
「俺とアリーナはそれなりに長い付き合いなんだが……そのアレだ。恋人なんてモンじゃなくて……仲間って言うか」
ここでヴィルの言葉が明確に止まった。次に発する言葉を選んでいるのはアッシュからも簡単に見て取れる。
「妹……だな。出来の良すぎる立派な妹だ。だから、俺なんかには……アリーナは釣り合わないって言うか……そう言う事だ、うん」
何処か物憂げな表情でアッシュを見ながらヴィルが自身の気持ちを語る。最後まで語り終えたヴィルが
「おわっ!」
突然の叫びと共に二度見をした。彼の目線はアッシュの斜め左後方を見ている。瞬時に何かを察したアッシュはひと言も発さない。
「あ、アリーナ……いつからそこに……?」
ヴィルがようやく絞り出せたのはそのひと言だけだ。彼女がクロ達三匹を連れている辺り、彼等のお世話を終わらせて戻ってきたのだろう。
「ヴィルさんが……私じゃ釣り合わないとか言っていた辺りです」
「ままま、待ってくれ! それはそういう意味じゃなく……」
アリーナの答えにヴィルは全力で弁解に入る。全文で振り返れば意味は分かるのだが、よりにもよって肝心な部分で切り取られてアリーナに伝わってしまっている。
「そうですよね! 私は大人の女性じゃありませんから……ヴィルさんの好みじゃありませんもんね! し、失礼します!」
ータッタッタッ……ー
アリーナは珍しく大きな声を上げると、目元を両手で覆ってギルドから飛び出していってしまった。
大きな声で怒られ若干ポカンとしているヴィルに
「何してるんです! ヴィルさん、早く追いかけないと!」
アッシュが急かせ気味にアリーナを追い掛ける様に迫ってきた。
「そ、そんな慌てなくても……」
アッシュの様子に少し引いた感じのヴィルだが
「今追いかけなきゃ駄目です! 謝って! 早く謝って!」
アッシュはひたすらに追い掛ける様に勧めてくる。この男、色恋沙汰の危険信号については恐ろしく判断が早い。
「わ、分かった。ちょっと行ってくる」
アッシュに促されるままギルドの正面入口から外に出たヴィルの眼の前に
「うぇ……」
街を行き交う人、人、人の洪水がそこにあった。これでは人一人を探し出せるか見当も付かない。
「ヴィルさん、俺も手伝います。早くアリーナさんを見つけないと!」
そう言うとアッシュはまたたく間に人波に消えていってしまった。しかし、アリーナは何処に行ったのか……?どう探したものかヴィルが途方に暮れていると
「ク〜ン……」
アリーナが居なくなってソワソワしているクロ達三匹がヴィルの元にやってきた。
「……お前、アリーナの匂い分からないか?」
ヴィルがダメ元でクロに尋ねてみると
「ワンッ!」
クロが大通りの人混みに突入して行こうとする。迷いない彼の行動に手応えを感じたヴィルは
「よし、任せる。案内してくれ」
「ワンッ!」
こうしてヴィルはクロ先導の元アリーナを探しに夕方の王都、人でごった返す街中に消えていくのだった。




